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年賀状リサーチ、元旦の部・ああうすい・ああ不愉快!!

年賀状リサーチ、元旦の部・ああうすい・ああ不愉快!!

元旦早々に来る年賀状の半分以上は、きわめてうすいものか、きわて不愉快なものに限られるというのは、年ごとの大筋なんでしょう。

私はパソコンはひらがな入力ですさまじい早さで打てるものの、ひらがな入力設定が解除されている状態からなかなか戻ってくれないので、最近は、ブログを書くまでに、四苦八苦します。良からんと、何人もの助っ人が改善ということで、いじった結果、総体的には、私には使いにくいパソコンとなってしまったようです。

だから、いつもワードの画面で書いてコピーしています。たまたまうまくいって、ブログの画面で書けるときもあるけれどね。今年も、このブログがうまく機能するように祈るばかりです。

前おきが長くなりました。

年賀状は、独特です。形式的なつきあいが少ないベロ亭では、気持ちをこめたお友達、お知り合い、仲間からの賀状も少しではあるものの来ます。数行ないしはひとことふたこと綴られた自筆の部分が一番重要なものと思っている私は、それがないとよほど、はがき面のデザインでもその人らしくなっていない限り、出された意味が見つかりません。

それから、私たち二人あての場合、…まあ、ほとんどが年の順と意識してか、偉そうな人からと意識してかは存じませんが…ヒデコの名前がほとんどの場合先です。
私の古くからの友達などで、たまに私の名前が先の人がいる程度です。

そして、圧倒的な枚数は、裾野のひろいおつきあいがあるヒデコ一人にあてたものです。裾野がひろいということは、まあ年賀状くらいでつながっておこうという人も多い、ということなのでしょうね。

私とみっちりおつきあいのある方は、むしろ、年賀状などをやりとりする必要のない場合が多いように思います。あっ、そっちの世界はオミットねってのが両方から、黙っていても成立していて、キャラバンのチラシや何かの活動、イベントのお知らせとかのはしっこに、「年賀」とか書いてことたりるのも多いです。

ごめんなさい。ちゃんとに思いをこめて年賀状をくださった方には…。
この慣習は、私は新年早々、いらつくことが多いので今回はついに書いてしまっています。
今まで書いてきたようなことが書きたいからではなくて、以下の、ありえないほど不愉快な年賀状が二枚あったからです。

皆さん、向こうから絶縁を言われた人から年賀状が来たら、そろそろなかったことにしよって合図だととりますか。それとも、絶縁を言い渡したことを健忘したと思いますか。

そのどちらとも判らない年賀状が娘のハナと、そのパートナーから来ました。
先日、私はハナのパートナーから、私の小さな連絡事項に対して、絶縁状としか思えない、すさまじいメールをたたきつけられました。
彼にメールしたことそのものが我ながら不覚だったので、その後、携帯からアドレスを消去しました。ヤエのパートナーのアドレスも共に消去しました。
つくづく、娘たち二人のパートナー…要するに法律的な配偶者にすぎませんが…と「終った」ことをかみしめました。

二人ともに、「のえの人生を消去した人間」「自分の配偶者が姉の生と死に向き合うのを阻止した人間」だという自覚はありませんが、私には全くもって、そういう行為を繰り返しされ、きわめつきの出来事が繰り返され、もうこれ以上、人間としての関わりを持とうと思うことそのものの、私の側のキャパが越えた時点での選択です。

このブログの丹念な読者だったら覚えていると思いますが、ハナの配偶者さんは、私とハナが二人で電話で、きわめてデリケートな、のえの生と死にどう向き合うか、という前段も前段、ただ泣くばかりのハナにそうっと寄り添い、時に問いかけ、少しでもハナらしい言葉が出てくるのを待っているときに、
「切れ切れ、電話切れ。切れって。何、泣いてるんだよ。」
てな具合に大声を電話口であげて、電話を切らざるをえないところまで追い込んだ人間です。電話口の向こうには、彼の両親も、きょうだいももしかしたらいたのだと後から聞きました。ハナの体調もあるので、泣いているだけで過剰反応するということもあったでしょうが、むしろ向こうの家族への恥が大きかったのではないか、と私は思っています。

そこに、ハナの煮え切らない態度がずっと続いています。
先日、のえの生誕日に京都に行った折には、彼女の職場の近くまで行ったので、できれば顔を見に行こうかと思ったけれど、友人と連絡が取れたので、短い時間の中でそちらを優先しました。でも、携帯メールで、「今日仕事?家?」と訊いた時は本気でした。ハナに手紙を出しても、届かないだろう、恐怖すら感じているから、実際に少しでも、一瞬でも会いたかっただけです。

のえの生と死、そして「生きづらさ」に全く向き合えずにいる、のえのキョウダイがいることに私は耐えられない、と少し前までは思ってきました。殊勝に、まじめに、けなげに、献身的に思ってきました。

でもね。ヤエは、おそらくそんなには向き合わなくとも生きていかれるのだ、と五年目の命日にして悟りました。私の執筆中の草稿を読むことすら一度もなかったけれど、つっぱりながらもヤエらしく、のえの思い出を語ったり、姉のサナエも舌を巻く子ども時代のサナエのお嬢ぶりをコミカルにぶちまけるヤエはなかなかのものでした。

ヤエの生きているうちに、私の今書いている本を読まれないままで終るのはわずかにさびしいので、まあ、私が死んでから、ヤエが生きているうちに、ヤエがうーんと大人になって、私の書き言葉への抵抗感をしのぐ成熟をヤエが遂げたときくらいには、読んでもらえる…なんで「もらえる」なんだ??…可能性までは否定したくなかっただけです。

ヤエからは年末年始にも、要するに、のえの命日に集まって以来、だから何の連絡もなくとも、それはそれで何ともありません。
明日、何事もなかったように会えるかもしれないし、この空白が数年続いてもいいと私は思っています。空白に戻そうってお互い対等に確認しあえた、五年目ののえの命日前後の時間を大切に思っています。ヤエも覚悟して来ていたし、その上で決心して語ってくれていたからです。

のえのキョウダイであれ、のえの唄に心が動かず、のえの日記に意味が見いだせず、私の書くものにいらいらする人がいるのは当たり前のことです。違う人間ですから。

そこに、なにか煮え切らないまま、まるで配偶者さんに守られたかのように、何もかもあいまいなまま甘えた状態で、ゆらゆら揺れているだけのハナを見ているような、ご夫婦連名の年賀状の到来です。
あらあららららら、あらあらあらまあ!!

ハナだけから来るならまだしも…。
呆れてものも言えません。
言うとしたらここまで書かなければならない。
ああ、不愉快!!

そもそもは草稿内容の、ハナの言動の確認が発端でした。私がまざまざと記憶している、のえの特性…「生きづらさ」に当然つながる!…につらなる、ハナの言動を、ハナは大混乱しながら否定しました。
「私がそんなことを言うわけがないでしょう。この私が、この私が、この私が…。」

この私こと、ハナは、どんな人にも公平におおらかにつながりを作れるという点では、まさに天才的です。のえの引っ越しやら、のえの様々なことで出番があったのは言うまでもありません。私はそういうハナも可能な限り、草稿の中で描写しています。

しかしながら、なまじっか、私の草稿を読んでしまったハナは、読んだ感想や印象を何一つ言わないまま、何ヶ月も過ごしたあげく、このような大混乱、つまり、ある種の「拒絶反応」に陥ったのです。私が一対一で向き合うべきと思いましたが、ヒデコとサナエがそれから一ヶ月後に、ハナとみっちり向き合いに行きました。そこで話されたことを、私はハナから直接聞いていないことが今も苦痛です。

そんなこんなの上で、私とハナの電話とあいなりました。大切な電話だったのです。

それにしても、ハナは私に肝心要な時に、メールもらったよ、とか、配偶者さんに私からのことづて渡したよ、とか伝えてくれないことも決定的な破綻要因になっています。今は、なぜここまで、ハナと意志の疎通ができなくなったのかのみ、残された懸案事項で、そこに配偶者さんに入ってほしいとは一切思いません。
ヤエは入らせないことを、遅ればせながら実行しました。これも相当遅ればせながらだけれど…。

ハナはいまだそこにもたどり着いていません。もうすぐ40歳になるとありました。
大人として立つ年齢に入って、「少女」のようなことを言ったり、無口で人見知りみたいにふるまうのはやめたほうがいいのは決まっています。
それは、私とハナの問題ではありません。人間と人間の宿題なのですから。



もう一つ。不愉快の賀状。

同じ市内で、10回近く、キャラバンやらペルーバザールをしたNPOの元女性代表からの賀状でした。近況が書いてあるのはまあ勝手に書いてくださいって感じ。NPOどころか、本業のほう会社で大成功なんてのも、向こう側の世界です。はいはい、どうぞご勝手に。

彼女とは、何度も何度も、ヒデコと共に、そして、その会社の社長さんと共に、何度も何度も話した仲ではありました。決定的に、弱者への視点が皆無の人たちで、それと同じく、女性の側の視点すら、彼女になかったのは驚異でした。
それでもペルー話題で盛り上がったり、社長さんはODAで海外の開発に携わったこともあり、私のペルーの活動に触れる文章に真摯に感動して応援してくれた頃もあったものです。

その彼女からの年賀状、怪奇ミステリーか、単なるおっちょこちょいかは知りませんが、
宛名に私の名前がありませんでした。いや、単なるおっちょこちょいではないでしょう!

ヒデコは、彼女にとって安全な名前なのです。今の成功を伝えたくなる相手なのです。
彼女にとって私は、「同情余りある、気の毒な人」で、触れてはいけない人になっているのです。

それは、のえ亡き後の、彼女の私への決定的な態度の変化、ヒデコに一方的に話す憐れみ的言動で全て見知っています。
しかし、元旦の年賀状でこのようなことを思い出させられるのは、冗談では済みません。ええ、済みませんからね。


しかしねえ。あの人たち、本当に鈍感だからねえ。サクセス鈍感街道って日本にあるのかなあ。
まあ、今さら話す意味もないとしたら、怒りは正当な表現の中で発揮するしかないのでしょう。

鈍感な配偶者君をもった娘たちを育てた、大昔の時間をも、また思います。あんなに何ものにもとらわれず、のえと共に遊び、笑い転げしていた、あの時間を思います。

ああ、賀状。三分の二は消えてもいい賀状です。その中に、まああってもいいかって賀状も含まれているけれどね。これ以降、三日からやや濃い賀状が来ていたのも昨今は変わってきたのかな。


少なくとも、二枚は決定的に、悪意を持って差し出された賀状でした。はい今日のリサーチ。
悪意を悪意とすら意識していないから、たちがいっそう悪いのです。

自然と抹殺された私との時間…。あんなにキャラバンで語り合ったというのに…。

あんなに、お互いに語ろうともした娘ハナとの、
今だっていとおしい思いを、私も持てあましているのに、
それを切りつけていると知らない配偶者さんと共にいる、その娘の時間の残酷さを思います。
ますます、ハナの思考は鈍化していくのでしょうか。

私はただ、少しでも、のえのことも含めて、ハナの病気のことも含めて、同じ方向を見ていたかっただけ…。

同じ方向は見られない、というきちんとした「語り合い」もなく、明けた2014年の元旦。


のえが亡くなって六年目を意識することは気が遠くなるほどの悲しさを伴います。


そこに、きわめつけみたいな無神経な年賀状二枚。


ばっかやろー。



ケイコ
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| 心底飛びきりのケイコ節 | 14:54 | comments:6 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

さっそく、またまたありがとうございます。

この文脈、このブログの中で知り得た「けいこさんとのいろいろ」は判ります。判りますよ。

ただ、私は人よりも早く、物事の問題点、核心を、特に人が触れたがらないようなテーマではいっそう、意識的にも直感的にもキャッチしてしまうほうなので、「けいこさんとのいろいろ」を起こしがちなのです。

それは、私の向こうにいる、その一人一人のいろいろ、なんですけれどね。

そして、煎じ詰めればというより、涙が出そうになりながらここで言えば、これは、日本社会での「生と死に向き合う」いろいろであり、
もっと私たちベロ亭に特化するなら、
のえのいろいろ……なのです。

のえのいろいろに向き合いきれない人たちとの摩擦なのです。

「のえの人生を消去した人間」「自分の配偶者が姉の生と死に向き合うのを阻止した人間」と私は、あえて書きました。

きっと、パラさんの中に、「けいこさんのいろいろ」と煎じ詰めて書いてしまいたい潜在的なものがあったのだと思います。

それが、時に私を追い詰める状況を生み出していることだけでも、意識していただければ幸いです。

けっして、パラさんがわざと言ったなんて思っていません。

新しいカテゴリーとして、「当事者研究ケイコのいろいろ」でも創出しようか、と少し泣きたいような気持ちと共に思いかけていたところで、返信を見つけた次第です。

本当にいつもいつもありがとう。
こりずに書き込みよろしくお願いします。

こういう発見は、時に互いに小さな痛みも伴うけれど、とっても大切なことだと思います。
皆さん、避けがちなのかもしれませんが…。

だから、「けいこさんのいろいろ」に泣き、「けいこさんのいろいろ」に笑うのです。
きっと…。

ほんと、お会いしたいですよね。

| ケイコ | 2014/01/03 23:06 | URL |

いろいろの意味

言葉を省略してしまって申し訳ありません。

私が知り得ている限りの、すべての出来事を指して「いろいろ」を使いました。
ここでケイコさんとの、としたのは、ケイコさんの書いた「不愉快な年賀状」に関するブログに対して、書き込みをしたからです。

親族への年賀状、私は親と弟・義妹にしか出していませんでした。
結婚した弟は、両親のきょうだいとその子供・・・結婚しているいとこにも出しています。 もちろん義妹の両親・両親のきょうだい、いとこにもです。

私にはない習慣で、驚きました。

でもそれが、「一般的な」礼儀なのかもしないと思ったのです。
「出した」「来た」という事実が大事なのだなと。
そう理解することにしました。

なんだろう。
やはり、お会いしたいです。

| PARA | 2014/01/03 22:46 | URL |

いっそ、新しいブログを立ち上げたほうがいいくらい、書いてしまっていますね。

元旦と昨日二日、の二日間、ヒデコちゃんも、この件でどれほど心を砕いたかは計り知れません。
それは、けいこさんのいろいろ、ではなく、ベロ亭のいろいろであり、ヒデコのいろいろでもあったからです。

ハナのいろいろ、をハナが意識できない中で、ハナが苦しんでいるのも判るだけに、私とヒデコで何度も話し合い、ぶつかりあった二日間でした。

こういうことが判るのに、ここまで年月が必要だった、とヒデコは感慨深く、さっきも言っていました。

「おはようございます」の大切さを上回る、別次元の人生の取り返しのつかなさ。
その取り返しのつかなさをも、やさしく包む「おはようございます」は、びんびん心に届いてくるモノです。

これは、ものすごく奥が深いなあ。

あったらいいマナー、を創出した私は、喪失体験のない人たちをくるんでいる、「もしかしたらなくてもいいマナー」を感じているのかもしれませんね。

| ケイコ | 2014/01/03 21:09 | URL |

ケイコさんとのいろいろって?

とりあえず、そういう表現をされているのは判りますよ。
でも、これは本の執筆にかかわってくるいろいろでもあります。
その意味で、「のえの生と死に向き合う」という宿題におけるいろいろ、と言いたいかな。

それは、かつてベロ亭で育った子どもでも、まさにいろいろです。
でも、このようなまさに「前代未聞!!」な本を使命感と共に全うしようとしている「けいこさんのいろいろ」というふうに、娘も、周囲も、他の家族すら感じてしまうというのは、悲しいかな、よく判ります。

ただ、だからこそ、私は、私が妙な形で追いやられ、時に「応援団」の中ですら、ひそかに他の人を応援しながらも、私の孤立は伝わらない現象に近いと感じているのです。

うむ、判らないかもしれませんね。

つまり、けいこさんにまつわるいろいろ、ではなく、「のえの生と死に向き合う」いろいろを処理しきれない、ハナにまつわるいろいろなのであります。

はい、そういうことです。

まるで、私が問題の人物と、パラさんは思ってはいないのは承知していますが、こういうところから、
人と人の交流の文脈が割れていくように感じたので、あえて書いたということ、ご理解いただければうれしいです。

| ケイコ | 2014/01/03 20:58 | URL |

さっき、息子のカラと話していなければ、パラさんのこの返信の娘の一件で、私はかちんと来ていたかと思います。カラは言ったものでした。
「一斉に何も考えないで機械的に出すのが、筋だと思っているんだよね。」
カラの言外には、人間としての筋を通すのはもっと別のところにあるという「弱者」をも含む視点が、ハナにはないんだよねっていうことが含まれていたと思います。

年賀状を出す理由を書いてくださって、つくづくパラさんの律儀さ、まじめさを感じます。

ただ、最近、なにもかもが取り返しがつかない、という境地になって…心地ではなくて境地!!です…そういう私からは、あってもいい年賀状が非情に少なく映るというのも事実です。

あっ、忘れていた。お年賀ありがとうございました。

取り返しがつかない、というのは、けっして負の視点でもないのです。事実を事実として覚悟するという視点です。

パラさんははるばるベロ亭をお二人で訪ねてくださったけれど、「いつかきっと」と言う人たちが、けっして訪ねてこないことも、「また今度」が必ずやある訳ではないことも、とことん思い知る年月の深さとおもみから出た境地です。

私たち二人の生き方を知るのは私たち二人のみです。一人一人も違います。

青森からいつも伊藤さんという方から年賀状をいただきます。自筆で「今年こそ行きたい」とありました。この方の人柄を知っているだけに、本気で書いていると判ります。

娘ののえを亡くして、様々な違和感にさらされてきた心身が、きわめて正確に適切に反応してくれることを私は、大切な指標としています。

のえがくれた贈り物が、あってもいいマナーや習慣の指標を問い直してくれるからです。

| ケイコ | 2014/01/03 20:43 | URL |

年賀状を出す理由

新年の挨拶&近況報告という意味で、出すことがおおいかな。
年賀状だけで繋がっているという関係もありますね。

前者は、日常的には付き合いのない大事な友人だったり、昔好きだった娘ですね。
彼女たちからの年賀状は楽しみです。
会社關係も、大切な人には出しますよ。

後者は、昔は濃かったけど、現在は中途半端な友人かな。

その他、出したい人には出しますよ。
合計でやっとの二桁ですが。

娘さんたちのパートナーからというのは、何も考えず、「出すもの」「それが礼儀」という事と思います。
ケイコさんとの色々は、それはそれでどこかにおいて「おはようございます」程度の意味だと思います。

宛名については、ドキッとさせられました。
確かにカップルに出すときは、別に出すことは正直ないですね。
結婚した友人に出すときは、夫婦ともに面識があってこちらもペアで遊びに行くような仲でも、友人の名前が最初ですよ。
そこは拘ってます。

同性カップルの場合は基本的に「相方が余計な心配をしなさそうな方」を先にしてます。
今更浮気を疑われるとは思ってませんが、一応念のため・・・って、まだまだ自分は行ける!と思っていることになりますね。。

メールで挨拶も増えてます。
不愉快な年賀状でも、御年玉付きならば、良しとしませんか。



| PARA | 2014/01/03 07:47 | URL |















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