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足をすくわれては立ち直す・死ぬのは明日でいいと今日を生きる

足をすくわれては立ち直す・死ぬのは明日でいいと今日を生きる

毅然と生きているように見えますか。
らしくもない、もっと打ちひしがれていいはずなのに、
いや、とおに人生をたてなおして淡々と歩いていていいはずなのに…。
などなどと見えるほど人に会ってもいないから、
誰にもどうとも思われことなどなく、
このブログの読者がはらはらドキドキしていたり、
ふーんって感心してくれたたりしている…その範囲での、
人と人のつながりを私は保っているのでしょうか。

執筆が本当に終わりそうになってきて、
今日生きればいいと本当に思うようになりました。
明日死ぬのでもいい、今日生きればいいんだと思うようになりました。

足をすくわれては自分たちの、自分だけの力で立ち直す。
割のわるい人生は、そろそろやめてもいいのかもしれません。
にもかかわらず、ここでなら話セルトイウ課題を持ってくる人もいます。


それにしても、メールの返信の皆さん、
なんとまあ、そっけないこと!
もう少し、人間としての最低限の言葉はないのかしら。
みんな男の子だから、そっけないのかなあ。
誰しも、登場人物の確認にかかわるメールです。
一人くらいならともかく、みんながみんなそっけないとこれほどまでに、
味けもなく、さびしく、ばかばかしくもなるのでしょうか。
一人は、文面もちゃんとに読んでないみたい。
アッホー!と言いたくなるけれど、大事な登場人物だから、
丁寧にまた返信するしかありません。
丁寧にまたお手紙書くしかありません。
ここまで虚しくなってしまっていいのかどうか私には判りません。

味のある言葉や、想いを込めた言葉ってもう人は書けなくなってるのかしらねえ。
やっぱり、人間、五十歳をこえなければ、そういう境地には行かない。
人のことなんか考えないのが、日本人という人類の常なのでしょう。
そういう言葉のやりとりのはしばしで。

昨年の十一月一日のとある出版社の応接室でのこと。
急きょ、ピンチヒッターか援護射撃のためか現れた編集長は、
こういったものです。
「それは非常識という枚数ですよ」。
ハイ、ソウデショウ。そんなこと判ってますよ。
でもね、世紀の大傑作とは言わないけれど、少なくとも日本の現在の暗部を、
明るみに出す、ものすごい作業の途上では、
千枚をこえる字数になるのはやむをえないことぐらい判っていてください。
まあ、編集という作業に従事する方は、
言葉の営業マンですから、字数と金勘定が仕事なのでしょう、
内容なんて、問題外なのでしょう。

その次。
担当編集者が、『ベロ亭』を省けないかと言いました。
その前に、私はそう、春頃、ベロ亭を仮名にするかどうかで悩み抜いた、
そういう次元の話ではありません。
ベロ亭の物語はオミットするという提案というか、
単なる思いつきでした。
ハハーン、判ってらっしゃらないなあ。
ベロ亭とつながる全国の熟年の女たち男たちをあなどるなかれ。
アッホー、と内心思っておりました。

そもそも、当日から書き起こして…というのも、
編集者の思いつきでした。これってなんなン?思いつきー!!
思いつきに真っ正面からお応えしましたよ。
どかーんって書きました。
おかげで、店頭でぶったおれて救急車騒ぎになったって知りませんよーだ。
私はそういう責任までは取れません。
フタをしめた当日、フタを閉めた大切な人の記憶がフタあいたら、
どうなるか知ってるのかー!おいおい、それとも売りなのー
そうよそうよ、本は売り物なんです。

三ヶ月近くたって、十月末に出した草稿についてのコメントが
ようやく来ました。私は体調は最低、声を失い始めていた時期でもあり、
「これでいいと思います」にあっけに取られて、しばらく返信もできませんでした。
なにがさー、「これでいいと思います」なんだよー。

でも二月に入ってからは、歯を食いしばって交信し始めて、
なんで「これでいいと思います」となったのか、
訊きました。十一月一日に会った時はさー。
読んでなかったから、ここまでなんで書くのか判らなかったんだってサー。


昨日、久々に京都の友人と話しました。
彼女にこの間の経過を話しました。
「三ヶ月、そんなに重要な原稿についてのコメントを待たせる??
それだけでハラスメントだよー。」
これだけがしっかりと記憶に刻まれました。
ええ、言ってイました。ブラック企業みたいな出版社の現実ダカラ、
「ここまでご返事が遅れて、恐縮です」というような文面で手短に謝罪こそされてはいた
けれど、なんで「これでいいと思います」なんて、
手のひらを返すような物言いが可能なのかなんて全く触れていなかった。

おととい、20代の時期の主人公と親交のあった、
九州在住のノンフィクションライターの男性と話しました。
気持ちのよい二十分ほどでした。
昨日、別の友人とやっぱり半時間くらい話したかしら。
途中、手短にって言われて、きっちりまとめて話しました。

おととい、
いざ、七月にはビッグイベントをと思っている、
スペースの担当者から、ペルーのことをメインにして、
出版記念のことはサブくらいにして…というまあ丁寧だし、
紹介の顛末がペルーメインだから仕方なかったのですが、
そういうメールが来て、私はまたぷっつんしました。


ペルーペルーペルーペルーペルー。
それはマチュピチュなの。それはフォルクローレなのかい。
いやいや、ヒデコがペルーの光と闇もさりげなくも面白く語る、
絶妙な語りもそれはそれで大切なものです。

でもねー。オンドリャー、今の今、何を言っていることになるのか、
判っているのかねー。
ヒデコとまたまた一悶着で疲れ果てました。
それでも、どういう世の中なのか、
結局、ヒデコは、そして私は何を期待されているのかを想い、
腹をくくりなおす契機にはなりました。

いやいや、誰も私には期待などなさらないとは思いますけれどね。

私の知っているのは、
ペルーだって、日本のこのE県だって、
闇に埋もれた人間の真実です。
そんなこと誰も知りたくないんでしょう。
いや、知りたい?
知りたいなら知りたいっていいなさいよ。

でも、その向こうにガハハッて笑える世界もあるのよねえ。
知らないのかなー。
疲労と忙しさの極限で馬鹿笑いしてきた私たちの人生。
人生の峠をこえつつあるその瞬間、
病院の待合室で堂々とあらわに不謹慎に笑ったのは、
一体誰だったのかしらね。
ふふーんだ。忘れません。三人とも いえもう一人の人は忘れてもネ、
三人とも忘れません。
カハハ笑った内容聞いたら、人々の顔が凍り付くとしても…だー。


昨日、ある方がカミングアウトしました。
何のことかは内緒。だってカミングアウトだもん。
私、ずばって訊いちゃってた。
もはやプロだねえ、人生の達人だねえ。
希望をひねりだす手つきは熟練の技だねえ。

この地の闇を知りました。
闇と共に、三つどもえの人生の人々を知りました。
別に今さら感はあっても、個別の事態は限りなくかけがえがなく、
私はしばらく放心もしたし、考えもしました。


そろそろ、大事な最後の執筆に入ります。
何がどうなろうとならなかろうと、それだけは着手します。

私が何をしてるかなんて、誰もしらんのよ。
私がどうのたうちまわっているかなんて、人の知ることカー。
それでいいのよね。

E県のサンクチュアリ。
E県全体はある種のカンゴク。監獄って漢字ですけどね。
事実の秘密と、心の檻と、魂のよろいで形成されています。

サンクチュアリは、
そろそろ、最後の何枚かのいぶし銀の切り札を使い果たして、
なくなるかもしれません。

そう明日は死ねばいい。
今日だけ生きよう。
数日前から、そういうリズムができました。
それはそれですがすがしい。


孤立無援で、
あがめられたり賞賛されたり、
おとしめられたり、ばかにされたり、
でも、対等な理解しあえる出逢いってないのかなー。
なんて今さら書いても仕方ないカー。


そろそろ仕事に返ります。
とりあえず、これをしていれば、今日はやり過ごせます。

ではでは。

ケイコ
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