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生きる自由は森に、墓は木の下に…あるエッセイから、明日の敦賀の脱原発イベントとの結び目を想って

生きる自由は森に、墓は木の下に…長田弘のエッセイから

これらは、明日、敦賀でひらかれる脱原発のためのイベントへと、私の一人の深みからのエールとして、あたかも写経でもするような気持ちで、書き写してみたいと思った幾つかの一節です。

そして、「こよせへの森」構想、というか、「辺境の森」構想に思いを寄せて、このブログに訪ねてきてくださっている方への、新年のご挨拶も含めた、大切な引用としても読んでいただけたらうれしいです。

ヒデコが観た映画で『カリーナの林檎』という、日本人が監督した、ウクライナだったかベラルーシだったかを舞台にした、フィクションのようなノンフィクシヨン、とっても良かった、感動したと、何度も聞いていて、この映画の上映会ならしたいものだと言っています。他のテーマでも上映会をしたいのは、幾つかあるのですが、いっそ合わせてできるくらいの力があるといいのですが…。この映画は、カリーナという女の子のまなざしで描かれているそうです。

そして、不思議なことに、今日私が読んだ長田弘のエッセイでは、よくある名前らしいカリーナという女の子たちが、ロシアではカリンカという愛称で呼ばれるところから始まります。
だけど、この小文の展開は、実はソビエトが誕生するずうっと前の、カリーナという名の、森に住む老人を描いた、レオニード・レオーノフの『ロシアの森』についてなのです。

余りに濃縮した日々がつづいて、私はそういった自身のリアルな日々を記す気持ちには、今はなりません。年末年始、おおよそ二十程度の様々な出来事がありました。出来事と書いたらいいのか、事件と書いたらいいのかは、それをリアルな現実としてのみ見るのか、私の魂をおおった事件と見るのかで変わってきます。こまごまとした事々の中には、魂にまで及ばない事柄も多々あります。心ていどかな、まあ気持ちくらいは…、などいろいろ。

でも、今日のところは、新年お初のブログ書きですから、森の話題で行きましょう。

出し抜きで、引用します。

孤独な老蜜蜂飼いによって、少年は「人びとの千年の経験の凝集された秘密な森の学問」を知ります。露で天気を、森の草の根で収穫を知る法。霧の読み方。夕陽の読み方。薪のつくり方。籠の編み方。茸の摘み方。穴熊の生き方。鳶の飛び方。松と松とが交わす夜の会話を聴きとる術。夜、泉の水を汲んだ柄杓のなかに星たちを泳がせる術。道なき森を迷わずに、足音をたてずに歩く方法。328ページより。


カリーナの物語が伝える「人びとの、千年の経験の凝集された秘密な森の学問」、森の思想は、いまならば人びとが日々に生きるためのエコロジーと呼ばれうるものでしょう。政治学者のC・ダグラス・ラミスは「ラディカルな民主主義」という文章で、自然と生産労働にたずさわる人びととのあいだの何世紀にもわたる対話のなかで発展してきたエコロジーについて語って、その農民と土地や季節のあいだで、大工と道具・木材のあいだで、陶工と陶土・火のあいだで、漁民と海・天候のあいだでおこなわれてきた対話には、支配階級が直接参加することはほとんどなく、知るところも少ないのだ、と言います。330ページ


詩人レールモントフがその詩『ムツイリ』に、ひとの生きる自由は森にあり、墓は木の下にあるとうたったように、ロシアの森は、カリーナという名の老蜜蜂飼いがわれから生きたような生き方と態度を、人びとの生きられた沈黙のうちに、もうずっと育んできました。森を愛することができなければ、みがすらそれによって生きられるようなラディカルな民主主義の根を失ってしまうという、そうした感じ方を深く持った生き方。森をなくしてしまったら、とカリーナは言います。夏は雲もなし、冬は雪も降らねえような目にあうだぞ。人間がお天道さまを呪うようになるだ! 331ページ


そして、このエッセイの結びはこうです。


現実から天国を引いた残りが歴史なのだと言ったのは、誰だったでしょうか。ただに森を愛することしか知らなかったレオーノフの一森林学者とおなじように、辛難な日々をみずから生きた詩人のパステルナーク、そしてアフマートワの墓を、それぞれの村の墓地を訪ねたときのことを思いだします。秋の日の暮れ、パステルナークの墓は三本の大きな木の下に、アフマートワの墓は、深い森の大きな影につつまれていました。


私は明日の敦賀の一大脱原発イベントには行きません。
ただ、同じところでつながっていることは忘れてはいません。
いえ、忘れられましょうか。


『辺境の森』構想で検索された方は、なんのことやら、とお思いでしょうが、今しばらく、お待ちください。あるいは、以前にアップした『辺境の森』構想をご覧ください。

私は私の『仕事』をします。森の中の一人の老蜜蜂飼いのように、黙々と、あるいは物思いにふけって、あるいはひとつひとつの事柄を検証し、私のするべきことに向かいます。
それは、原発の根っこにある深い闇と共にあり、あるいはもっと深く、もっと裾野広く、おおいつくしているものであるということを見きわめる作業でありつづけています。

一人で向かいます。
一人で『森』にいます。



かつてのロシアの森も、あのチェルノブイリで失われました。
だとしたら、福島では…。
そして、若狭では…。

そして、私たちの心の、魂の森は、どうなっているのでしょうか。
はたして、どうなっていくのでしょうか。

それに、一日、いえ引き続き向き合いつづけます。

ケイコ    2013年1月13日午前2時


追伸
陶工と陶土と火のあいだで…しみじみ良い言葉だなあ、とパートナーの仕事と共に想いました。
彼女は、明日、敦賀へ貴重な話を聞きに行くと共に、
自分のこころと魂をこめた作品の幾つかも持って行きます。
陶土と火のあいだの、30数年間の日々のはてに…。
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