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それはスポットライトではない……夏の終わりのケイコのトーキョーストーリー1

eigasai1

かれこれ、そろそろ2か月がたとうとしている、11月半ばにならんとしている今、やっと九月半ばからのトーキョー滞在中のあれこれをやっぱり書こうと思いました。残暑とは言えない、夏のまっただ中のように汗の吹き出すあの日々が、ほんの2か月前なんて嘘みたい。月日のたつ早さに愕然とします。

その初日、9月14日。私は一人、ベロ亭を午前中から出て、郵便局で郵便を止める手はずをしたり、まあ4時に寝て、8時に起きて、前の晩はありとあらゆる準備にばたばた一人でベロ亭中を駆け回って、そして、なんとか北陸線の特急を乗りつき、久々の久々のトーキョー行きの新幹線に、米原で1年半ぶりに飛び乗りました。一月はバスだったから、新幹線に乗るのが、あの番組の確認のための東京行き以来というのは驚きです。

ただただ、寝ました。名古屋からは三人分の自由席のシートがあいたので、横になって爆睡しました。これで、その日、一日のフルフルスケジュールがこなせたって感じで、エネルギーの充電です。

トーキョー駅から山手線に乗り、西日暮里から宿のゲストハウスのオーナーの指示に従いたくとも、彼女の言う「西口」なるものなんてないので、手間取って頭に来ました。そして、ふらふらになりました。なにしろ、その日の荷物たるや、パソコンまで持って行ったので、一歩一歩歩くべき道か吟味しながらの旅でしたから、間違った道案内が許せなかった。とうとう、私は間違った出口から遠い、正しい出口に行く途中で、ホームのど真ん中、ドターンとひっくり返りました。キャリーバックがひっかかって、体がつんのめって、左腕全体をついた感じで、それから三日間くらい鋭い痛みに悩まされました。ゲストハウスのオーナーには腹立つなー!

迎えは、ブラジル人の使用人。謝りに謝って、でも、私は一刻の猶予もないので、部屋の説明とか前金の一週間分の支払いとか、困ったー!って事で、彼女にまた翌日の良い時間に来てもらうことに。このブラジル人女性とは、日本語教師のきねづかで、ポルトガル語で話したりで、ずいぶん楽しいひと時も過ごせたのが不思議です。でなかったら、ホームでぶったおれたショックから立ち直れなかったでしょう。なにしろ、その瞬間、四人くらいが大丈夫ですか、と駆け寄り、遠目に数十人が私を見ていたくらい、派手な転び方でしたから。

その足で、今度はまだ搬入中のヒデコの個展会場に。余りに焦っていて、余りに余裕がなくて、時間も迫っていて、これも大切な時間と決めていたのに、落ち着いて何か確認することなどできませんでした。泉ちゃんが、きちんと手伝ってくれている様子が、ただただありがたかったです。ざざざと会場を一通り見るのがやっと。それから泉ちゃんについてきてもらって、シャワーを浴びて着替えて、いざ出版社へ。彼女が千駄木の地下鉄の道案内をしてくれたのはありがたかった。汗、汗、汗。ホームでついた左腕が痛むし。

出版社ではざあっと2時間は話しましたね。それまで必死で仕上げてきた原稿にどんな反応があるか、それだけに慎重かつ大胆に臨みました。それにしても、この後、映画祭まで行くことになっていたので、焦る気持ちはここでも。千駄木から湯島までの地下鉄の中で、「もうこの本は出せません」と言われたらどうしよう、というのが、よぎりましたね。ほんの束の間でも、出版社への想いって、こういうものが痕跡として残っているんだな。

編集者は言いました。「出せないなんてことありませんよ。一度企画が通っているんですから」。それから、おおむねゴーサインでした。彼女は、大急ぎで原稿に目を通せた段階だから、こまかく言う段階ではなかったけれど、「これでいきましょう」と言われたことは大きな励みになりました。これでいいんだ、って思えたってことで。
「ここまで書ける人が…」と、もらしていた言葉も心に残っています。「ここまで書ける」。そうなんだ。そうなんだよね。そうなんですね。と胸の内でささやいていました。ここまでって、どこまでって、今は書きながら思う訳ですけど。あと、ちょっとした言い回しの確認とか、まあ、その時点で彼女が気づいた確認などはありました。


さて。

さて、ここからが、このブログの本当に書きたいところです。そのあと、私は地下鉄が一直線だったので、とにかく『国際東京レズビア&ゲイ映画祭』の前夜祭がされている表参道のスパイラルホールまで、やややって駆けつけていくばかりとなりました。
この日は、まるで「スターなみ」というと誤解されるといけないけど、パートナーの個展会場のチェック、自分の出す本の出版社の編集者との打ち合わせ。そして、映画祭では、『夕立の道』という映画の前に、私達二人の十分弱のトークの出番が待ち構えていました。

言われた出口を上がると、そこがスパイラルホール。担当のI君を携帯で呼んで、ホールの一階の入り口から奥でパーティをやっているのを見渡しながら、広々とした階段を上がっていった先に、映画祭の会場のホールはありました。階段の途中には、あの『ボイス』の写真のコラージュとか、まあ、ここぞトーキョーの映画祭会場よねって感じで、ある種、人の権利の域からファッションとすら化したセクシュアルマイノリティの祭典の実際が広がっていきます。

楽屋裏に行くまでにも、若いスタッフがあちこちに立っています。なんか不思議な感じ。へえー!もともとトーキョー人だから、おのぼりさんって訳ではないけれど、なんか事が順調に、自分の体ごと進んでいるのが、我ながら着々感があって、ここまで来れた、この案内役のIさんとのやりとりの日々がふっと蘇ります。

楽屋裏では、私達二人のトークのmcを担当する、ドラッグクィーンのマーガレットさんと打ち合わせをさっそくしました。あらあら、何人かのそれらしき人たちが、化けるのに余念がない。ええっ、マーガレットさんったら、毛が生えていないのお?
その時は、「見ちゃった」と思ったけれど、ステージでもさほど髪の毛がついていないモヒカン風スタイルだったから、まああんまり変化はなかったな。
私って、こういう楽屋裏って慣れてるんだな、って妙に落ち着いている自分に安心しました。福井のベロ亭で打ち合わせした時は、I君との話に少しエキサイトして、「あらあら、ドラッグクィーンが進行するんだ」「えっ、幾つか質問事項が決められてるってわけー」なんて思ったけれど、一旦腹を決めたら、それはそれは腹が据わった自分がいて、まあ、年の功、場数ふんでるのも悪くないんだな、いくら最近は田園風景の中に溶け込んで暮らしていても、トーキョー人のケイコさんは健在かーってなもんで、まあ、マーガレットさんと打ち合わせがてら、彼女が見てくれたという、私達の番組の感想もさりげなく確認しておきました。
ええっ、これ言うの?ってくらいの、余りに判りやすい、でも、このまま聞き捨てならない、お言葉でしたけれど。


Iさんに言われて、近くのコンビニを案内され、腹ごしらえのおにぎりとか買っていると、いるいる、いるではないですか、LGBTが自由の服を着て、ここではこうやって歩いているのよね、って風景に出くわしました。コンビニの中ってのが妙に似会っているような気すらしました。あの人はビアンよね。あのニイチヤン、ゲイかな。ってな具合で。

一階でアルファロメオがやっているっていう、前夜祭のパーティもお誘いがありましたが、頭を冷やすべく楽屋でおにぎりにお茶。コンビニからの帰路、パーティ会場の入り口を通ると、メディア関係者に紹介されたりと、ややスターめいた扱いが、なんともいえない感触でした。あの番組を見たら、それでこんな反応なのかー。
それなら、見て見て、エイジングの問題とLGBTの事をかさねてどんどん記事にでもしてくれー、ってな感じでした。知らない雑誌名を、そのたび、I君がフォローしてくれて、どういう雑誌か言ってくれたりも、実にきめこまかでありがたいものでした。

楽屋で、一人、おにぎりとお茶で一時的な飢えをしのぎました。そう、その日は飢え。朝に食べたままだけれど、そして、何にも空腹など感じていないけれど、むしろ底知れない心身の飢えをこそ、その瞬間は満たさなければ、そんな感じでした。たとえ、数分でも、私達二人があの番組に出た意味が、少しでも、浮かび上がる瞬間、その数分を大事に落ち着いて、育みたい。祈るように、気持ちを集中させました。
少しの間、I君とも話せて、彼の顔を見て安心した事、彼と私と共通の特性のところで少し話せて、ふと見ると、彼が涙ぐんでいて、そうかっと思いました。最初に問い合わせの段階から話した折の、高い、折り目正しい、妙にとりつくろった彼は、もうどこにもいませんでした。誠実で正直で、そして明晰な人なのだと思いました。

ぎりぎりになってヒデコは駆けつけました。個展会場からゲストハウスに初めて足を伸ばして、シャワーも浴びて、服も泉ちゃんに吟味してもらって、決めてきた感じでした。そりゃあ、数分でもちょっとした「晴れの舞台」だもんな。よくぞ、この忙しさの中で、二人ともぎりぎりに揃ったのが奇跡のようでもあり、何事でもないかのように、場数だけは数限りなく踏んで来た私達は、その時もまた、何気なく、それでいて、大切にその出番を待っていました。

まだ、暗いホールに案内されて、ヒデコと二回目の私達の座る席の案内と、誰からマイクを受け取り、また返して、なんて打ち合わせがあり、ずいぶん、きめ細かな慎重さに驚き、かつ安心しながら、出番を待ちました。私達の座る席が「関係者席」となっているのが、少しむずがゆいような、おもわゆいような、それでも嬉しいような、そんなひとときでした。

やがて、ステージにライトがつき、マーガレットさんが現れ、映画祭の歴史、21回目である事など、話が進んでいきます。それから、その後に上映される『夕立の道』の映画説明にも入っていきます。ふむふむ、そうか。おばあちゃん二人が出てくる映画ってだけではなく、お兄ちゃんが出てくるのもちゃんと説明する訳ね、なんて思っているうちに、
「この映画では、パートナーシップ30年という二人が出てきますが、今日は会場に、なんと37年というお二人が来られています」とマーガレットさんが紹介し、
スポットライトがパアッと私達二人のもとに注がれます。

それは、確かに、まぎれもなく、『第21回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭』で、私達に注がれたスポットライトでした。

しかしながら。
しかしながら、それは、私達になにか「スポットライト以上のもの」をもたらしたようなそんな瞬間でした。
やっと、何かが報われようとしている。あの番組に出たことの意味。その心血を注いだ、涙ぐましい日々。それらすべてとは言わないけれど、その根のところにある、真髄のようなもの、そこのところで、エキスのように、何かが報われようとしている、そんな瞬間でした。

つのだひろ、の音楽にありますよね。同じ時代を生きた人なら皆知っているのでは。

それは、スポットライトではなく、ろうそくの灯じゃない。まして、太陽の光じゃないさ。
その光、それはあんたの目に、いつか輝いていたものさ。
また、いつか、おいら、感じるだろか。
あんたは、それを知ってるだろか。

うむ、少し歌詞が違うかな。

でもね。本当にスポットライトを浴びた時、
そのすがすがしい気持ちの根っこには、こんな気持ちがまぎれもなく、
どんな淀んだ空気も振り捨てるように、そこにはあつた、あったんだ。

私達二人は、立ち上がり、手をつなぎ、
スポットライトを浴びながら、真ん中辺の席から、通路を通って、
ステージへの道を歩いた。
手を挙げて、誇らしく、何ものにもおかされずに、
ただ、そこにあって、二人のままに、二人と共にある人々に囲まれて。

この後の刻一刻については、次回に続く、ということで。

ケイコ


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