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なんだか、ひどく妙な感じ

なんだか、ひどく妙な感じ

洗い物して、ご飯を作って食べて、ミツルさんから電話があり、パソコンの指導をしていただいて、それからそれから…。

「つながろう」と「福井」がつづいた団体が、10月にできたって朝日の28日づけの記事で知ってから、それが自殺防止にかかわる団体で、でも、へんに関わりがない感覚が浮き立つ感じで、それから妙な感じがいっそうひどくなった。

もともと、相当つかれている。そのもともとの問題は、今日は9月のトークをした主催者ときちんと話したし、まあそれはそれなのだけれど…。

自分の部屋を片付け、掃除し、あとは書くばかりの部屋で、胸の痛みとココロならぬ、心臓のあたりがしめつけられるような感覚があって、ヒデコもそうみたいなんだけど、私たちは、体質がかなり違うと思うんだけど、双子みたいに同じような現象におちいることがままあって、今日もそんな感じかなあ。

また、夕方からは曇り空か雨かって感じで、低気圧なだけではないな。

私の中で、自殺予防と、自死に向き合って生きるという姿勢との、すさまじいほどの乖離を、徹底的に意識化して、その徹底的に知った奥深さか、深刻さか、ともかくそういったものがやけに胸にきて、でも、何かが感じられるというような感覚はなくて、何か放心しているような、ただつかれているだけかもしれないけれど、むやみと気が遠くなっていく。

「のえルーム」の価値なんか、本当は、「絶対自殺をなくす」なんて、真剣に思っている人には、本当はわからないことかもしれない。「絶対自殺をなくす」って、ものすごく傲慢なことである場合も、ままあるんだもんな。

どうにもならないこと以外の、どうにかなることを少しでも問題として整理して片付けて、その人が生きやすくすることに多大な力になることがあればすればいい。できる人はすればいい。私もいっぱいいっぱいしてきたと思う。おのずと、気づかないうちにも。あるいは、ものすごく努力したり、なんとかしたいと思ったり。

でも、今は、違う意識の領域にいるんだなあ。
これはすさまじくも崇高な、ある種、宗教的でもあり、ある種、哲学的でもあり、むろん詩的でもある領域。

三年前、初めて、人様の前で、のえのことをしゃべって、それもイベントできちんと向き合ってしゃべって、「悲しみと伴走していく覚悟と決意」を初めて話した、という席で、いわば質問とか感想とか言う時間に入って、開口一番、精神科専門領域の人間が、「それは亡くならなくてもよかった命」と言ったことを、最近原稿に書いたのだけれど、それを今日、9月のイベントの主催者に話したり、昨夜ヒデコとふりかえっているうちに、自分の中でふいに「腑に落ちた」ことがあった。

誰かが、誰かの命に向かって、必死でその生と死に向き合おうとしている時に、「亡くならなくてもいい命」という姿勢が、いかに残酷か、判らないってことに向き合っているうちに、誰もすでに起きてしまった厳粛な事実に向けて、こういう物言いはありえないという感覚はもともとあったけれど、それがもって奥深く見通せて、生と死の事実に関して、「亡くならなくともいい命」とも「亡くなってもいい命」とも言うべくもない、そんな領域の事柄ではない、ということが腑に落ちたんだな。

そんなプロセスでヒデコと話した、余りに大切でかけがえのない話は、原稿の最終章には反映することだろう。今は書かない。

妙な感じ。私は確かに、「立派に」自死に向き合う人間として歩いてきてしまったんだな。
この原稿に向き合った末に、ありえないほどの向き合い方をした末に、とてつもない領域に入り込んでしまったんだな、と今思っている。

やや、気が遠い。
かなり、妙な感じ。
ふふふ、福井で自殺予防の団体がやっと登場かあ。

それなり関係するかもしれない。
やっぱり、なかなか接点が持てないかもしれない。

私の意識のこえて、それは果てしもなく、人類の課題として、日本社会のとてつもなく果てしない課題としてある。

やってみるさ。
やってみてよ。
やってやろうじゃないか。

一線を絶対的に越えた人間、そして遺された者の話はどうなのよ。
ええっ。
どうなの???

もう、それはほっときます、なんて言わないよね。
言わないはずないか、というところから出発します。
どんなにそれが近くて遠い課題か、私のからだが知っているから。
私のココロがそれで傷むから。
私の魂がそれでころころと転がるから。

妙な感じ。
妙な、妙な感じ。

福井で、
つながろうって。

脱原発の福井での全国集会の時もスローガンだったっけな。

時計をまわし、ココロをまわし、
魂をどかっとすわらせて、私は執筆をつづけます。

妙な感じを大切に見つめながら、続けます。

ケイコ
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| 自死へのタブーを見抜く | 02:10 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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