PREV | PAGE-SELECT | NEXT

≫ EDIT

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

| スポンサー広告 | --:-- | comments(-) | trackbacks(-) | TOP↑

≫ EDIT

うさんくさかったけれど、やはりショック「偽ベートーベン」事件 〔三日後と五日後に加筆〕

朝から、この事件を知って、なにかショックが醒めやりません。

交響曲ヒロシマをアマゾンで検索して、
レビューたしかに炎上してましたね。
次のレビューを読んで泣いてしまいました。




5つ星のうち 1.0
バイアスの証明/プラシーボの体感, 2014/2/5



レビュー対象商品: 佐村河内守:交響曲第1番 HIROSHIMA (CD)
荘厳な雰囲気、長時間にわたる演奏、心打ち震わす旋律、

そして作品の価値を更に高めたもの、
それは作者の、宿命に抗う、芸術への奉仕欲求!
聞き手は「これぞ魂の名曲!」と絶対的な価値を置き、
聞くだけでパワーを得られる現代的秘教とまで祭り上げる・・・

上記は 一行目以外、
ミステリアスな作者とその過酷な運命という情報に付与された、バイアス。

本作品を「彼の作品だから」と崇めていた人達は、
「違う人が作ってました」の事実に向き合い
所謂プラシーボ効果を実感したはず。
「信じることで涙も流せる」「神をも見える」
ことを身をもって体験できたこと、
実に貴重な機会で、羨ましい限りです。

巷に溢れる数多の情報、
それらに溺れず本質を見抜くのは、
己の審美眼を鍛えるのみ。
そう痛感させてくれる作品でした。



私の現在の執筆は、読者の本質を見抜く目のみに賭けています。
そして、本質を見抜く目を疑いはじめてひさしいのです。

特に、年末年始にこのブログ上で起きたこと。
それから来客の若者たちと起きた事々。

一人一人が悪いって訳ではなくとも、
質のみならず量が一定量を超えるとき、
質も変化が起きるような、そんな核変動があったと言うべきか…。



結局、そのどれもが、
のえの生きた物語の本質など見抜くはずもあるモノか、
という、
なんともいいがたい確信のようなものに行き着いて、
ものすごく苦しくて苦しくて、
とうとう声すら出なくなりました。

出す意味がなくなりました。



上記に貼り付けたレビューには、
プラシーボ効果と、バイアスについて書かれています。

私がこの足かけ四年近く、向き合ってきたのは、
のえの自閉症スペクトラム特性でした。
その表裏にある、才能と生きづらさでした。

それから、自死で亡くなったという事実でした。



日本社会には、
特に生と死を巡っては、私はある研究者と話したのですが、
そう、糊代…ノリシロしか会話にもコミュニケーションにもないようなもの…、
と、やりとりもしたものです。

彼は、コミュニケーションギャップを言おうとして、
ノリシロで話しているんです、と言ったのですが、
私はそこをもっと突っ込んで、
日本人の生と死を巡る会話には、
ノリシロしかない、本質なんてない、
中身なんてなにもない
無だ…という会話をしました。

実際の会話でも、メール上のやりとりでも…。

彼は、私と関わるのが「こわい」と
ある時点ではっきりと言いました。

彼にそう言わせた自分を、痛切に意識しながら、
それ以降の日々を生きています。




実は、この今話題の「ベートーベンもどき」。
私は、何度かコンサートの宣伝の写真とか、
NHKの番組のお知らせとかで、気にかけつつ、
なにかものすごく うさんくさい  って感じてました。


現代のベートーベンともなると、
天才のうさんくささがあるのかな、と少し思ったりしつつ、
でも、浅原ショーコーくらいの、闇を感じて、
NHKスペシャルを観るのを忘れたときも、
なにかほっとしたのをはっきり覚えています。


ケイコちゃん、そういう勘すごいもんね…。


さっきから、
ヒデコに何度かそう言われたり。


ゴーストの人の会見もすごかった。
よくぞ言ったね。
彼がいちばん知っていたんだな。
自分の楽曲の限界を…。
それがいちばんおそろしい…かもです。



でも、こんなこと、ごまんと世の中にあるじゃん。
うそしかないじゃん。



ただただ、
ヒロシマを、
聴覚障害者を愚弄した罪深さは消せないけれど…。


ただ、それが発覚しただけなんだけどさ。





悲しい。


ものすごく悲しい。





本質を貫くことが届くかどうか、
ほとんど根底的に疑い始めている今だから、
余計…。




ケイコ

★三日後に加筆★

「彼がいちばん知っていたんだな。
自分の楽曲の限界を…。」
と書いてから、たとえ彼がカンペキに作っていたとしても、
それは、そもそも「限界」を持ったものだろうな、
と察するところがあり、こう書いている、
ということを何度も意識しました。
私は一度も聴いたことがないので、
リアルな経緯から推察したわけです。

それをまさに書いてある、然るべき方の論考を発見。
ここにアドレスを挙げて、
皆さんのご賢察を仰ぎたいと思います。


偽ベートーベン事件の論評は間違いだらけ

あまりに気の毒な当代一流の音楽家・新垣隆氏

2014.02.08(土) 伊東 乾

http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39905?page=5


★五日後に加筆

今日、ヒデコが近隣のとある行きつけの店に行って、
この「偽ベートーベン」事件で話したらしいです。
彼女が驚いて言うには、
そこにいた人は、
「どうせならこのままだましてほしかった」
と言っていたそうです。
詳しい経緯など知らないみたいですが、
問題の曲は聴いているようです。

浮気された亭主か女房みたいなせりふ聞きたくなかったね。
しかし、騙されたままでいたい、
というのは、おしなべて「日本人的心理」と言うべきかもしれません。

こわいなあ。
こわいだけではなく、さもしいなあ。

そして、やっぱかなしい。
スポンサーサイト

| 心底飛びきりのケイコ節 | 00:08 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT















非公開コメント

TRACKBACK URL

http://puentenokai.blog26.fc2.com/tb.php/1197-fca8ddef

TRACKBACK

PREV | PAGE-SELECT | NEXT

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。