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ああ、一週間!…ひと、ひと、言葉、メール、花、電話、人の輪?

ああ、一週間!…ひと、ひと、言葉、メール、花、電話、人の輪?

大昔、「ああっ、結婚」っていう映画がありました。監督は、ビットリオ・デシーカだったかな。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニが主演ね。観てないけど。あの頃から、「結婚」には懐疑的だったのかしらね。高校生だったろうな。

「ああ、一週間」というしかない、一週間でありました。よく、生きているぞ。まだ地上の人間としてよく生きている。ケイコもそうだけど、ヒデコもそう。
先に、ヒデコがこの一週間、そう20日に展覧会を終えて21日に搬出して、そのあと、新しいパソコンへのデータの引っ越しやら何やらで、もう釘付け状態だったことだけは書いておきます。これから書くのは、そのはたで、私に次々と起きたことでありまする。

この一つ前のブログでノベレッテンを始めたときの心境はまざまざと今も思い出されます。
創作の原点って、人に何も語れない、語る必要もないほどの静寂のなかにこそあるのだと思います。語る必要が尽きた、しんしんとした海の底から、そう深海魚がふつふつとあぶくを出すようにね。

この前の前にブログでかなりハードなノンフィクションにチャレンジしたので、自分の調整が必要だったんでしょう。書き手もただ書いている訳ではないんだぞー。
でも、ノベレッテンのアップは翌20日に。
19日に書いたのに、パソコンがアップをいやがってましてね。

18日から、久々の創作を開始したんでしたね。いろいろと再開。送るのひとつできなかったこともしたり、次々と夏のジャーニーの出演のオファーをして断られたり。これ、のえの音楽友のこと。東京から軽井沢は意外と遠い。子持ちだしな。
アイデア再考中。

そうそう、今日のカテゴリーは、「本日のキーワード」、
本日思いつく限りの一週間をテンポをあげてふり返らねば。

20日。大切なセンセー方にお電話。自分なりの節目始まる。C先生と話せてよかったな。N先生も。うむ、N先生は、少し混乱してもいたかも。いや、C先生もか。いやいや、そんなことないか。出先の電車のホームでいつもながら真摯で紳士な対応はピュアで本質的。
で、途中で切れて、メールを久々して、数日後にすごいメールをいただいた。

実に、この日、朝日新聞で夏目漱石の「こころ」の百年ぶりの連載開始。よりによって、私はカンサンジュン氏の「心の力」をこの日、読了。なんか、歴史と共に、私の読書もあるみたいで、ねらっていた訳ではないのに、漱石先生すいませんというか、ありがとさん。

実は、私、漱石先生の「こころ」は読んでいません。「門」とか「それから」とか「明暗」とかは読んだ。「坊っちゃん」「我が輩は猫である」読んでません。アマノジャク。皆が読むのは読まないの。高校生のときかしら。

でも、「こころ」のひっかかりは、別のところにあったと思う。読むのをやめた意識が段々と思い出されています。そして、この一週間は、丁度、六回の連載が終わったところ。土日は連載なし。昔の体裁のまま、旧文字が出て来たり、面白いな。この連載。それにしても、今だから、私という人間は「こころ」を読めるのかもしれない。しかしなあ…。

「心の力」の中に描かれたダボスだっけ。スイスの山中の街だけれど、きわめて象徴的な意味合い。ダボス、ダボス、私たちのしてきたことはダボスじゃないかー。していることもそうではないかー。

21日月曜と23日水曜は、起き抜けにヒデコと大げんか。さすがにくたくた。芯からぶつからざるをえない課題だから。

21日の件は、「おかしい」と勘づけた私がリサーチに入りました。あるお寺の方とのやりとりをCメールで実に十数回往復。彼女の側の忘却とキャッチしそこねた大切な事柄に関わる、向こうさんの誤りであることが判明。がくん。
反対に向こうさんの需要がアップになって、待ったをかけた向こうさんが後悔した次第です。出し惜しみするぞー。待ったをかけた自分と向き合えよー。

22日火曜、週一の鍼灸院。かなり調子悪い。上がってきてとてもいいところと、ものすごく衰弱しているところとが混在とのこと。そりゃそう。
ノベレッテンがどんどん浮かんで、
ほぼ書き終えても頭の中で終わります。椅子に向かう力がない。

終わった展覧会。鍼灸のあと打ち上げ、ヒデコと。うるさい軽音楽。「川の流れに沿って」をこんな甘っちょろい声で歌うな-。気持ち悪い。中国語しか通じない店の人に、やっとのことで音楽止めてもらう。漢字で筆談。だって私たちだけが客。
聴覚過敏ひどい。でも序の口。

その後が悪い。悪いよー。ヒデコとしては前日からのもちこし課題。
のえが唄っていたジャズバーがらみの出来事。ヒデコから聞き始めるや、持っていた箸落とす。気分悪くなって、ソファに横になる。
せっかくのご馳走もだいなし。ほぼ、持ち帰り。あとは書きたくない。
でも、その日の晩、マスターと話せたのは良かった。それで十分と今は思うだけ。
思ってないけどサー。

無理解の構造も判っているけれど、一回いっかい、ちゃーんとに私の心身の反応出るぞ。
これはすでにPTSD化してます。声も最近いつも枯れている。
出なくまでならないけれど、失声の直前のがけっぷち歩いているみたい。

23日のケンカも根深いな。二人の間が根深いんじゃないぞ。社会的な背景を思うと根深いだけ。のえの人生をどう見るかにかかってくるから。どう、把握するかにかかってくるから。ヒデコのほんのつぶやきからそれは始まったけれど、それは判るけれど、そうでないんだ。そうでないんだ、というのが私の心底の魂の声。
えっ、そう。心の底の下に魂、あるかどうかは知らない。

その日水曜と木曜は、大事な原稿の続き、相応の資料を揃える仕事。20日から執筆は再開していたけれど、なんでこうも「邪魔」が入るんだ。おいおいおい。

いとしき読者諸氏。私は一人一人を気づかっては書いていられない。
一年半ほど前、このブログへの悪質な覗きや書き込みがあって、数ヶ月アップをやめたことがあった。今だから、書くけどサー。
もうそういう停止はしない。ニュートラルに言葉を把握する訓練をこのブログでしてください。絶対的に響く言葉も、相対的にとらえるトレーニングをしてくだされ。
まして、悪質な嫌がらせなど、しないでくれー。狂言めいた嘘をついたり、電話でおどかしたりはやめてくだされ。これは一年半ほど前のことです。あなたのことではないぞー。

これは自殺予防の関係者とのこと。これ、聞いただけですごいでしょ。
あの人、もう読んでないよなー。

執筆関連の資料の準備は大変だった。ことのほかね。
その資料関連の次の本当の大仕事にはかかれない。今も結局かかれない。
かかれない理由と必然性を見ている。しっかり見てるんだぜー。

どのみちかかれないんだもの、って木曜夜、ある集まりに行った。すでに、自分の仕事でへとへとくたくたの状態。

あれは「人の輪」だったか。東西の壁が崩れつつあるとも言えなくもない、やっぱり言えない、いや言える、そんな所での、私には後に引けない問いかけをした、それだけを今日のところは言っておきます。そう、ダボス化したぞー。少なくともあの時間は幻ではない。
幻ではなかった。

よくやったよねー。老いさらばえた身二つで、いや、私が切り出したからこそ、身二つで、それでいい、それがいい、どうでもいいけれど、どうでも良くない。だから行った。だから言った。だから、いた。だから、そこに「存在」した。

昨日、25日金曜、いやはや、クリニック行くの忘れちまった。前夜の残りものの片づけよ-。がっくりさせられる電話する、淡々ありがたい電話する、しみるメールあり、なんかグリーフワークにかかわる、すごいオファーの始まりみたいな電話確認あり。二つのつながらない電話あり。大阪、かからず東京のある相談電話の初利用あり。

目が醒めたぜー。初めてつながったその電話。最後に、
「その本を読んでいないので、その本が出されていい本かどうかはお応えできません。」
かくん。電話切る。ぱしっ。目が醒める。
これってさ。誰も言わなかったじゃん。よく言ったね。さすが、本家本元の相談電話さんだ。たとえ、声の相手の25パーセントに水増しされた「嘘」と言ったら悪いナー、なんというべきか、つまりつまり「判ってない」濁りを感じたとしても…だー。

これってさ。ものすごくニュートラルな受け答えなんだよな。応えはあなたの中っていう間接話法。最初、そうは思えない冷たさにあきれたけど、いいのよ、いいのよ、さすがだねー。本家本元さんだもの。本当に私のいのちをつないでくれはりましたわ。

それから、音楽判る、ある女の子と話す。ものすごーく救われた。吉祥寺の曼荼羅知ってたわ。
あのとき、彼女の指先に電流ならぬ、小さな雷ちゃんが落ちたとサー。
それで判ったわけ。花がサー。最近、最初の花殻摘みのとき、三つめくらいまで電流走るのさ。まるで空気が薄く、乾燥しきったクスコにいるときみたいにさ。
乾燥してるだけではないな。私、今電流発生中のとき、あるんだ。

いや、その前に、もうひとつ、持ち上がったことはあるのだ。よくぞ、いろいろ起きすぎだぞ。これは今は、書けません。大きな宿題だ。やりがいあるけれど、連立4次方程式くらいかな。3次方程式はすらすら外にも内にも解けるけど、4次になるとなー。外に向けて通じるかなんだなー。よいしょ、こらしょって、電話。ある懇意にしている娘のような人に。彼女、聞いてた。通じた。

言いたいのは、なめんなよー。
わたしゃなー、子の立場も親の立場もあるんですぞ。なめるなー。こらっ。

今日、26日金曜。起き抜けからまた電話。重要な発見あり。これ原稿に反映しますわ。ここまでおさえると、ぐうっと見えることがありますわね。そこまで見ていただかないと、復権賭けている人たちのこと、結局判らないでしょ。判らないことは判らないって謙虚さを読み手にも促す書きたし、必要あり。よーく判ったぞ。よしよし。

アーティストさんも、地元さんも、都会さんも、ミナミナさま。
閉じた輪っかにはまってたってダメなのさー。

都会さんでは、なにやらLGBT週間とやらが、たしか今日から連休いっぱいかな。
それと共に出された冊子に、あたいたちのこと載ってんだわ。あの15分で添削サービスした記事でございます。

まあ、書き手のそれなりの誠意と視点、というか、インタビューされたヒデコの念押しこそ加わったものの、あの番組に私たち自身タイムトンネルを逆向きに移動したみたいな、そんな記事ですね。皆、アナクロみたいな時間を最も新しいと思ってやっていらっしゃいますから、私たちの事実がどんどん更新されているなんてことに追いつかないのはやむないですまないけれど、今んとこは大目に見ておきます。

いやはや、同じ冊子にあふれるあふれる結婚願望。そりゃあね。ライフイベント大事でしょう。奪われたライフイベントだしさ。でもねー。私の「ああっ、結婚」観は変わんないんだわ。虚構の街からの虚構のような、記事記事記事。
意味、否定しません。でも、距離は取ります。取っている、マイノリティの人、沢山いると思います。醒めた気持ちで参加したり、創ったり、それでも錯覚してみたりしている人、沢山いると思います。

見ないのに見た気はダメ? でも、もう見たもん。

映画「かお」。息子は観てました。話、あいました。
サラダの味付けするので、話途中でした。

今週のトピック。ふたつあり。

N先生からの、私の詩、への丁寧な丁寧な返信。しみた。
これ、ずっとなかったじゃない。編集者も応援団も何してんだ。
すんません。「応援団」の皆さん。こんな書き方。でもなかったもん。

もったいなくて、まだ書けませんわ。
「静寂」「安心あんじん」。キーワードです。

もうひとつ。
少しずつ少しずつ語りかけていた、
次世代の一人の、
芯から、殻を脱いでいく…気配というか、
まあ、変わりぎわかなって辺りを見ていること。

最後におん礼。
いつも携帯メールめった打ちに淡々と応じている、
お二人さんに深謝。いのちのメール。

人生よ、ありがとう。
生きていてまだ良かったんだな。

よっしゃー。


なめたやつには、「なめるんじゃあないぞ」って、
どういう意味か、きちんとおわかりいただくことにします。
わからんってふんぞりかえるなー。
どうぞお楽しみに。

わくわく、はらはらするけれど、
なんかほっともするけれど、という読者に、
なんだか判らないことには責任取りません。

あっ、そう言えば、手書きの手紙来てましたわ。
なんだ坂、こんな坂。
登る? 降りる?

ケイコ
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