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世界はスケープゴートをどこまで望んでいるのか…北陸中日ポプレスの記事への反応から「イスラム国」の後藤さんを巡る過熱報道まで、らせんのように巡る思考

世界はスケープゴートをどこまで望んでいるのか…北陸中日ポプレスの記事への反応から「イスラム国」の後藤さんを巡る過熱報道まで、らせんのように巡る思考

「誰が悪いのか」「こやつが悪い。こらしめよー」。
早い話が全てそうじゃないのか。私たちは一体どれだけイスラム諸国の歴史を現状を実感としてつかんでいるというのか。私は少なくとも、これ以降、「テロ」も「殺人」も使わないでこの文章を書く。書いただけで、血が騒ぐ国民性みたいなものがいたたまれない。
それは触れないことではない。その言葉が喚起するものを、ニュートラルに別の言葉に置き換えて思考する、そういうことができないのか、という実験としての営みだ。

2001年9月11日。眼前に映し出される信じがたい映像に、胸つぶれる思いを、叫びだしそうな苦悩を覚えた。世界からはじき出された人々の憎悪は、ここまでのことをしてしまうのだ、とそれは突きつけていた。その犠牲になる人々のことをもむろん思う。あのビルの最上階にもイスラムから来た優秀な技術者がいたことを後に知る。

あの飛行便を操縦していた側には、ヨーロッパで建築の勉強をした優秀な主犯格がいたと後々報道されていった。彼は、まさに彼の学んだ建築の技術を、あのビルを破壊するための力学的な技術として練り上げて、あの瞬間に全てを注いだのである。
あの瞬間のために。それはなぜ…。

私は丁度、ペルーから帰国していた頃だった。
日本人だというだけで、甘えられ、おもねられ、だまされ、詐欺にもあい、それでも「信頼」してくれていた一部の生徒のために、自分なりにNGOを立ち上げようとしていた頃だった。今さら、「誤解を恐れずに」などと念を押すまでもないだろうが、その信じがたい光景は、世界の不均衡への、「不均衡」を強いられた側からの、うむを言わさぬNOと私には映った。ペルーのクスコで起きたことの全てを、実のところは、日本人の支援者に逐一伝えられるはずもない、そんな私の実感とかさなった。一人ひと月1000円のクラスのためにその会費を払えない人は申告制にしたのだが、それを皆の前で申告するのは、彼らとて勇気のいることだった。だから、私は頻繁に待った。あと50円を、2週間待つこともあった。彼らの嘘もホントも誠実さも狡猾さも、すべて受け入れながら、自分とたたかいながら。

話は突然、私たちの北陸中日新聞の「ポプレス」紙面への反響へと飛ぶ。

ここまでのことを、こんなふうに冷静な筆致で書くというのはなかなかのこと。
というあるL女性の反応もあれば、
ドラマチックすぎて、ついていけない、わざわざそう書いているんじゃないの。
というある正体不明な男性の反応。
おおむね、私たちの生き方の多面性に良くも悪くも、共感も反感もあるということなのだ。

世界はそんなに単純にはできていない。
それをきわめてたやすく単純化してしまうのが、日本的、あるいは福井的な思考とも言える。隠された事実をひとつあらわにするだけで、日本中のどの家族だって、今すぐに崩壊の危機に瀕することだろう。どの家族だって、というのが言い過ぎというのなら、「あんなところに行くのが悪い」という島国根性を捨ててくれないのかなあ。

日本は平和。日本は平和。日本は平和。
日本は安全。日本は安全。だからもっとちゃんとに守らねばー。
なのかな。なのかな。なのかな。

隣の人が死んでいたって、知らないふりすれば、平和な国。
ホームに飛び込む人を、携帯カメラでおさめれば安全な国。

後藤さんのノコシタものを語り継ぐのが私たちのまず手をつけるべきこと。
知らなければすまないこと。彼は一体何にいのちを賭けていたのか。

いのちを賭けるしかない場所にいることをなぜ彼が選んでいたのか、
それは「安全地帯」でのうのうと生きていると「思い込んでいる」人からは、
どうしてこうも簡単に不届きな行為に映るというのか。

だから、行った者が悪い。はああ?
世界は、あなたは、どこまでスケープゴートを望んだら気が済むのか。

だから、私たちも語り継ぐ。
私たちの存在を埋没させてしまいそうな、
「安全地帯」という危険地帯で、
「思い込んでいる」人たちに包囲されながらも、
だから、私たちは今日も語り継ぐ。

のえはイラク開戦の折、
イマジンをこう日本語詞にして歌いあげている。

この世界中で流れた血は全部一緒な血だ。
どんな殺され方をしようと全部一緒な血だ。
この日本で毎年三万人以上の人が自殺するのも、
そして、流れる血も全部同じだ。
どんな死に方があったか。どんな殺され方があったか。
違いと言えば、それぐらいのこと。  

イマジン 日本語詞  うたうたい のえ


私は思い出す。
のえの友人だった由紀子さんのことを。
イラク開戦の直前に人間の盾となってイラク入りし、
無事帰ってきたから、矢面に立つことはなかったけれど、
それでも、のえの別の音楽仲間からは、
親不孝だと批難されたことを。
そして、由紀子さんにつらなろうとして、
のえが京都の淀川べりでしたあるささやかな行動まで、
「売名行為」だと批難されたことを。

そうして、のえが亡くなったとき、
まさにお別れという直前に届いた由紀子さんの「送る言葉」が、
そういう経緯を経たからこそのおもみを持っていたことを。

ゲタは、どんな時でも、私が何をしようと、
「由紀子は由紀子なんやから、そんでええんよ」と、
優しく全てのことを受けとめてくれたので、
私はゲタの選んだ道を信じて、祝福したいと思います。


ゲタとは、のえが東京時代にそう呼ばれた愛称。
いつもゲタにギターだったからね。

人の人生の選択。
人の生き方の選択。
どんなにそこに切羽詰まった真実が、
どんなにそこにその人にしか知り得ない深淵が、
あったことか、誰にも何も言えない領域。

後藤さん。
あなたはそれを私たちに見せてくれた。
教えてくれたと言ってもいい。

それを認めたくない、日本がめいっぱい良くて、
平和で、守るためには何か次の選択をしなくてはならないと、
そう思っている人たちには、あなたのしたことは目障りで、
国と国の対立のように映ってしまう。
映ってしまうということで、あなたという人の命まで見失う。

あの私の全く知らない乾いた地のどこで、
今、あなたのむくろは、あなたである証しを残しているか。

誰もがたたかっている。
見えない、自分のもろさと、
見えない、自分の弱さと、
見えない、国という名の力と、
見えない、国と国の駆け引きという名の不均衡と。

私は私でたたかっている。

SOTTO虹。
あなたがイスラムの子どもたちに見ていたのは、
どんな虹のような笑顔。
どんな嵐のような苦悩。

私たちのマチガイニにらみをきかせていてください。
いえいえ、
もう十分にたたかったのだから、
あなたの愛した地上のそこのその場所の矛盾が、
凝縮したその地点のその場所で、
どうか安らかに、静かに眠ってください。

犠牲は弱いところへと集中する。
見えないところへと集まっていく。
スケープゴートを出さない、
そんな人間の営みってないのか。
そんな人間の明日はないのか。

希望はなくたって、引き寄せるものだ。
希望はなくたって、模索して探しだすものだ。

スケープゴートを出さない。
スケープゴートにならない。
出させない。
ならせない。

ケイコ
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| 心底飛びきりのケイコ節 | 15:56 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

ふたつの言葉を記さないで書ききる。張り裂けそうな思いで読んだ。ありがとう。

| KAGE | 2015/02/02 16:47 | URL |















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