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「断捨離」も「リカバリー」も、そのちからが持つ方向性次第で脅かされる

「断捨離」も「リカバリー」も、そのちからが持つ方向性次第で脅かされる

四月に来たヒデコの上の姉、N子さんが、私たち二人の住むベロ亭の家のなかの「惨状」を見て、「ゴミ屋敷」と一喝しました。「捨てなさい、捨てなさい」と言わんばかりでした。
実際、ゴミであるものも捨てられず整理できないでいる日々が続いている面も少しは認めはします。

しかし、人が二人生きて日夜活動しているなかで、散らかっているだけの部屋を、「ゴミ屋敷」と一蹴する姿勢に、たとえご本人が八十代になり、そういう姿勢で生きているなかでの物言いと判りはしても、聞き捨てならない思いになったのも事実です。

私が死んだらでもなく、私とヒデコが死んだらでもなく、「ママが死んだら、トイレに置いてある大きなペルーのやきもの、うちのね」って言っていた娘もいます。きっと他愛ない物言いだったかもしれないし、単にそのものへの愛着を自分なら継承できると思ったのは嬉しくなくもない面もあるかもしれません。

一年ほど前に、ずっと雨漏りが耐えなかった車庫の軒下に置いてあった段ボールを一つ一つヒデコと手伝いの若者とで点検してみたところ、一つがカンペキに一度ならず濡れはてていて、あとにはもう一枚一枚の紙がひっついてしまって、まるで化石みたいに石化したようになった状態となっていて、発見されました。
きわめて重要な記録がおさまっていたはずの段ボール箱でした。雨漏りをしていたのは知っていたのですから、早くに手を打つべきだったのは、私自身です。

そのなかで、一枚だけ朽ちかけていながらもかろうじて部分的には「無事」だったものが、おそろしいほどシンボリックな「奇跡」を示していました。

私が、のえを妊娠中にクリニックに行き、のえが生きている証しの心音を聞いているときの光景とこころ模様を描いた文章の原稿用紙が一枚、なんとか残っていたのです。
それは、その段ボール箱の唯一の「生存品」として、今は私の書斎のファイルに大切にはさまれ、いつでも見えるところに置いてあります。

つまり、その当時の、その周辺についての段ボールひと箱分の記録、などなどが全て損なわれたということです。しかし、その一枚が残ったことで、私は一旦は良しとしました。それでも、あとのものがどんなものであっかは、すでに闇に埋もれてしまった謎です。

十年ほど前に、ある映画のきわめて印象的なシーンに打たれたことがあります。
死の床にある老人が、おそらくその老人の忠実な使用人と思われる人…男性だったなあ…に目で促して、無言のまま、彼の大事に大事にしていた、ありとあらゆるガラス細工の逸品たちを、ひとつひとつ手に渡させて、ベッドのかたわらに投げ捨てつづけるシーンです。彼はやっと動く片手で、なんとか持てる、かつて大事にいとおしんだ物たちを、ひとつひとつあやうくも軽く、しかもなんとか意志的に投げ捨てては粉々にしていくのです。
忠実な使用人はひとつひとつ渡し続ける。目配せだけ、沈黙のなか、ガラスが粉々になる音だけがつづく。

投げる力すらぎりぎりのなかで、粉々になるガラスの音が沈黙とモノクロの画面を通して際立つ。

本当に、そのものの、かけがえのない価値の判る人間の手をはなれたとき、それは貨幣的な価値しか持たなくなる…そんなことを暗示しているような、そんなシーンでした。


自分から、断捨離する。要るものと要らないものとを整理する。人生を本当に必要なものだけにとどめていく…。この作業は本人にしかできないし、本人が覚悟し決心しなければ誰も強要も押しつけもできない行為だと思います。

ゴミ屋敷と断じられた家に、本当は住んでいた人にとっては、どれほど大切なものがあったかは、住んでいた人にしか判らないというのが当然ながらあるのだと思います。


私は、娘にノコサレタ側として、娘の人生に向き合うという長い深い大きな宿題をやりつづけています。必要な資料、見つかってよかったメモ、聴けて深まった意味合い、などなどと共に、いまや最後の詰めが本当に詰めとして続いています。ここの表現をこのままで世に出していいのか、最後の最後に問われる事柄に真剣に、心底、魂をかけて目をこらし、耳を傾け、咀嚼できる事柄はできる限り咀嚼もしています。

しかし、そういう作業を私にかたわらでされつづけるというのは、現実のさまざまな事柄、仕事に対処している伴侶には、ときにいたたまれないほどの忍耐を強いられもするだろうし、キャパシティを越える事々が続くことでもあります。

私が自らのこころの静寂を保つために、ようやくのこと次の次の次の段階へと、腹を決めたようなところとは、かかわりないまた別の要請で、私は人生の伴侶の現実的な出来事にも頷かなければならないときもあれば、黙ったり、震えがきたり、声を失ったりすることもあります…。

今日は、買い換えたパソコンへの引っ越しが終わったと見なされたなかで、旧機のほうをリカバリーするから、と言われて、それを簡単に頷けない私に対して、「そんなにも私を信用していない」と伴侶に怒られました。
彼女は彼女で慣れようもない、ありえないほどの作業やら手間暇を費やした「引っ越し」のはてに、もはやリカバリーしかありえない、そんなところまで来ていたのだと思います。

一週間ほど前にもそういう事態になって、確かめてみたら、不十分なことがあって、またまた彼女は一週間あまりがんばり続けた果てのことです。

それにしても、コンピューターをこうやって新しくするたびに、ここまで残酷な作業やら引っ越しやらがあるということが信じられません。彼女は、この一ヶ月ほどに、数十本の専門の相談電話をかけたし、すぐにつながらないから、待ち続ける時間も相当のもの、その上で、対応する人が必ずしもコミュニケーション能力があるとは限らないから大変な心身と神経の疲労がかさなります。

それにしても、ここまでやれる彼女は天才だと思います。コンピューターを専門に習ったこともないのに、ものすごい勘と能力でやりきるところは、発明家だったお父さんゆずりの血が流れているんだなとも思います。
こんなこと、見積もり一万円を出した若者に、これっぽっちもできた訳ではないでしょう。
彼はベロ亭が抱えた人生と、その結果のデータのあつみなど、なにも知りはしないのです。


私たち二人は最良のカップルであり、最強の組み合わせであると思うものの、こうやって芯からぶつかるときには、最悪の組み合わせだなあ、と息を呑むことも多いです。

単にそれぞれが取り組んでいることの、現在形の質の違いがあるというだけではない、現実に向かう向き合い方のあまりの違いが吹き出すときに、お互いがお互いを認めていては成り立たないぎりぎりのところに立たされるからです。

今日は、彼女があとにも先にも引けないところで言っているとわかるだけに、私と言えば体中にけいれんが奔り、過呼吸状態にもなります。気持ちはなんとか保ちますが、体が反応してしまうのです。

そんなこんなで切り抜けていることもありますが、やはり、そんな衝撃を契機に、一挙に吹き出す、それ以前の記憶もあります。
私は「忘れない」生き物なのです。


断捨離、断捨離というけれど、私たちは人生でそんなにも無駄なことをしてきたでしょうか。
ベロ亭は無駄ばかりの人生をしてきたとでも言うのでしょうか。


だいいち娘を一人亡くしているのです。
なにもかも大切にしたいとは言わないまでも、
断捨離、とは真逆の、大切にしなくてはならないこともあるはずです。

そして、リカバリーだって、本来はコンピューターの故障が復旧しないときの最終手段的に使われてもいて、今は購入したときの状態に戻す意味あいもある訳ですが、こういった「リセット」というのが、どこまでどうされたら、この私たちが生きていかれるのか、私には最終的な判断は下せない気がします。

たとえ、どんなに人生を一旦リセットしたとしても、資料は資料として独自に生きてくることもあるはずです。
大切な娘に人生をシャットダウンされた側としては、身につまされるように、ひとつひとつの資料、聞き取りをへて確認につぐ確認をしてきたことも溢れるほどにあります。

私たち二人は、まだまだ「青春」みたいに夢を語り合うこともないことはありません。ただし、先立つものが限られているので、先細りにならない工夫をそれなりに凝らしたりを、気持ちに余裕があればしてもいますが、そういうふうにもならないことも多々あります。
老いは、体力から来ますから。

へルター・ミュラーには亡命者としての社会保障があったのでしょうか。

今はただ、私が取り組んでいることの大きさ、おもみ、深さ。
そして、それによってさらされる日本社会の無理解、無関心に、やはり時には私の伴侶も、むろん、のえのキョウダイもなかなかついていけないことが大きな痛みです。
私にはもはやそんなことは悲しくはない。
一刻も早く形にしたい本ではあるものの、周囲がつまづき、途惑い、傷つき、自らを愚弄さえするような言葉を吐くのは、私自身が踏みとどまっているなかで、まさに自分に向けての警鐘ともなるのです。

彼女に、現実のおもみがのしかかり、「忙しい忙しい」の連発がつづき、「どうして、どうして」がつづくのは、今に始まったことではありません。

それでも、私は私で、私の現実にも対処しているのです。
それが誰にも見えざるものであるとしても、見える形にはしなくてはならない。したい。

今日もまた、二人のあいだの深い深い谿タニと嶺ミネを見たひとときでした。

断捨離。
私は「ベロ亭やきものキャラバン」のありとあらゆる資料が、ゴミの山とは思いません。
私の詩の原稿もゴミの山ではないはずです。
ブログの文章もゴミではないから、読んでくださる人がいらっしゃるのではないですか。

整理していきます。
ただ、私の手法でせめてこの整理はさせてください。
私の手法でなければ、整理できない事柄が、ベロ亭の歴史として、女たちの生きた歴史として、葬られてはいけないはずのものとして、今につづいて息づいてもいるのです。

整理させてください。
私のやりかたで。

整理しきったら、
さっさと死期を悟って、
どんな資料も火の山のなかに放り込んでも惜しくはありません。

ただ、その前に整理させてください。

だから、「ゴミの山」とは言わないでください。
ひとつひとつ意味のある、ヒデコの南米のやきものの旅の結実である、かけがえのないものたちの意味をスルーして、奪わないでください。

ええ、火の山にくべるもの以外はちゃんとに遺しますから。
おそらくね。

ええ、きっとそうします。

だから、もう少し、私たちに穏やかな時間をください。

だから、私に最後の詰めのための静かな時間をください。

ケイコ


追記
 
怒られたことのなかに、ちゃんとに受信ファイルのなかに、「のえ」という分類があるのに、そこをとりたてて見たふしがないことがありました。

あるのはおそらく知っていました。見れば、「の」と「え」の字は読めますから。
だけど、考えていてじわじわと判りました。そのファイルは簡単に開けなかったんだと思います。朱鷺の餌づけをするように繊細な行為ですから…。

ずらっと、のえ関連のメールがあるなんてことに耐えられるような神経は持っていません。

ある、のえの音楽仲間の女性に最近確認電話をして、執筆に月日がかかっているのを知った彼女は、「のえさんのことで知らないことはないですねえ」と言いました。
「なにを言っているか、もしかして判っていないんじゃないのかな」と私は返しました。

私は、のえに来た全ての手紙を、全ての記録を、冷徹で「客観的」で旺盛なノンフィクション作家のようには、あえて見てはいません。それでも、勘ははたらきます。なにが必要でなにが必要でないか、書き手である自分に今はなにが必要なのか必要でないか…。

自死した友人の書いたものを、冊子だかを作るために全部見たと言う人に、私はなにも返しませんでした。

それでも、私が読んだ聞いた触れた文、手紙、話の類いは相当のものです。
量と言うよりも質がね。そして、ある程度の量を超えたときに質も変わるのです。

それでいいのだと思います。
私は生身の人間です。

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