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ジャーニーへの応援メッセージやエールの声も届き始める〈ジャーニーの最終日まで固定〉

本当にぽつりぽつりだけど、19日のパートⅡの申し込みに真剣に、
自分に向き合う文面とか、
はじめて、本当に初めて、150人ほどに書き送ったチラシと手紙にこたえて、
電話が入り、「行けない」という始まりが、
歯に衣着せない、久々の友達としてのはずむやりとりのうちに、
ついに「行くわ。なんとか足になる人を説得して一緒に行くわ」
という声に変っていったり…。

この長野県在住の歩くのもやっとの友人は、
「わたしはあなたたちにどう向き合うか問われてるんだ」
とも言っていて、「届いたー」って電話を切ってから、
あのチラシの文面が伝わった実感に胸が熱くなっていたのでした。

それでも、なんとも歯切れ悪い友もいて、
「うん、こいつならってチラシ見せても黙っているね」
なんて言ったり。おいおい、そこをもうひと押し、
「どうしても黙ってしまうテーマだよね。
だからこそ、すごいことなんだよ、このイベントは」
なんてつけ加えなきゃ、やるってことの意味もおもみも、
浮き立ちゃしないのよ、なんてあとで苦笑しながら思う。
黙ってなんぼなんだ。黙ったからってなんなんだよ。
チラシ渡して、黙っているからって黙っていてもだめなんだよ。
あほー、って親しい友のはずだから、なお思う。


さて、今日は北の友から届いた「応援メッセージ」を、
快諾を得て、ここにそのまま掲載します。
彼女は来たいけれど来れない。
みんな生活がぎりぎりの時代になった。
生きていくのだけでも精一杯。

そうそう、ある友人にも電話した。
そう電話作戦の時期にも入ったんだ。
「うーん、軽井沢は遠い。」
いつも東京でも大阪でも飛んできてくれていた友が言う。
「明日からは福島に5日間行くし…」。
判るよ、そりゃあ、大事だろう。
でもね、のえの唄だってさんざんファンとして聴いたんじゃないか。
その人が、福島は近くて軽井沢は遠いのか。
やっぱり悲しい。悲しいよ。
そして、そういうことを告げる友の声は、
どこか突き放しているかのよう。
うそだー。

話がそれた。
そんな訳で、本当はなかなかなんです。
誰が来てくれるかなんて見えない。
聞こえてくる声が極めて少ない。
丁寧な丁寧な「行けない」というお手紙は来るんだけれど。
「次の機会に」なんて、常套句はもう通用しないよ。
私たちはいつまでもこんなイベントはできないと思うよ。
「お元気そうで何よりです」。入れるべき胸がありません。

キャパ越えて解離しないように、ずいぶんと自分を保てるようになったし、
保っているときはしゃんとしているから、
そして、チラシにはもちろんきちんとした文章しか載せられないし、
という訳で、「お元気そうでなにより」??

まあ「元気で何より」じゃないからいいんだけれど。
言葉尻なんかじゃない。やっとやってんだぜ。

まあいいや。ありがとう。
ありがとう。
心からありがとう。
みんな介護に、福島に、大変なんだね。
若い人は子育てに、仕事に、
生きるという仕事に大変なんだね。

だったらおいでよ。
そう言いたい。こころから言いたい。
電話の友には伝わったから、彼女は腰を上げようとしている。
上げると思う。思うよ。

では、北の友からのメッセージ。
彼女には、ジャーニーはキャラバンの変種なんだろうな。
あくまでも、私たちはキャラバンの人なんだ。
キャラバンを知っているから、
そこから発しているんだね。

ありがとう。こんな時代だからこそ、
見えなくなっている「生きづらさ」を、「生と性と死」を、
今、語らなくては…。
ありがとう。今は朝の6時。寝そびれた。寝ないとね。
さっきまで、ヒデコも私も、
語りつくしライブの準備に集中していたという訳で。

今は、7月8日早朝。

ケイコ


ベロ亭の新たなキャラバンの始まりによせるメッセージ

 私は29年前(19歳)初めてベロ亭を知り、27年前(21歳)キャラバンで念願のごはん茶碗を買って詩の朗読を聞き、25年前(23歳)女の合宿イン石川における英子、恵子との邂逅がきっかけでキャラバンに初参加、ベロ亭住人となった。その後 ベロ亭住人歴4年。キャラバン歴7年。ふたりの情熱、しごとぶり、生きかたに丸ごとつきあった。
 ベロ亭が行ってきたキャラバンとは、作り手(表現者)が人々の暮らしの懐に出向いていくもので、実は大変な努力と労力と注意深さが要るものだ。
 「日本人」は概して積極的なコミュニケーションが苦手だ。ごく狭い地域の中で充足してこられた歴史のせいなのか、異なるものに気づく感度も極端に弱いし、理解力も培えていない。まるで最初から理解不能、したくないと放棄しているかのようだ。相手が目に入らないということは、自分が何者であるのか相対的に意識できないことでもある。社会の基本は私とあなた、互いの共通部分と異なる部分とをよりよく知り、活かしあう工夫の創出なしに成り立たない。
 手作りの行為を生きる糧として、人々の暮らしへ手渡すのも人間の営みとして原点なら、さらに交流を目的として朗読イベントやおしゃべり会等々を催すのも、最も人間らしい積極性なのだ。長い年月と開催場所、数の多さ、その手法どれをとっても、日本の文化史上例を見ない運動体がベロ亭キャラバンである。
 還暦を超えたふたりが、従来のキャラバンで十分な時間を持てなかった人々との出会いを主軸として再開するのは、よほどの覚悟と決意だと思う。
 日本はますます冷酷な社会になりつつある。戦時中の犠牲を受け継ぐことが不十分だったツケは、現代においてあらゆる諸相で命や人権を軽視する現れとなっている。私たちが異なる他人となまに知り合い、同時代に生きることを真から分かち合うことができなければ、悲劇は繰り返されてしまうだろう。
 『語り継ぎ塾』は人間憎悪や嫌悪をはるかに超え、私たちが人を愛して生きていくようになるための、ふたりと直に話せる大切な時間になるだろう。たくさんの人に参加し、応援してもらいたいと私も願っている。
  
 もとベロ亭住人、キャラバンメンバー「水のお絵かき人」こと景平洋子
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| ベロ亭から | 05:14 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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