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定義された幸せを疑わないこと・底なしに哀しい人間になることー「幸せすぎるおんなたち」ー読んだわ


こんな哀しい犬の姿が、この本の伏線、そしてシンボルです。

二日ほど前に、このブログで「騒いだ」責任もあるかと思い、この書物の読後感を記します。


「持ち家率・女性の働きやすさ・子育て環境満足度」などなど堂々一位の、
日本一幸福なX県にいらっしゃい

という帯の大書きの横には、
「幸せを支えているのは、この土地特有の恐ろしすぎる真実」と赤字に白抜きの文字。
帯の裏表紙には、
「ご愁傷様。逃げるなら今のうち」。

表紙の絵は、前回のブログの講談社ブック倶楽部を開くと、
どあーっと出てくるので、皆さんご覧になったことでしょう。

でも、それは物語のプロットの表向きにかかわる、やや狂った絵。

表紙を取ると、赤い地に上のようなぼんやりとした、
哀しい姿の犬が浮かんでいます。


これが、この本の全てと言えます。

全六話で、県外から来た女たちがじたばたと、
「幸せ幻想」にふりまわされながら、疑ったり、
のみこまれたりしながら、まあ面白いエピソードも、
なかなか凝った語りも、凡庸な展開も、だいたい出そろっています。


福井県に住む人々のありようを、
県外出身者としてのまなざしを失わずに、
しかし自らが住む土地としても、
目をこらしながら良さも悪さも見つめてきた私としては、
こわい話も、驚くべき話も実のところはありませんでした。

二歳や三歳の女の子が、
「私はジナンさんかサンナンさんをさがすの」なんて、
ここでは驚くべきことでも何でもないものねえ。

三人姉妹の後に、「ようやく」男の子が生まれて、
その一番上のお姉ちゃん、すなわち長女に、
「●●ちゃんの運命変わったねえ」なんて会話も、
この集落で当たり前に聞いてきました。

犬の運命も、哀しくも痛切なナキゴエとして、
つい最近まで、毎日のように聞いてきました。
「散歩してるのかな。かわいがってもらってるのかな。」

その犬がどう扱われているのかは、
その家族の中の、微妙な位置関係の中で揺らぐものと思われます。

昔はベロ亭しか犬もねこも飼っていなかったこの集落で、
今は、何匹もの洋犬!! や 日本ネコが飼われてもいます。
様変わりした背景には色々なことがあったかもしれないし、
何もなかったかもしれません。

ただ、正直に申し上げると、
百パーセント日本の風景の田園の中の道を、
百パーセント日本人のおばあちゃまやおじいちゃまが、
洋服など着せた小型の洋犬!!を散歩させている姿は、
かわいくもあり、こっけいでもあり、
もっと率直に申し上げると、皮肉な思いが高じることもあります。

話が横道にそれたとお思いだとしたら、
やや想像力に欠けていると申し上げたい。



ともあれ、私がこの本を、一人の物書きとして、
構成や語り、文章力を中心に、
福井という土地柄をどう処理したか、
を課題として読んだ…。

そのおもみや私のまなざしの背景は、
多くの福井県生まれ育ちの人も、
そのこととおおよそ、何の関係もない人も、
あずかり知らぬような事柄であることでしょう。

何も知らないなりに、地方の現実や、日本の女たちの今を、
面白く知りたい人は、コワイ気持ちと共に読めるのかもしれません。

ええ、読んでくださいな。

ただ、私はこの本を手元に置いておく気はありません。


こんな書物に集約されもしないほど膨大で凝縮した、
40年近い日々を生々しくも生きた、
ここでの刻一刻を、私は私で独自に、
全く独自に、刻んでいるからです。

こんなカリカチュアか昔話のような物語を読まなくとも
…まあ、読んだんだけれど…、
やはり、これは書くに十分すぎるほど、タイヘーンなテーマである。
それを認識しただけで十分です。


ネタバレになるかもしれませんが、
この書物を物語る、一節から引用します。

一つ目。ある人の慨嘆。

「ここで幸せになる秘訣は、定義された幸せを疑わずに生きていくことかもしれません。
自分たちの哀しさにすら気づかない、底なしに哀しい人間になることかもしれません。」


二つ目。
キーボードを打つまでもないような逸話です。201頁から203頁にかけて。
立ち読みできる、大型書店が近い方は、この頁で何を察するかにかかっています。
まあ、グリム童話並みのコワーイ逸話ですけどね。
そこに全て凝縮されていると言っていいかもしれない。


六つの短編がつながって一つの物語になっているけれど、
現代を生きているらしいと思われる女たちはミーンナ県外からの存在。
彼女たちがどう気づき、どうのみこまれるかというお話。


その基調低音みたいに、
上記の犬の幻がまとわりついているのです。

当初は、「総領息子」がわりに大切にされ、男の子のための元服の行事もし、
老いてボロボロの身体になってからは、
そこの母親と娘に虐待された老犬のまぼろしが。
そのあきらめたような達観したような、
まるで子どものようなまなざしとたたずまいと共に。

そして、そこにぶあつく、
その隣に住む「総領娘」の悲哀がつらなっていきます。


そこが全ての基調。


狂ったように「日本一」を目指す行政や、
企業の実態は主題ではなく、背景であり伴奏のような気がします。



私には、その哀しさ、底なしの哀しさを、
知っている人が、実際は年老いたおばあちゃんたちばかりだ、
という現実がつらなっていきます。
まあ、おばあちゃんでもそれに触れない人も、
おじいちゃんでも触れている人もいるけれどね。

これ、私の周囲の話ですけれど。


思うに、
こんなところから問わないと、
日本の「幸せ感」すら揺るがないのだとしたら、
それはそれで怪談ものなのかも。


登場人物の、県外からのまなざしを持った女たちの一人一人も、
「ケッコン」というものを、内心あれこれ揺らぎつつも、一応疑っていない、
それもまた、物語を展開させる要素です。

疑って断ち切ったら、全く別の物語が生まれる訳ですから。


著者は、もうこれ以上の犠牲者は出したくなかっただけで、
これだけの著作を書いたのかもしれません。
それだけでも、すごいモチベーションとも言えるでしょう。

ネタにしうるだけの、
底なしの現実と、まきこむにたる夢と幻、
それだけでも物語のプロットが立ち上がってくるのです。


私もノンフィクションではない形で、
ありえないほどの深淵まで、
えぐりとりたいようなテーマでも実はあるような気もします。


ともあれ、赤い地に浮かぶ哀しい犬の姿をじっとご覧あれ。

そして、その奥の真実を知りたい方なら、購読をおすすめしたいと思います。


ケイコ
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| タイムトンネルのこちら側の奇々怪々 | 21:06 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

疑うことなくいられたら、気付かずにいられたら・・・
何度そう思ってきたことか。

自らのセクシャリティーに気付いた時、同時に世の中の仕組みには「ないこと」とされている事、両親・・とくに母の思い描いていた「娘」にはなれないこと等、たった一つの真実がもたらす多くの事柄が、一気に迫ってきました。

社会人になると、知識の深い、行動力のある女性が当たり前のようにキャリアを捨てて行く事をもどかしく、同時に腹立たしく思いました。

「幸せすぎる女たち」読んではいませんが、ネット検索で見た表紙のコメディータッチには、そんな風にしか表現できない、そうしなければやってられないという思いを感じました。
辛い時ほど、笑い飛ばしたりしますから。

捲ってのこの犬の姿は、ぐっと迫ってきますね。
信じるのではなく、過去はとにかく必死だった、というところがあるのかも知れません。

女の味方は女かもしれませんが、一番厄介な敵もまた女だと思ってます。

なんだか寂しいですね。

| PARA | 2013/11/24 08:58 | URL | ≫ EDIT

いろいろ?助言ありがとう。まあ見かけたらめくってみます。なーんにも知らない人が手に取ったらいい本かな。「年頃」だった「都会から来た」私の福井体験もまた、未だにぶっとい楔が胸の奥にささって血がしたたったてる感じなんで、作者の年代と掘り下げ具合は気になるところです。

| KAGE | 2013/11/13 22:15 | URL |















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