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判決から一週間、陶芸祭り前後から「アウト・オブ・一週間」…ひっかき傷も癒えたか

判決から一週間、陶芸祭り前後から「アウト・オブ・一週間」…ひっかき傷も癒えたか

いやはや、こんなにも超ハードで生きていくことをしていていいのかしら。
しかし、判決の日取りが日取りだったし、ヒデコはヒデコでお初の陶芸教室の受講生の作品のために、これまた、まだ具合を調整中ともいえる電気窯でのチャレンジが、これまた「越前陶芸祭り」の搬入やらの時間にずれこんで入り込んで、まあ、考えられないハードさでした。よくやりました、というより、よく生きていた、と思います。

5月27日のヒデコの誕生日のエールの、幾人もの方からのお手紙…もうひとつのネット上ですが…には、彼女のバイタリティを単にたたえるような内容はさすがに減っています。

21日水曜日、地裁判決の日には、最初のお手伝いの人に来てもらって、祭りの設営の道具の積み込みやら、やきものの在庫を奥から出してもらった。
独特の方で、意義のあるお話も少しですが、休憩時にできました。庭から栄養をもらった気がしたその方が、仲間で使おうとネット上で言い出したのには、ヒデコも「プライベートなお庭」と待ったをかけましたが…。あの庭が単に、花いっぱいの自然だけで成り立っている訳ではないという想像力はなかったよう。
「私たち二人の知恵を集めた庭」とかなんとか、ヒデコは応えたようです。

22日木曜日、いよいよ本格的に準備に入る。もちろん、ヒデコは何日も前から、出す品選び、窯たき、制作の段取りなどなどに追われています。そういう中で、本当は時間的にも体力的にも「行ってはいけない」判決直後の集まりにヒデコは駆けつけたのです。

前日21日にあの章を書き上げた達成感も大きく、私はまれなる切り替えを久々にできたと思います。夜には、Kさんが来てくれて、前日車に載せた設営の道具を出店テントまで運び、また今度ベロ亭でやきものを車に運び入れるのに力を貸してもらいました。細かい段取りの中で、なんとか翌日の見通しを少しでも無理がない方向にした訳です。Kさん、いつもありがとう。どれほど助かっているか判りません。

23日搬入の一日。ああ、きつかった。私もこの辺りからは毎日四時間か五時間しか寝られませんでした。ヒデコが二時間とか三時間睡眠になっていて、生きていてもらえるように必死でフォローしました。

搬入はマオちゃんとゴーくん。それから、ある人づてに来てくれた年配の男性。うーむ、いろんな時間があったなあ。側溝のフタが未完成でヒデコはそれから始めていた。なんか、その姿がどこか自分の中で詰まっていたんだな。いや、これは前夜かな。

設営、展示の展開については触れません。マオちゃんが早めに帰り、初老の男性も去り、ゴーくんも夜遅くベロ亭に引き上げ、ヒデコもついに深夜に窯の様子を見にベロ亭に行ってからの私一人の時間がこころに刻まれています。午前一時過ぎまでは、かなりつらかった。過労状態。一時を過ぎた頃から、別ゾーンに行きました。陶芸祭りでこういうエネルギーを出したことは余りありません。キャラバンの準備ではいつもそうだけれど、別次元の、パニック発作もふりきるような精神力が出てくるというのは、自分でも驚きでした。三時まで一人。ヒデコは窯の火を止めるタイミングを見たりで、ベロ亭で戦々恐々。

三時頃、石垣の上の休憩用テントの布を替えたりしていた時に、このまま石垣から落ちて死んでも朝まで誰にも発見されないのはいやだな、ってぞくっとした瞬間がありました。
うん、あそこは足場がものすごく悪い。去年より広いところに設営したぶん、危ないところが広がったのです。

祭り初日、24日、2日目の日曜日25日と、二日間、お手伝いの人たちの分もお弁当作りをまっとうしました。一日目のヒデコはかなりかわいそうだったなあ。二時間睡眠で、二人の助っ人さんは、慣れないのを承知で頼んだ人たち二人だから、ずうっと奥の椅子に座っていることが多かった。フォローしてもらうなんてかなわなかった。まあ、手持ちのタブレットの電卓で8パーセント+と8割の計算をしてくれたり、包んだりやお金のやりとりはしてくれたけれど、基本、接客というのは「なし」でした。私が見た限りでも。

しょうがない。「不慣れです。できません」という傾向の二人が揃ったんだから。
私がお弁当を持って駆けつけた昼前、二人は奥の椅子で自己紹介をしあっていました。団らん。私は挨拶しましたが、すぐには気づかないので、追加の花を生けたしたりしていたら、やがて気がついて、なんとも言えない気まずい始まりでした。花は、前夜から生けるという手早い段取り。生ける花なら溢れる庭ですからね。花で随分出店テントは映えます。

実は、その時はヒデコはついにぶっ倒れて寝ていたのです。うちに泊まり込んでいた若者は、ヒデコが二時間睡眠だということは知らなかった。知ったら、「寝てください」と言ったと聞きます。その後だか前だか、彼も寝たと聞く。ヒデコの圧倒的睡眠不足対策で用意した長椅子のクッション。彼も利用できて良かったね。でも、ひとこと「どうしても眠いから寝ます」は必要だったと思う。出店中というのは「たたかいの現場」です。でも、彼は前日搬入でやりきったんだから仕方ない。仕方ないんです。

で、「たたかいの現場」というのは、圧倒的にただの群衆に成り下がった人々に、人間になっていただくという「コミュニケーション力」を必要とします。その部分は白旗のお二人が揃った土曜日。私たち二人の機運や意気込みに影響しました。それもまた仕方がない。

いやあ、やりましたよ。どんどん話しかけた。
おい、お前も人間だろう。目の前の「ヒデコのやきものが見えんのか」とは言わないけれど、目に留めさせる話術。これって相当高度なコミュニケーション力なんだと今回ほど思ったことはありません。娘のヤエが以前に私に言ったことがあります。
「ケイコちゃんはお客さんの脇から回り込んで話しかける。あれは私にはできない。」
うむ、年を取ったのでそれもするけれど、テントの前面の一番はしっこにおいた椅子にすわった状態で、立ち止まる人にどんどん話しかけるのね。話しかけました。

2日目。マオちゃんとエカちゃん。ひとつひとつのやきものの特徴もつかんで通る人、テントに入る人に話しかけるという事々を当たり前のようにする二人でした。うーむ。こういう日もあって、まあ、ああいう日もあるということで…。
気温も上がって暑くなった午後、汗だくの接客のただなかで、「本気の冷やかし」にも遭遇しました。冷やかしってないよね。フクイ県では…。関西なんか当たり前だよ、いや、関東でも…。ああでもないこうでもないと、ケチつけるのが、人と人としてのやりとりなのよ。愛とユーモアに溢れた…。思ったね。そうかそうか、「本気の冷やかし」もない、さびしいさびしい祭りなんだなあ…ここは。キャラバンなんか、「本気のすったもんだ」こそが楽しかった。醍醐味だから、祭りの対極にある訳だ。少なくともこのムラの祭りでは…。

夜は、自然と、滋賀県から来たエカちゃんとフクイを突き抜けた若手のマオちゃんと、夕方のお茶タイムが、気づいたら夜のご飯タイムになり、私はマオちゃんと随分とゆっくりと大切な話もしていました。うん。あのお庭がしみじみと良い庭として生かされていた。夜の闇に浮かんだろうそくの灯りと共に、思い出されます。

お弁当は気合い、二日間入れましたから、「おいしい」と言っていただけた。
中身は内緒。こういうお手伝いをしたら、私の気合い料理食べられるぞー。

マオちゃんが「アルバイト」と位置づけてくれたことは発見でした。そう、この「売り子」のお手伝いだけの方々には、ほぼ一日お店にはりついていてもらうので、「アルバイト並みか、人によってはアルバイト以上と感じる」やきものの見つくろいプレゼントをさせてもらっています。これをマオちゃんが「アルバイト」と言ってくれたのは、このプレゼントに私たちの心意気を感じてくれたマオちゃんの心意気であり、心意気と心意気が呼応しあった証しです。これからは、そういうことで人に呼びかけるべきかもしれませんね。

3日目。雨にたたられて、ヒデコはお手伝いの人が遅れたのもあって、一人で台の大移動をしたりで大変だったよう。お弁当もおにぎりと一品、こころはこめたけれど、まあお手軽にしました。祭りは雨はだめだ。でも、ヒデコの努力の甲斐あって、敦賀のやきもの教室の受講生さんたちが自分の焼き上がった作品を取りにも来てくれた。次々と、このテントに向けて来る人たちがいたのは嬉しいことでした。雨はいやだったけれど。

4時からは搬出。Kさんに加えて、少し遅れて近場のある方も見えました。力持ちのKさんと、この方の手慣れた淡々とした作業っぷりに支えられて、何もかもが濡れそぼったひどい雨の中でも、なんとか乗り切れたのはありがたいことでした。
搬入と搬出は、違う次元のお手伝い。引き続き人間関係がある方々が多いから、次の時間へとやりとりが託されます。

ええいっと。27日。ヒデコの誕生日。
「ケイコちゃん、何か言うことあるでしょ」
「うーむ、お疲れ様。よくやったよ。よく生きているよ」
「まだ言っていない。」
「本当によく頑張った」
「まだ言っていない。何かあるでしょ。」
「えーと、そうか、あれ、そうか、誕生日あめでとう。」
私たちのやりとりはこんなものです。誕生日に飛びついて、おめでとうメールをくださるような方々のノリとか、そういう立場とは私は違うというか、うむ、なんだろう。

温泉休みでスーパー銭湯に行き、鍼灸院に行き…二人ともに体曲げる時に「痛い痛い」にセンセーがあきれてました。徹底的に治してくださったけれど…、それから、レストランに誕生日のディナーと。
いやあ、ほっとした。一年のうちにこういう日が、数日はあってもいいよね。
このレストランで撮った写真がヒデコのしているネット上で「いいね」が100を超えたらしいです。私と一緒のテーブルを囲んだ写真。

28日、おととい、もう皆様おなじみ?の行きつけの園芸店の月一の2割引の日。炎天下に選んでいたら、これまた憔悴しているのに元気が出てくる。白い花が多い。春の花を植え替えるための準備。日々草、花すべりひゆ、トレニア、ダリア、ニコチアーナなどなど。一ヶ月かけて春の花が弱ったのと入れ替えていきます。

なんだかんだ言いながらも、まあ、こんなそんなの日々にも、朝は花がら摘み、水やり、苗の植え替え、などなどこまめにやっています。祭りが終わってからは、園芸のぶあつい本を読みかけて、植木鉢の種類別特性を確認しなおしたり…。
はいはい、素焼き鉢がいちばんで、駄温鉢が2番目…これはヒデコの低音のやきものと同じ千度焼成…、本焼きのやプラスチック製のが1番植物には過ごしにくい。まあ、冬の寒気を防ぐのにはいいのでしょうけれどね。

で、結局戻ったのは、「ものぐさガーデニング」の薄い本でした。これでほっとするの。失格でいいのよ。気晴らしの園芸なんてという割には、もうかなりパーフェクトな雑草と共にあるガーデナーですわ。ふふ。雑草伸びたなあ。お前らも草だもんなあ。

実は、人と関われば関わるほどに、なんとも言えないひっかき傷のようなものが残ります。
物を運び入れる瞬間が合わないと、手を貸した腕をぎゅっと押されて、痛いのを我慢するのなど、キャラバンでは余りなかったけれど、それでもひっかき傷は残ります。
あの手、この手、猫の手も、という時には、ひっかき傷は残ります。

そんなどんな瞬間が「ひっかき傷」かなんていちいち書きませんよ。
私だって、相手にのこすんですから、ひっかき傷を。
ひっかき傷はヒデコの誕生日の一日と園芸三昧デーでなんとか…。

いやいや、次の課題が浮上もしています。あああ。
7月の予定決めなきゃー。
あの人と話さなきゃー。明日。それから…。
あの人に手紙ですむかなあ。どうしょ。


昨日はある映画を観ました。ある方の薦めもあって…。
かなり心配でした。でも、思いきって観た。
『アクト・オブ・キリング』。
…殺害という演技、とか、殺しの行為、とか訳されるのかな。
これについてはまた、別に書きます。
『アウト・オブ・キリング』と「アウト」になったり、
『アクト・オブ・キング』と「キング」になったりが必ずしも間違いじゃなくて、
ありえるなあ、という、
ショッキングで吐き気なしには観れない問題作。

いや、私は目を覆うことはあったけれど吐き気はなかった。
ヒデコは吐き気連続。
私のほうがタフなのか、
日本の現実の吐き気のほうがよっぽど差し迫ってあるからか。

これは別仕立てにしてブログ書きます。

ああ、これで『アウト・オブ・一週間』になれますかね。

そうそう、ヒデコのボックスアートのことですが、
今回、陶芸祭りのテントに展示してあった「境いめをこえていく」
という作品を見た、英語圏の白人男性が、
「アウト・オブ・ボックス」って言ったんですよ。

箱の外。
いや、彼は言いました。
「この箱の中は地獄みたいだねえ。火が燃えているし」。

『アクト・オブ・キリング』はインドネシアという島国の箱の中の、
地獄を描いたとも言える。
ヒデコの作品の、あの箱から這い出ようとする手の、
リアルな動きの一瞬がまざまざと浮かびます。

予告編はこのくらいにしようっと。

ケイコ
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