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トーキョーの出版という困難な旅路から、幾つかの語り合いまで

パソコンに戻って書いています。いやはや、キーボードはどんどん打てるからいいですね。
それにしても、六回に渡る、私の携帯からのブログアップは、我ながらそれなりの内容、それなりの臨場感、それなりの思い、それなりの文意…自画自賛してどうなるの? という感じですが、まあつらくて、ここまで書いていいのかという思い以上に、書かずにはいてもたってもいられないような、焦燥感を突き抜けたくて書いていた…それが今読んでよく判りました。

六回に渡る携帯からのアップに応えて、それなりの数の拍手もありがたやー、です。携帯は思うように打てない感覚もつよく、文章がねじれている箇所がやはり少しはあり、今、全部訂正しました。それでも、伝わるものは伝わっていた、という証しのように、コメント欄や拍手欄への書き込みまで、ありがとうございました。いかに心配かけたことかと思うばかりです。

目覚めれば考え、どうして、どうしてと思いをこらしてきました。そして、携帯へと親指を集中しました。手首がつらくなるほど書いていた時もありました。やればできるんだな、携帯でも、なんて今、また見て思いました。

思えば、のえが遺した「うたうたい のえ」こえあるかぎり  のブログの日記も、携帯で打ち込んだんですものね。よくぞ、ここまで自分の気持ちを表現しているなあ、と自分が携帯日記を続けてみて思います。


出版社に行った翌日、ある分かち合いに行きました。書かなくともいいくらいの体験。
でも、私の立ち位置との違いを、これぞとどめー! というくらい明確に認識させる出来事がありました。

その翌日は、気分転換のつもりで見たメキシコ映画が、余りに絶望的な世界を描いていて、映画のタッチはなかなかのものでしたが、うーむ、世界中同じなんだな、と思うばかりでした。そして、知っているラテンアメリカの光と闇が彷彿としたものでした。

その夜、と翌日の夜、ヒデコのラテンアメリカ面白トークでした。これについてはヒデコが書くことでしょう。

その二日目の昼間、午前10時から午後5時まで、長丁場にもかかわらず、私の出版という困難な旅路をサポートしたいと願う人たちが集まってくださいました。これはこれで、しっかりと報告したいところですが、ここでは書きません。ただ、私はその場の人の痛みも受け止め、私もある程度語り尽くし、午後5時には、どこか突き抜けた境地になっていたことだけはお伝えしておきます。

だから、そのあと、出向いたヒデコの2回目のラテンアメリカトークでは、前日と打って変わって、合いの手を入れてあげて、昼間の集まりにも参加してエネルギーが不足しているかもしれないヒデコのサポートに、気合いを入れて臨めました。よかった。ものすごくエネルギーを使った一日でしたが、疲れはふっとんでいました。

11月5日夜、二回乗り換えて、駅から15分の道を歩いて、のえのノンフィクションの実質的には最後のインタビューに出向きました。のえの最後の一年の唄いっぷりをよく知る、女性うたうたいの、澄んだ、言葉少ない語りにこめられた深い真実に打たれました。彼女も、私と会えてよかったと、別れてすぐにメールが来ました。

そして、おととい、6日、私は、私がのえの生と死に向き合うやり方として、どんな道筋を歩いているか、それがどんなにか日本では前人未踏の道なき道かが、かなり判る方と語り合うことができました。
これについても、いずれ、まとまった形で書いてみたいところですが、今日はこれまで。




そして、今日、出版社に私の一週間の思考のはてに行き着いたところを示しました。

やりますよー。
やらないわけにはいきません。

のえの唄を、のえの言葉を多くの人が待っているから。
そこをはずさないで、私は冷静に自分と向き合っています。


ケイコ
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| 辺境の森から | 22:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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