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自死遺族の立候補者に思う

この日記は、7月3日づけの日記のコメント欄に書いてくださった、
アキコさんへの返信としても書いてみます。

自死ってなんだか判らない人もいますよね。
自死遺族から生まれた表現です。
「自殺」が余りにも偏見を助長する表現だからです。

それでも「自死」という表現をめぐっては、
先日の朝日の批評欄でも二つ同時にのっていましたが、
自死遺族当事者でも様々に思いがゆれるようです。
私はけっこう使ってきましたが、
確かに、精神分裂病から統合失調症と変わって、
偏見差別が即座になくなったりはしないように、
自死と言い換えても、
何も変わらない終わりのない現実に囲まれているのが、
遺族たちです。


それなら、「自死遺族」って表現はどうでしょう。
私はしばらくは使います。あえて使います。
この表現すら使われていないからです。知られていない。
でも、本当は「自死で遺された人々」とあえて言いたい私がいます。

身内とか、肉親だけが「遺族」ということでしょうから。

遺された、という意識のある人たちは、
恋人、親友、同僚、同級生などなど限りない立場があります。
不倫の相手なんて、誰にも言えませんよね。

各地の「分かち合い」の会に行けない人たちも沢山いるのです。

さて、アキコさんからご指摘の田口まゆさんの活動については、
私は以前から知ってはいました。
なにか自分の中で、とっても微妙な心の動きがあって、
まあ、それでも関東に住んでいたら、とっくにお会いしていたでしょうが、
コンタクトを取ることはありませんでした。

そうして、今日、
緑の党から立候補した、田口まゆさんの政見放送を聴きました。

凝縮した内容なのでインパクトがあり、
「緑の党 田口まゆ」で、それから、
「NPO法人Serenity…自死遺族への差別偏見をなくす」
という二つの項目で検索して、長い時間見ていました。
YouTubeも断片的に見ました。

今日は実は4時間睡眠。
最近、眠くならないんです。
原稿の大詰めという中、課題が押し寄せています。

今日は午前中から三人の東京在住の人たちと電話で話しました。
それについてはまた書きたいな、と思います。

そんなこんなで、そんなにさえた頭で検索できた訳ではありません。
とっくにダウンしてもいい時間ですから。
さえてはいても、もう疲れ切っている夜中ですから。

でも、やっぱり長い時間はりついて読んでいましたね。

そして、明日と明後日は長野で選挙カーで活動をするということもあり、
長野まで行こうかとすら、思ったりもしました。
いやいや、自分の体力も考えなきゃ、と思い直していますが。

そして、今も、
「緑の党・田口まゆ」と投票する私はゆるぎなくいます。



一旦は、長野に行こうかと思った上で、
なかなか微妙な思いを抱いていた通りの確認が、
私の中で進んでいきました。

うーむ、彼女の葛藤、深いなあ。
まだ、自分の根っこにたどりつけないほど、
さまよっていた時間が長いんだなあ、と「失礼ながら」判ります。
「失礼ながら」と私はかっこに入れて書きます。

さまよっていた時間が長いのは当たり前。

彼女は、紛れもなく、あの討論番組「日本のこれから」の自殺特集で、
不透明なボードに顔を隠し、音声も加工されて、
それでも、「勇気ある出演」を果したあの女性でした。

彼女のNPOを知った時、あの十代前半の時期に、
お父さんを自死で喪い、喪が明けて、
学校に登校したその日、先生の命令で、
全校生徒の前で、
「ご迷惑をおかけしました。これからもどうぞよろしく」
と謝らされた少女時代を語った番組の女性だと私は即座に確信しました。

音声を加工されても、姿は見えなくとも、
彼女の意志は、番組の画面を貫いて私に届いてきましたから。

選挙運動に入ってから、この暑さもあるし、
政治家像が結べない彼女は揺れている自分を日記に書いています。

そりゃあ、そうだ。
お父さんを喪ってから、友達や地域の全ての人たちにそれを知られてから、
彼女はものすごいストレスと共に、
少女時代を生きてきたのだもの。

今だって、疲れやすくて当たり前だ。
揺れる自分がいて当たり前だ。

彼女の立候補のスローガンは、
「誰もが置き去りにされない社会を、
誰もが追い詰められない社会を」です。

彼女がいかに「置き去りにされていたか」がまざまざと、
再び、三度、私に伝わってきます。
そして、お父さんが追い詰められた現実も…。

でも、私は選挙戦の中で揺れている彼女の心中を思わずにはいられませんでした。

事務所に電話して、留守電に入れました。
「ご自分を追い詰めないでね。ちっともダメダメ候補なんかじゃないんだから」。

ごめんなさい。
余計なお世話だったかもしれません。
心の琴線に触れられるのが、とってもこたえる時期かもしれませんから。

でも、私はやっぱり伝えずにはいられなかった。

メールして、彼女を支持する意志を伝えられるような、
チラシとか色々送ってもらえるようにするのは明日以降にしました。

上がっているYouTubeを見て確認した重要なこと。

親を亡くした人。友人を恋人を亡くした人。
シンポジウムに当事者で議員でもあり何かの活動をもしている人たちが出ています。

でも、でも…、
子どもを亡くした親の立場の人は出ていなかったのです。

タブー中のタブーなんでしょう。
子どもを自死で亡くす、ということは、
もはや親でもない、人間でもない、前になんか出られない、
そういう日本がここでもありありと存在している、
それを感じ入っていました。

彼女のNPOのブログで確認したこと。

「自死へのタブーや偏見を知っていますか」
というページがあったこと。
本当のタブーは知られてもいない。
私が執筆の中で進めてきた内容でもあります。

もう一つ、とりわけつらい記憶を呼び覚ます内容にも触れました。

それはそれと思いつつも、私の苦痛を呼び覚ます内容です。

私たちのあの「レズビアンマザー・家族の自死を見つめて」という番組について、
本当に今でも思い出すといたたまれないほどのことを、
私の目前で、まあ魔が差したのかもしれないけれど、
言ってしまった若者が、彼女のNPOで講座を担当していたのです。


知っていましたよ。
でも、記憶の中から消去していました。

おそらく、彼女のことを検索するのがここまで遅れたのは、
私には、どう考えても、やっぱり必然的なことだったのです。


そうして、私はやっぱり彼女に投票します。

二年前の秋のある日の早朝、
私にありえない言葉を吐いてしまった若者に、
それでもエールを送ったのとは、
格段に意味もおもみも違います。

限りない痛みと共に、
限りない抱擁と共に、
私はこの日記を結びます。

許してください。
愚かな私たちを…。

だけど、まゆさん、
この事実を知ったら、自死遺族としてどう思うのかな、
それは伝えない方がいいことのような気もします。

いやいや、共有しなければ何も始まらない。
そう、始まらないと判って、知っていて、
そうして、私は祈るのです。

許してください。
愚かな私たちを…。

尾辻かな子さんを応援していた時よりも、
ずっと、もっと多くの深い葛藤を抱きながら、
私は次の次の投票日の日曜日に投票用紙に書き込むでしょう。

それでも、
書き込む私の指先はなにひとつ揺るぎないでしょう。


ケイコ


これを書いた二十四時間後、このブログの日記が、
田口まゆさん、ご本人の目に届いて、ツィートしてくださいました。
ご本人には少し時間をおいてお伝えしようと思っていました。
「ありがとう」が返ってきて、ほっとしました。
これを読んだ方、ぜひ、拍手のエールを!! 翌日の夜に




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| 自死を語るタブーを考える | 00:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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