PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

どの嘘、ホント? 夕刻にスーパーをさまよった

どの嘘、ホント? 夕刻にスーパーをさまよった

クリニックには間に合った。ともかく六時をほんの少し回っていたけれど。
薬局にも間に合った。ともかく六時をほんの少し回っていたけれど。

クリニック経由の生協マーケットは「ハーツ鯖江」だから、
むろん、月曜日の冷凍食品半額もあるので出向いた。
英子が集中して予約に応じているシュトレンの材料で、
不足しているものなどの買い足しも必要だった。
それからボタン電池。精密な重さの計りのための…。

確かに、いそいそとというほどではなかった。

直前の来客のために、雪道を出かける時は暗くなっていたし、
だから六時に間に合うか不安がもたげても、生協だけは行ければというのもあった。

直前の来客は新婚さんだった。
うちには珍しく、婚礼の儀式の写真などを、
きちんと見せてくれる折り目正しい、
私たちとはまた違う世界で、礼節と筋を通した生き方をしている、
そんな風情と、
儀式の写真のなかの、
特に彼女の顔つきが、ごくごく自然でもあり、
なにか突き抜けていて「自分」を保っていることが、
婚礼の写真であることを忘れさせる風情があった。

話は終盤でいつの間にか、「自死」のことになった。
こちらがわざわざ言った訳ではないというタイミングだったのに、
彼女は、先々代の人々のその事実を控えめに告げた。
それはごく自然に口を突いた「必要」を物語っていた。

私も英子もおのずとその「必要」に応じていた。
それはもう、どんなときでも私たちには、
そして、とりわけ私には、
日本社会に溢れる人災という名の犠牲者の話で、
いつも目をかけるようになった切ない課題と化していた。

すらすらと彼女は言いかけて、
幾つかの言葉をかさねて、
英子とも私ともやりとりをして、
ふっと言葉に詰まった。
…今の私にはそれ以上…
そのような言葉が出で、
彼女は胸の内でぐっと来るものを、
おさえていた。
涙をこらえてもいた。

そこでその日が終わるのは構わなかった。
時間がないのはすでに聞いていたからだ。

ただ、次の瞬間、間髪を入れず、
彼のほうが
「それではおいとましようか」と言葉をかけて、
ちいさなひっかき傷となった。

それは彼女の身内のことであり、
彼はそれを今聞く訳にはいかなかったのかもしれない。
それでも、聞く用意が淡々と準備されていた私には、
あたかも、好奇心で聞いていたかのように映ったのではないか、
といった疑惑が一旦わき出でて、いいやそんなはずはない、
と打ち消しながらも、それでもしばらくは容易に消えない、
ちいさなひっかき傷くらいは残すに違いなかった。

おそらく、そこには彼と、他の三人の温度差があった。
先を急ぐ必要もあった。
でも一言つけ加えてくれたなら、
それは、なんということもなく、ひっかき傷にすらならないのだ。

「大切な話だから、いずれ時間を作って来るとして」
など、あまりにもあっさりと、それをさえぎるというのではない、
そんな話の流れさえあれば…。

私は医者と薬局に向かいスーパーに入った。

スーパーで孤独になることはいつもだった。
スーパーで孤独にならないことはほとんどなかった。
特に一人で疲れているとき、それは不意にやってきて、
どこに生きているのか判らなくならないということはなくとも、
どこに生きているのか判る程度には孤独になった。

今日は、どこにいるのか判らなくなった。
単に我が市、タケフ市のハーツではなく隣りのサバエ市のハーツに来た、
という意識をなくしただけではないような具合だったかと思う。

物を探したり、吟味するのが楽しくない訳はないのだが、
かなりな負担感に、
まだまだこの2ヶ月間の疲れが抜けていはしないことを意識した。
それにどこかでまた小さな小さなひっかき傷がうめいていた。

それはもはや話をさえぎられたという次元のものではなかった。

こんなにもこの土地では、
ここ北陸では、
家父長社会の犠牲になる者がいるのだという確信を得たことで、
どこか心の節々をむしばまれるようなそんな感覚が尾を引いた。

新婚の二人は身支度も完璧。
私たちとは違う、経済感覚を生きているだろうという、
そんな風情も放っていた。少なくとも今日は…。

家父長社会からしめだされ、しめだされることを良しとし、
独自の価値観を楽しみながら、
最近では場合によっては這うようにその思索を紡いできている私は、
私が何を担っているのかを思い知ってもいた。

「それはどこでも秘密で…」と彼女は明瞭に言った。

私はあたかも「丸裸」になるような原稿の執筆を昨日から再開していた。
娘の誕生日のその日に。

いい知れない疲労と悲しみと切なさで私はうずくまりそうになった。
カバンの中の抗不安剤を一粒、
スーパーの棚と棚のあいだに立って取りだし、
唾に溶かしてのみこんだ。


買い物は最後までメモを見てやりとげた。
冷凍食品も五点まで半額というのを毎週月曜日の習慣で選んだ。

何もかもが高い。
いつまで、まともに物を食べて生きていかれるのだろうか。
そんなことを思っている割には、
随分と買い込んだ。有り金ぎりぎりくらい。

レジにさっさと行く気にならず、
ふっと雑誌が並んだ一角に立った。
「うらら」はなかったが「福楽」はあった。
前者はこの土地で最もポピュラーな情報誌。
美味しい店や婚礼の情報で溢れている。
後者は、大人のために、と銘打たれた、
やや文化的という顔つきをすました表紙で謳った
やや高級感のある、ややぶあつめの雑誌だ。

まず開くこともなくきたこの雑誌を久々に開いた。
昔は小さい囲み記事くらいで取り上げられるのを、
よしとしたこともあった。


あった。あの人のことだ。
私は腹をくくって読むことにした。
筆一本で日本の文化の先端を行っているようなポーズを、
けっして崩そうとはしないだろうその人の見開きのページを。

その人の来歴が淡々と流麗に語られていた。
その人の作品が淡々と流麗に写真になって掲載されていた。

その人は、フクイの、
都会にない豪快な自然を好んでいる、
と語っていた。
ここでこそ生まれるものがあると語っていた。
あるいは、語ったことになっていて、そう書かれていた。

前に一つだけ知ったある旅館の商標だけではなく、
幾つもの世界的なブランドなどなどのデザインも手がけたことが、
導入部にさりげなく示されていた。

読み終えた。

私のなかで言葉が涌き出た。

どの嘘、ホント。
どの嘘、ホント。
どの嘘、ホント。


「成功」という名の「業績」に身をまとい、
淡々とした流麗な文章に身をまとい、
その人はいずこへか消えていた。



偶然にも会ったその人のパートナーの男性との
半年以上も前の会話を、
私はかみしめていた。
もうすでにそれはずいぶんと前のことで、
しかし少なくともそのとき彼と私は、
お笑い芸人のように出逢い、
出逢いを楽しみ、
お互いが何者であるかを面白く探り合っていた。

彼はおのずと語った。
「僕はストレートで…」
彼はおのずと語った。
「僕たちは事実婚で…」
彼はおのずと語った。
「いやはや、原発事故以来、トーキョー脱出を決意するまで、
どんなにか迷ったか、
よっこらしょっとするまで、
こんなに時間がかかるとはねえ。」

彼とは何度か交信した。
そのうち交信は途絶えた。
必然性がたち消えたのだろうか。

なぜなら、
彼らはストレートという価値観も、
事実婚という価値観も、
原発避難民として住んだこともない土地に、
ただ彼女の生まれ故郷だという理由で戻ってきたことも、
以後、語らなくなったからなのだと、
その記事は示していた。

いや、彼と彼女は違う。
ごっしゃにしてはいけないのかもしれない。

でも、彼との交信も途絶えたのだ。

その記事は、
東京で30年ほどの間に確かな名声を得たアーティストが、
何の迷いもなく、誇らかにその名声を、
臆面もなく、「成功」という名の実績で示すことで埋められていた。


どの嘘、ホント。
どの嘘、ホント。


そこには、「成功」という名の嘘を、
けっして得てはいけないという証明のような、
フクイを賞賛し、フクイをたたえる言葉が連ねられていた。

どのホントが嘘、とはけっして言えなかった。


私はレジをすまし、
買い物したものの重さに耐えながら、
段ボールに詰めこみ、
一旦カートで雪が駐車場にごつごつになって、
時々行く手をさまたげるにもかかわらず、
カートで遠めの我がジムニーくんのところまで行こうとしてあきらめた。

ジムニーをスーパーの入り口に移動したほうが早い。
2台分の駐車スペースに横向きにつけて、段ボールをよいしょと持ち上げた。

それから、バックし、前に進んで道路を左に出た。
左に出るとき、いつもあるはずのうどんやがなくて、
ミスドなのに驚いた。
もう店が早くも変わっちゃったんだなと
毎度のことのように思った。
間もなく、コンビニがあって品切れになっていたボタン電池を買えた。

それからまた走った。
これは違う道を走っていると間もなく気づいた。
気づいたというより、
夢から醒めるように意識と認識を総動員した。

ここはタケフではなくサバエだった。
ここいらで一番安いガソリンスタンドにもう行けなくなったのではなく、
まさにそこに向かう道を無意識の内に走っていたのが快挙のようだった。
財布に残ったお金で10リットルだけガソリンを入れた。

もう我が道は見えた。

どの嘘、ホント、も、
この嘘、ホント、もなかった。

たとえその人が、
私が心血を注いだ、ある別の若いアーティストたちと共に、
何をどうしていようと、それはそれだった。
彼らは、その人を寄らば大樹の陰にしたかどうかは判らなかった。
あるいは、ひととき、
寄らば大樹の陰、だったかもしれない。

しかし、
寄らば大樹の陰、
も、
どの嘘、ホント、の世界で、
どの嘘、ホント、の世界のもろさは、
世界のブランド品のもろさのように、
栄光の輝きをいただけない喜怒哀楽で包装して、
届けているようなものだった。


私は世界の片隅で「成功」していない喜悦を感じた。

1390円だけガソリンを入れながら、
底のついた人生が、
けっして底を突いていない確信に、
うなだれながら顔を上げた。


行く手はそこそこの雪道だった。
帰路は、回り道したぶん、少し遠かった。
帰路は、ちょっとした以上の旅路のぶん、少し道のりがあった。

否、腹などくくって立ち読みしたぶん、少し遅くなった。

ヒデコからは二回、食材を待つメールと電話が入った。

誰もが秘密を持って生きている。
誰もが流麗な記事で武装して生きている。
誰もがなけなしの百円玉を数えて生きている。

まったく別のことなのに、
全てが同じことに思えた。

それでも、
百円玉を数える人より十円玉を数える人のほうが多分大変だろうし、
百円玉を数える人より千円札を、
あるいは一万円札を数える人のほうがもっと大変かもしれなかった。


どの嘘、ホント。

もう思索の余地はなかった。

ケイコ
スポンサーサイト

| タイムトンネルのこちら側の奇々怪々 | 23:00 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://puentenokai.blog26.fc2.com/tb.php/1310-31fc578f

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。