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ふたつの人生の選択を遠くから見つめて…生と死の嶺と谿から

ふたつの人生の選択を遠くから見つめて…生と死の嶺と谿から

今日、二つの身近だったような、
近くもあり遠くもあった人生が、ある種、
どっち向きかは判らないけれど、
人生の選択をしたということを、ヒデコの見ているネット上で知りました。

こんなネット社会でなければ、
数年後に風の噂でいいことなのかもしれません。
ネットは良い情報ももたらすけれど、
その人の人生の節目を知らなくても良い場合も知ってしまう時、
それはそれでつらいものもあります。

その人が選んだ相手の拠りどころとなる、
そんな覚悟のもとという人生もあるでしょう。
あるいは、妥協を妥協とも思わず、
拠りどころをさがして、おのずとそうもなる、
考えた末と言っても、けっして考える余地が広くない場合だってある。

でも、よりによってふたつが一緒なんですか。
ねえ、神様、いるとしたら神様。
と言いたくもなる今晩です。

それでもどうでも、
くちゃくちゃであれ、秘密だらけであれ、
満身創痍であれ、守るものがあるのであれ、
どんな人生も人生です。
そう、どんな人生も人生であることを肝に銘じる日々を、
私は書き言葉でたどりながら、
そういう現実の人生にほとんど関われないことが、
現実の人生の力に具体的になったりする余地をなくし、
力になることができなかった痛みを増幅もします。

あるいは…。
あるいは、私の書き言葉が綴るひとつの人生が、
投げかけた大きくて深いものが、
今日のひとつの人生の選択にかかっていると、
私は知っている、知っていることがまた痛くもあるのです。


だから覚悟のもとだとは判ります。
でも、人生、まだまだこれからの人たちの選択…。
と言いつつ、あなどっていてはいけないのです。
人生の選択は動かせなくなるとき、よじれていきますからね。

次の代にまで響くこともある。
次の代にまで禍根を遺すこともある。
いやいや、人生の果実が次の代にも、もっと大きく実ることもある。
だから、私はここまで逆立ちしてでも、
ひっくり返っても歩んできたのです。
示そうとしてきたのです。

誤ってはならないから…。
人生の意味を読み違えてはならないから…。
ひとつの人生が終止符を打ったとき、
大きな句点を真っ黒に打ったと思われたとき、
それゆえにその人生を読み違えてはならないから…。

西の地の、
地元でのそれぞれの選択を遠くから見つめます。
見つめることだけします。
何かしら、私の人生とまじわったこともある…。
何かしら、私の人生に敬意をはらってくれたこともある…。


私の人生における生と死と、
それぞれの人生の生と死がまじわった、ふたつの人生の選択をまえに、
今日は、ヴィスワヴァ・シンボルスカの次の詩を写経でもするつもりで、
ここに記すことにします。
この一つ前のブログの結びとは違う意味が、
何度か読むと立ち上がってきたからです。
詩とはそういうものです。
そして、私が書いている長編ノンフィクションも、
ある種、詩的散文でもある…。
読む人の数だけ、読む人のその時々の数だけ、
感じかたも読みかたも変わるでしょう。

私の人生に交差した記憶を持つ、
ふたつの人生の中の生と死に今晩、贈ります。
届くとしても、届かないとしても贈ります。



景色との別れ  シンボルスカ作 つかだみちこ訳
              世界現代詩文庫 土曜美術社出版 シンボルスカ詩集より

また再び訪れた春への
悲しみはない
毎年のようにそのつとめを果たす
春を責めるつもりはない

私の悲しみが もえいずる緑を
おしとどめることなどないとわかっている
草木が揺らぐとしても
それは風にのみ

水辺の浮島に佇む
ハンノキのざわめきが
私の心を疼かすのではない

あの湖のほとりが
あなたが生きていた時と同じように
美しいという報せをうけた

入り江に眩しく輝く
太陽への
恨みとてない

今この瞬間も
私たちではないだれかが
倒れた白樺の切り株に座っているのだと
想像するのは難くない

彼らの囁き 微笑み
そして幸せな沈黙の
権利を尊ぶ

彼らが愛によって結ばれ
あたたかいその胸に
恋人を抱いているとさえ
瞼に浮かべている
茂みの中でなにか生まれたばかりの
鳥のようなものの動きが聞こえる
彼らがその音に耳を傾けるよう
私は心の底から願っている

時にすばやく 時にけだるく
岸辺に打ち寄せる波
私に従順ではないその波に
いかなる変化も求めはしない

ある時はエメラルド色の
ある時はサファイア色の
そしてある時は黒々としている
林のほとりの深淵に
何も私は求めはしない

ただ一つだけ同意することができない
それはそこへ自分が戻っていくということ
そこに自分がいるということの特権
私はそれを放棄する

それくらい私は お前を生きたのだ
遠くからこんなにも思いを馳せる
その程度だけ



シンボルスカと出逢っていて良かったと思う今晩…。
何があっても人生。
放棄するのも見放すのも、
見守るのも何も見ないのも人生。

また、夜眠ると明日が来ます。

ケイコ
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