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ある若者が、11月16日のコラボ「ちっちゃな星は見えなくなった」に寄せてくれたTHE・長文

THE・長文。
整理のため、とにかく出てくる言葉を殴りかく。
自分でも何が起こってるかわからないから、そのままはきだしちゃえと。
恵子さん英子さん、不都合があったらすぐに知らせてください。
11月16日、
僕は英子さん恵子さんの息子さん、カラさんを車に乗せての
弾丸日帰り福井旅を決行した。
英子さんが11月15~24日の期間
陶芸個展【記憶の底から】を開いており、
【ちっちゃな星はもうみえなくなった】
・恵子さんの声
・東まおさんのトランペット
・英子さんの土笛・太鼓
というコラボレーション企画の日。
ベロ亭を取り巻く環境、のえさんの生きた時間を音色とともに語るという。果たしてどうやって1時間30分に詰め込んでいるのか、一個人として体当たり参加するべく。
受付をすることになっていたので、はじめは入り口を眺めながら聞く。
人の影に意識をそらされるのは残念だったけど、言葉だけじゃなくて、感情や音もあったから必死でひろって、頭に流し込んでた。
心も使えるならば使いつつ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
はじまりは
細い糸のような声
時に穏やかに、時に荒げ高ぶる
声と感情と言葉が入り混じって混沌としていた
人が伝える言葉の表情は、妙なバランスでなりたっていたんだと感じる。
感情が爆発して止まらなくなり、自分でもどうして良いかわからなくて助けを求めて罵声を浴びせるいつかのダレかさんを思う。
いつしか穏やかさをまとい、言葉を紡ぐ恵子さん。
まおさんのトランペットが響き渡り、ハジマリを奏でる。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ベロ亭へのたくさんのメッセージをその場にいる人で共有した。
彼女たちとの出会いで得たありまあるエネルギーに、波に、もう身をゆだねるしかない人が大勢いるようだ。
どこか他人事ではないような気も、ん?気のせいか。
のえさんの話に話題がうつる頃には、僕も入口受付への意識がやわらいでいたので聞き入った。
子どもの頃の、のえさん。
僕は恵子さんの言葉に助けられながら、のえさんをイメージしていった。
それまでは写真や唄を通してしか知らないのえさんが頭の中で息づいてくる感覚を覚えた。
のえさんの感性、とても活発で活き活き。
豊かな想像力に家族もたじたじ。
なんだか自然的、野性的?、、、失礼だろうか。
そして音楽へのめり込む、とことんのめり込む。
自然に身に付ける、磨かれていく音楽性があったという。
語られる恵子さんと英子さんの、福井ではじまる家族生活。
陶芸村で五人の子どもを育み、経済的に支えるのだ。
彼女たちの関係にある、当人と周囲の認識の差。
惹かれあった二人なんだ。
けれど、母子家庭どうしが身を寄せ、支え合うという周囲の認識で納得する人たち。
時には自分たちで屋根を修理する。
その姿がどうにかうつったのか。
同情のような、哀れむような村の人の言葉。
無意識に突き刺される違和感にも、凛と振舞ったという。
英子さんは機械修理ができ、
廃棄された家電も使えるようにする知恵を持ってる。
なんて頼りになる英子さん!カッコイイ。
ある日、冷蔵庫を再利用することに成功した。
我が家に修理した新しい冷蔵庫がやってきたと
子ども達は嬉々として話したという。
学校の先生はそれが理解できなかったと話していた。
廃棄品が新しい
英子さんの陶芸と
恵子さんのあらゆる仕事。
二人が五人の子どもを知恵と技で
育ててきたのだ。
耳を疑うようなことを恵子さんが語った。
聞き間違ってるかな、むしろ聞き間違いであってほしいけど。
というか、どうやってそれを知ったんだろう。
村のある夫婦のケンカ。
不仲から別離のような話題になったのか。
奥さんは突き放されることへの不安から
感情をぶちまけたのだそう。
『わたしにベロ亭へ行けっていうの!?』
え?
あ、え?…エ!?
フツフツ胸の奥底から沸き上がってくる
恵子さんも目の前で
声を震い上げて言葉にしている
女たちが肩を寄せ合い支え合う場所、ベロ亭
なんだその、、、
そこまで湾曲して捻じ曲げて
何を思ってその発言?
…~~~~~~~~っ!!!
悔しさか、無念か、怒りか、悲しみか、分からない。
モヤモヤが溜まった。
ひざの上で握りこぶしが強まる。
視界が滲む。
しかしそのことさえ、目の前で
恵子さんは語るのだ。
表現者として、語る。
当事者が、語るのだ。
本当なのだろうか、僕が聞き間違ったのか。
なんだか、妻の方の人に、
湿って嫌な匂いのする雑巾を顔面に投げつけたい。
匂いはなかなか取れないだろう。
でも、もともとその人の心からは
最初からいやなにおいがする。
差。
それは生活だけじゃなく。
のえさんの、独特の感性が子ども社会においては、
どういうものを生むのかと語っていく。
家族内の様子からさえみてとれる
のちのち考えてみればそうだったのかというような話として
のえさんの想像遊びヒストリーだったのか…。
個。孤。子。己。
時間を重ねるとともに、成長し、実感し、
明確にしていく、そして研ぎ澄まされていく。
心も、音も。
自分。
周りと、自分。
音楽。
確かめつつ、確認しつつ、自分を認識する。
追求する。
頭に残るのが
誰か一人でも、
誰か一人でも、
のえの音楽性に寄り添う人がいたなら
もっと違うものになっていたかも...
あれ、こうだったっけ
(自分の記憶力が憎い)
とにかく、のえさんのうたの裏にある
ずっと抱えつづけるだろう影の様な
なにかを垣間見た気がする。
次々と語られる。
新聞配達中の話
雪の中をすすんで踏みしめる話
鳥に声をかけて、鳥から声が返ってきたという話
東京での生活の話。
うたに対するのえさんの追求、探求、挑戦。
とんでもない意欲。
聞けば聞くほど、
何かしらの表現者ならきっと嫉妬さえ覚えるものが
のえさんの中に自然と芽生える過程を感じた。
音楽を通すコミュニケーション
感じたことを共感する、すべ、音。
音楽という「コトバ」を媒介にする繋がり
のえさんにとっての音楽って
心の一番大切なコミュニケーション手段だったのかな
音の感じ方。
逸平さんとまおさんの演奏に涙がこぼれる。
こういう感覚の共感。
それは本当に、うれしいはず。
ひとによってはあまりにも、うれしいはず。
うたうたい「のえ」
さまざまな時間を過ごして
長居公園のテント村にいたころ
うたった曲を恵子さんが聴かせてくれた。
…僕は大阪の矢田出身。
長居公園が近い。
ある夜、長居公園のトイレの傍でうたったというのだ。
僕は陸上部に入っていたから、試合は長居競技場が多かった。
煮詰まった夜には、長居公園へ走りに行ったりした。
あの風景の中でうたっていたのだろうかと
僕の知ってる長居公園を想像して重ねて聞く。
のえさんにとって、月とはなんだったんだろ。
小さい頃からずっと一緒にいる友達だろうか。
風も水も光も草も木もずっと共にしながら生きてたのか。
歌詞が沁みわたって
涙がおさえられなかった。
全身で、五感で
この世の生きることを感じて
それを音楽へ語りかけて
音楽で話していたのかな
ベロ亭の生活
「のえさん」が
詰め込まれた時間
森の話も印象的だった。
僕はあの和訳文が読みたい。
もう、僕の頭は機能していない。
心はなにか大きく感じていたのか
なんだか分からない心地を感じていた。
僕はのえさんを想像するしかない。
だからこの日、恵子さんたちによって
明確に語り聞かせてもらったことで
ある意味で姿が見えた。
語られる言葉がとても鮮明だったから。
人に伝えられるということは、
伝える本人が理解していなきゃいけない。
恵子さんののえさんの探求。
だけど、恵子さんは様々な当事者。
語り聞かせるために
言葉をなんどもなんどもなぞったはずだ
1時間半に詰め込むために
なんどもなんども
取捨選択をしたはずだ。
なんどもなんども追体験をしたはずだ。
過去を思い出すということは
とてもキツイ作業だと、身にしみて感じる。
余計なことまでついてくるし、
感情もダイブするし、
夢にでるし、悪夢さえみるし、
体調にまで影響してくる。
それでも、やめない。
あきらめない。
何度も何度も言葉をおき、作り上げた。
その心はどうなっているのか
今回の個展のDMの写真
英子さんの陶彫
「わかりやすさを疑う」
今回の
【ちっちゃな星はもう見えなくなった】
そのわかりやすさ
表現を見る目を変えてみたら
いっぱいいっぱいあふれ出てくる。
恵子さんと、
英子さんと、
まおさんと、
逸平さんと。
声で、音で、体で、感情で。
様々なコミュニケーションをしていた。
人間は、とても、色々、感覚。
言葉がわからん、出てこん。
ただ、その紡がれる声と音には
積み重ねたパートナーシップや、人と人の共感を感じてた。
僕はパートナーの語りにあんなに響く音を乗せることができるだろうか。
その音を受け入れてくれるだろうか。
とか考えたりもした。
本番の準備中、
のえさんのうたを、CDとともに口ずさみ、
うん。と頷き、英子さんたちに合流しにいった
恵子さんの姿がすごく印象的だった。
僕は、すごい体験をした、と恵子さんに感想として言った
すごいことの把握に追いついていない僕が発した曖昧な表現。
心が感じたはずだけど、なんなんだ、これは。
カラさんを無事に送り届けた後、
24時が近づく帰宅、パートナーが部屋で待つ。
その時の僕は、とてもおだやかな気持ちだったけど、
心の中で起こったことはなにも説明できなかった。
まだまだ、きっと、ずっと、相談中。
寒い、お腹がすいた。
明日に備えなきゃ。




以上です。
本当にありがとう。
当事者が表現行為をするおもみを、
こうやって思い知りながら、かみしめながら、
こぶしを握りながら、聴いていてくれた存在があった。

大きな深い励みとなりました。

ケイコ


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