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オーディエンスと指標ーーその人がその人であることを伝えるために

今、浮上しているのは、タイトルにある二つのことです。

とここまで書いて、携帯からアップしたものの、
パソコンからはダウンロードできなかった昨晩。
なんだかセキュリティがきつくなったのか、
いやいや、私がかな入力のせいで、
Firefoxにしているのが、うまく機能しないとかなんとか。

今日午後、個展の準備にケガの病み上がりで、
色々な方々に手伝いに来てもらっている合間に、
ヒデコが娘に訊いて、いよいよ解決したみたいです。
私は本当は訳はわかっていないのですが、
私がかな入力であることも関係する問題だったよう…。

ちなみに、私は1986年からかな入力でやっています。
手のひらを広げる範囲は広いものの、
タッチ数は半分ですから、早く打てます。
そして、最近では自分の思考を先取りするように、
指が勝手に打っていて、なるほどこんなことを考えていたんだー、
なんて、執筆中に思うこともあります。

困難な章を、東京に行く前に四苦八苦して書いている、
と書きました。フラッシュバックにすら陥るとも…。
書きましたとも。
その日は、三日前か二日前、東京行きのね。
11時間半、ご飯を食べた30分以外はぶっつづけに打ちまくって、
ともかく仕上げました。
でなければ、東京には自分が行けない、そういう感じでした。




さてさて、オーディエンスと指標と来て、
何事かとお思いでしょうね。


これは、今回の東京行きが残した、キーワードです。


早い話が、ベロ亭を、また、「うたうたい のえ」の生と死を描くときの、
重層性、当時者性がいかに複層しているか、というお話です。

常に、古くて、またまた新しく登場してくる話。


ある方から出たのが「オーディエンス」。
まあ、ラジオなら聞き手、テレビなら視聴者、
そして、本なら読者。
対話なら、相手の事です。

そして、どこまでのコミュニケーションをそこに託すのか、
そういうお話です。

つまり、ベロ亭の物語の複層的なところに、
どこまで人々がついてくるのかってお話。


そして、指標という時、
あるテーマ、未踏のテーマと言った方がいいでしょうが、
それを提示する時に、どの程度、指標があるべきか否か、
という、ちょっとした議論があったのに端を発しています。


こちらも古くて新しい話。



つまり、私たちは、私は、
そして、のえの物語は、
全く新しい「当事者像」を提出しなければすまないだろう、
という結論から出発しているお話です。


どこまでの多重性に読者がはたしてついてくるのか。

そして、あの番組で、
あの二つのテーマに、
果たして視聴者はついてきたのか来なかったのか、
というお話です。



本当は、元の議論はシンプルにもかかわらず、
やや混戦していたり、
私自身の多重性は存在としては認めるものの、
やはり、ついてこれる人が余りいないのかもー、って、
そんなところに発しています。



今、毎日、助っ人に来る、
若者に、やきものやさんに、
料理を作りつづけ、気をつかいつづけて、
かなり私は疲れています。

東京の疲れもどっときた感じです。


それは、昨夜、二つのメールを受け取ったことと、
二つとも、自死に向き合っている方ですが…、
東京で会ったある方との対話をじっくり聞き直したこと、
とも、かさなって、私に押し寄せています。


巷は、「自殺予防週間」で都会に出れば、
否、福井市でも、もしかしたらこの市内でも、
つじつま合わせのイベント!! が持たれているでしょう。
きちんとしたイベントももちろんあちこちであることでしょう。

行きたいな、と思ったイベントもあったくらいですから。
おそらくそういった催しに出るのをさして、
「浮き世の義理」と言う「自死遺族」の方もいます。



しかし、ものすごく疲れた。


私の山場と、ヒデコの山場がかさなったこと自体が、
陶芸家とものかき、という二人の仕事のありようをも示しています。


少し、戻します。


1980年代、
様々な記事に、私たちは母子家庭二つの新しい家族として登場しました。
一つの家族として書かれる限り、それでオーケーでした。


しかしながら…。


時に言われたものでした。
「ベロ亭」を説明するのが大変なのだと。
それは、たまたま私たちの形成するファミリーが、定型ではなかっただけのことです。

それでも、なかなか自分の言葉で伝えるのは、大変だという方がいたのです。
伝えるのに努力してくださったからこその発言であり、気づきでした。


おそらく、1980年代の後半から、いや半ばだったかな。
離婚した母子家庭二つがというのを、一切やめてもらいました。
「離婚」の事実がおどろくほど遠い、博物館入りしたみたいな、
そんなおぼろな現実となって久しい頃でした。

えええええ、いつまでそのことを説明させられるのー。
いきなり、女二人、まあ母親二人と子どもたちが暮らしていましたとさ。

それではどうしていけないってわけ。
それで、いきなさーいって、いろんな記者に言ったものでした。

再婚した夫婦がいて、すでに10数年一緒にいても、
離婚からさかのぼりはしないと思います。



この、ベロ亭の私たちの定形外の現実は、
私たちにとっては初歩の初歩です。
しかしながら、世の中は30年たっても変わらない。
ただ、私たちがカミングアウトした事実は少しはというか、
かなり違ったりもする。


初歩の初歩でも、今も説明しつづけなければ、
わが人生を語れない。




さて、指標の問題について言えば、
あの番組において、
「自死」を、
番組を観る側にとっての指標があるべきだったのかなかったのか、
を考えるとき、
誰の立場でものを言うかが、かかってきます。


私は私の立場で言います。
生身の出演者として、
こおむった被害感覚のある事実に発しなければすまない。
それは避けて通れない体験となりました。


しかしながら、
この被害実感はなかなか伝わらない。いいこともありましたけどね。

なんだか、
このキーボードは打ちにくいです。
ものすごくキーが重い。
料理のしすぎで指が疲れたのかな。



このブログの読者は、
ベロ亭のなにが知りたくて読んでくださっているのかな。


のえの日記と唄と、私のノンフィクションで構成される本から、
はたして読者は何を読み取りたいと思っているのかな。



ただ、私はイサベル・アジェンデのように、
昏睡状態の娘の横で、
何百頁の本を書いたラテンアメリカの大作家のような、
条件下にはいない、それだけです。
国書刊行会から翻訳あり。
『パウラ』数百頁です。

縦横無尽の現実。


随分整理してもなお、
複層的、にして、重層的、
根源的な原点はひとつなのに、


私の身は削られ、
心はかきむしられ、
魂はそぎおとされ、

本もやせほそるのでしょうか。


ケイコ
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| マルチマイノリティの現実 | 03:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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