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福井の孤絶、ペルーの蓋、一週間はカンペキ宇宙人 (2日連続して書きました。前日も見てね。)

今日は、ヒデコが朝から出店していた陶芸村に、午後になって出向いた。
いろんな人と、短い間だけれど、それなりやりとりもした。
案外ずけずけ物を言ったりもしたけれど、途中からいらついた。
訳もなく、いらついたのか、これはもともとどうにもならない訳ありか。

結構な内容に突入していた話し相手が、途中から実は私が誰か知らなかったり。
こんな事、慣れっこだわい。陶芸村なんかで、
私が誰であるかなんて、知ってほしくもなかった時代は余りに長かったし、
今もそれは余り変わってもいない。
ただ、こちらがどう人に映ろうと、自分が自分である事をよしとした、
それだけは、昨年から変わり始めた事かもしれない。

私が誰であるか知らない人が、私のブログを読んでいて、
「ブログと全然違う、めちゃ元気な人だなあ」とかなんとか言ったのも、妙にいらついた。
みんな、世間体や元気を装わなくてはならない、この日本で、
どんなに弱っていても、どんなにまいっていても、から笑いして生きているだけじゃん。

こちらは、あけすけ、ブログに書いて、それが繊細に映ったり、
それが弱弱しく映るなら、映っておけばー!!

あのアンコール放送の二人目の冒頭のインタビューの方、
電話でお話した時、言われたものでした。まっすぐに、驚きをこめた誠実な伝達でしたが。
「誰もが、自分の弱みを出さないんですよ。それを全部出していて、すごい事だと思いました」。

実は、「弱み」って、随分使ってない言葉だと思いましたね。
うむ、「男社会」の言葉かいな。と、思いましたね。
わたしには、死語だなあ、なんてね。
少なくとも、こういうシュチュエーションでは使わんワイ。

弱さは、弱いという事をあるがままに受け取る見方、
弱みは、人目を気にしているという尺度が含まれる見方ですわいな。

私の見え方は皆さん、二転三転なさるようです。
ずうずうしい恩知らず、に映ったり、
虫も殺さぬ、繊細な少女のように映ったり、
これ書いている私が、どれも私じゃないワイ、って思ってにやにやしてるな。
いや、どれも私、かなかなかな。

本当は私の事などどうでもいいんです。
自分を顕示する欲求もなければ、押し隠す欲求もない。
ただ、そこにいるだけ、口が動かすに任せるだけ。


そして、ふと傷ついている。いらついている。ばかばかしくなっている。


イベントのあと、ひと休みしてからヒデコは東京にお出かけ。
明日は原発関係、でもホントのホントのお仕事は、九月の個展の打ち合わせ。
私も行く予定だったのは遠い昔で、今はとても東京に行きたいとは思いません。
会って、一緒に打ち合わせしたい人はいますけどね。

ヒデコの車と二台に分かれて、駅のある市内に向かいながら、
つくづくこの町が嫌いだなあ、と芯から、とことん思ったものでした。
そんな事いつもそうだし、ただ忘れて麻痺させて暮らしている。
でも、一人になるとき、その事がむきだしになって自分に迫ってくるのです。


だからといって、どこか好きな、住みたい場所がある訳じゃない。
だから、引越さなかったんだろうね。
20年前から愛想の尽きた町、とことん希望なんかないねって思わされた県。
よくぞ、ここまで生きてきたよ。

こういう事、ブログでも遠慮がちにしか、ほとんど書けなかったね。
でも、今は書ける。その意味が伝わる人が少しだけ、もしかしたらいるかもしれないから。
この町に、この県に。全然期待していないけれど、
その人たちと、またまた、以前と同じように「切れる」かもしれなくとも、
その事を言いきっておきたいと思うから、書くのサー。
前は言いきりもしなかった。
ばかにされるに任せていた。つまり、だましていたって事だよ。自分たちの自尊感情すら隠して。
だって、この県では、恩情で生かされているみたいなものだったからね。


よそ者、女所帯、
妙な時に言いたい事いいやがって。
どこでって、どこででもいろんな事、あったからね。

福島があんな事になって、どうでも福島の人が福島に帰りたい気持ちがあるって事。
福井に住まなければ判らなかっただろう。それはそれで得がたい事と思ってもいる。
「ふるさと」なんて思っちゃいないけれど、「ふるさと」なんてないけどさー。



ところで、おとといから、急にペルーづいた。
2007年秋以来、パタンと閉めきっていた「ペルー」の蓋を開ける事になった。
ペルーに電話した。
一人の落ち着いた、確かな信頼と距離を伝えるある日本人の声。
こちらは昼で、あちらは深夜になろうとしている時間だった。

さっき、こちらは深夜で、あちらは午前の仕事が始まる頃だった。
その人の声。その人の声の発するところ。

2007年の秋、余りに苛烈な最後をとげた支援事業の最後の日々を、
そうと知ってもひるまず、むしろ事情の全てを一瞬にして了解して、
支えてくれた一家がいた。
日本から、オーバーステイで強制送還された一家だった。

お父さんとお母さんと娘三人がいて、お母さんが、私が最後の片付けのために、
売ろうとしていた家具を見に来て、私から「もしや、あなたは」で始まった出会いだった。
それから、三時間、私たちは立て続けに、スペイン語で出会いをあたためた。
そして、お互いの立場がまさに交差している事を了解した。

あの日々、彼女たち一家が支えてくれなかったら、
私はどうしていただろう。
もちろん、それ以前の生徒で、私と特別な信頼関係ができていた生徒も、
人間として、地球人として支えてくれた日々だった。
そこに彼女達が加わったのは、私には特別な恩寵のように思えた。

国と国が交差する。またぐ。
そこできわめる困難さを回避できない時、回避しない時、起きる事。
見てしまう事。知ってしまう事。
とことんなめつくしてしまう辛酸の類の事。

それは、彼女達が、困難でやさしい日本にいたペルー人一家で、
私がペルーで日本語学習支援を通して、
とことんペルー人と人間として出会おうとして、つまずかされた事と、
その瞬間から見事に交差する事となった。

「大好きな」日本から送還された一家。
一番上の娘は、ペルーになじめず、スペイン語も大変で、死のうとした事すらあったと聞いた。
私を信頼して、彼女はそんな事まであの時伝えてくれたのだった。

「大好きな」日本で入管に収容されていた夫は、
私の大きすぎる荷物を小柄な体で懸命に運んでくれた。
少しやつれた姿が、入管での過酷な生活のせいではないかとかすめるものがあった。

今晩のさっきの電話では、
70パーセントはスペイン語で、30パーセントは日本語で話した。
この数年の私たちの日々の困難さも話した。
結局、その根底にある出来事も話した。



福井に一人残されて??大嫌いなこの町で、大嫌いなこの県で、
でも、私は急に「地球人」に返り咲いたみたいだ。

ただし、私が一人でこの福井で暮すという事は、
やはり「宇宙人」としてしか、ありえない暮らしになろう。
やっぱり「宇宙人」の、のえの宇宙を探求して、宇宙人は宇宙人をきわめるのだ。

こんな町大嫌いさ。でも、原発事故起きたら、いやだもんね。
この家、奪われたらいやだもんね。
この花いっぱいの庭、枯れはてたらいやだもんね。

それなのに、私はいとしい。
いとしくて、「福井人」と口を利いている。
だから、大嫌いなんだ、と少なくともブログでは言えるようになっている。

ヒデコを送った後、DVDの『サラの鍵』を借りた。
その前に少し並んだ書棚の本を見た。
頭がからからに乾いていきそうな、そんな本ばかりが並んでいた。
せめて、角田光代の『対岸の彼女』の文庫くらいはないかと思ったのだけれど。
そして、このかすかすの本屋は、かすかすなりに、
文庫や新書はまあまあの品揃えだと少しは思った事もあったのに、
今日はだめだった。
おそらく、二度とあの書棚はもう見ないだろう。
かつて、福井のどんな本屋も行かなくなつたように。

一軒だけ、福井駅前の紀伊国屋だけは、大急ぎで覗く事は今でもあるけどさー。


通じる言葉で話したい。
関東人は、なんで私の事、皆、そろいにそろって「かわいい」って言うんだ。
福井人は、なんで私の事、皆、そろいにそろって「にくたらしい」と思ってるんだ。
ははは、単なる言葉使いの問題だとしたら、そりゃあ、たいした被害だぜ。

そんな言葉使いで、「福井人」が思いもよらない発想で、
私が物事を切りまくり、話しまくるから、困るって事????


でもね、個別の福井の若い友人たちについては、
今でも、まだ進行形の現実は続いています。

だから、蜂の巣を採ってもらって、元気がバンバン出る蜂の子も生食したしね。
へびが、庭のパラソルの上に、上の柿の木から落ちてくるのは、
食べた鳥の巣の卵が胃??に詰まって、
その卵の殻を割るために、木からわざわざ落ちるなんて、
教えてくれるのは、そんな若き友人たちだけさ、なんちゃってね。


だいじょうぶ、うちで出るヘビは、ドクにも薬にもならない、
ただ、パラソルの上に落ちてみるいたずら盛りの子どもみたいなもんよー。

それより、皆さん。
人間にとって、何がドクで、何か゛薬かぐらい見分けたほうがいいんじゃないかなあ。


原発にせよ。
人間の一人一人の個性にせよ。

科学の成果の行きつく果てがジェノサイドだなんて。
そして、こんな私は、花についた虫もそんなには、やっぱり殺しはしません。
あれ、何を並べて書いてんのかな。

判ってほしくないって思って書く日記。
書いているってだけで、判ってほしくない自分を表出している事になるのよね。

ねじれてはいません。
まっすぐなだけです。

還暦にして立たない。
還暦にして発たない。

そんな夜のひとりごと。

ケイコ
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| ベロ亭から | 00:01 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

ごう君、ありがとう!

ぶれることのない愛。そうか、そうかって思う。
私は父も母も大嫌いだった。おそらくそこから始まった。
それをとことん認めて、あらたに始めた。18歳の夏だったか。
その冬、のえが誕生したんだよ。

だから、私は『後悔』はしないんだ。
のえが、やむにやまれず「選んだ」事も、生ききった全てを、嘘のない言葉で包んでやりたいと願う。

のえの人生を少しでも否定する事は、私が生きた轍を否定する事にもなる。
それがいくらも、今の日本の「標準」とやらと違っていようと、私はもうおそれないよ。

ひでこちゃん、若いときに比べてエネルギーなくしてるけど、元気でしょ。
まだまだ。あの人、暑いの大好きなの。
まあ、今はトーキョーの暑さにまいってるけど、いつも言っているように、汗かくのが好きなんだよね。

私は冬が好き。のえは12月のクリスマスの前。
私は北海道の厳寒の2月の、大草原の只中生まれ。凍てつく空気にしゃきっとする。

あとの4人の「もとお子さんがた」は皆、春の生まれ。
ひでこちゃんもね。あれ、ごう君、何月生まれ??

今週、おやすみにしとこうね。のえと向き合うから。

| ケイコ | 2012/07/17 21:32 | URL |

僕は、好きだなぁ。ケイコさんの文章。

大嫌いだって言うのは、良いもんだ。
誰も、真正面から受け止めることなく、かすめてゆく。
みんなどこか遠いところを見つめて、頭にもくもく浮かんだ話をする。

自分が"大嫌い"な人間関係に生きていることを、知りもせず、妙な言い訳で自分を責めている。

僕はヒデコさんに真夏のような青を、ケイコさんにブレる事の無い愛を感じました。
二人は、確かな人間としての実体を生きているなと思いました。

| ごう | 2012/07/17 09:57 | URL |

元気だから、に訂正したよ。まあ、ふてぶてしい、よりは、他愛ない表現だしなあ。
私の文章は、私の作品に近い。ブログ上でも、単なる手段じゃないことが多いから、作者に知らぬ間に会った読者みたいな反応、これからどう見るかだねえ。

『福井でつながろう』について、書いたばかりだったし。

私は『同じテーゼ』もヘチマもない。一つ一つ丁寧に築く必然性があるならもちろん築く。ただ、やきもの屋さんは、私には鬼門かも。どんなにささいな存在でも、どんなに大きな存在でも。

ヒデコちゃんの作っている人間関係の中には入っていかないほうがいいのかな???

とすると、ますます、のえと向き合うだけで、執筆はかどるよねえ。皮肉じゃなくてさ。

コメント欄で、昔の往復書簡みたいなのしてたら、読者が笑うかな。どうなのかな??

| ケイコ | 2012/07/16 18:40 | URL |

その人は、ふてぶてしいとは言わなかった。ねんのために。元気だから、わからなかったと、言った。
それもこれもどうでもいいのなら、別だが、私は、一つ一つ築いている関係、もしくは途上。ひと世代先の人間には、同じテーゼを使わない法則を自分に課している。でないと、出会えない。
一方、けいこちゃんしか見えない世界を、今日こうしてはなれていても、浮遊できて、森に帰ったよ、うふ。

| ヒデコ | 2012/07/16 03:03 | URL |















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