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今晩、浮かび上がる『八日目の蝉』の深淵

今晩、浮かび上がる『八日目の蝉』の深淵

毎週金曜におなじみになりだした、Eテレのバリバラを観ようとして、ラテ欄を見ていたら、あの『八日目の蝉』の映画のほうが民放で流される事を知り、急きょ、そちらを観た。
久々の民放の映画の間にはさまれるコマーシャルに、ドラマを寸断されて、かなり苛立ちつつも、あらあらと思ううちに、ふっと笑ったりで、随分長いこと、こんなふうにテレビを観る時間など持てなかった事に気づいた。

実は、この角田光代原作のNHKの連続ドラマのほうは、2010年に第一回目の冒頭の10分程をのぞいて、六回分を全部観ている。大変興味深かったし、人間と言うか、産む性でもある女という存在をえぐって余りある内容に、毎回心が動かされた。ただ、何かが物足りなかった。『八日目の蝉』というタイトルの意味が、何であるかが、結局あいまいなまま、ずしんと示唆されきらずに終わった感があったように思う。蝉の抜け殻ばかりが、意味ありげな小道具として映し出されてはいたけれど…。

ただ、六回に渡る、丁寧な作りのドラマから、愛人の子どもをふとした衝動で奪って「誘拐氾」になった女の側を軸に、ストーリーが展開。いつ、子どもと引き裂かれるか判らない、息詰まる日々を描きつつ、彼女を取り巻く女たちがまた、子どもとの生き別れ、死に別れを様々に経ているエピソードの広がりに、母と子という存在の深淵のバリエーションを見せつけられる醍醐味はあった。

打って変わって、二時間程の今晩の映画では、ストーリーはある種切り詰められて、物語の本質をむしろ担っているとも言える、かつて「誘拐された娘」の側の視点で、ぐいぐいと直球で展開されていった。私はこちらのほうが好きだったし、より本質に迫って、なぜ『八日目の蝉』なのかが、くっきりと浮き彫りになっていく人間模様に息をのんだ。
「誘拐した女」と「誘拐された娘」は七日目までの蝉のような蜜月を生きる。それが愛に満ちた日々だった事は誰にも否定できない。
しかしながら、両者共に、当然ながら引き裂かれ、二度と会う事も会いたいと思う事もありえないという、終わらない八日目を生き続ける、という展開。

ここで、私はいきなり、全く違うアプローチの本とかさねている。
その本とは、薬物依存の人々の回復を担うダルク女性ハウスの上岡陽江さんの『その後の不自由…嵐の後を生きる人々』である。なぜ、この本に私の思いが及んだかは、この本のタイトルから想像してもらうにとどめようと思う。

私が、あの辛苦をなめつくした薬害に遭遇するほんの少し前の、束の間の一月半に、私たちは、このドラマのほうを六回に分けてゆっくりと一瞬一瞬を味合いつくすように視聴している。子どもを生む事、子どもが育つ事、育てる事、子どもを突然失う事、それらが、男の存在などかすむほどの勢いで、展開していく様はなかなかのものだった。娘を失った事をかみしめ、悲しみを抱きながら生きている私には、心の深淵でかみあうもの、かみしめるものがあったのだと思う。

そして、今日。むしろ、その後の「誘拐された娘」の側が中心に据えられた物語に触れて、私は芯から胸に落ちるものを感じとった。
私もまた、遺された八日目をとわに生きる日々を生きている事、嵐の日々が束の間であろうと、何年にも渡っていようと、その間は無我夢中で蝉がとどろくように鳴き続ける七日間であり、むしろ、どんな蝉もいなくなった時間を、生き続ける八日目の蝉であり続けることの、詩的とも、哲学的とも、宗教的とも言える日々の意味に立ち会っていた。

ドラマと映画のほうを、観終わった後に検索。おおよその違いを了解。
それから、原作の書評を検索。三章で成り立つこの小説の第一章だけが、「誘拐した女」の物語であり、残りの二章がその後の「誘拐された娘」の日々が書かれていると知った。

そして、映画の監督がある新進気鋭の女性監督の助監督をしていた男性監督である事も知り、ものすごく面白い事が起きているなと納得した。
というのも、この物語の中では、男は「やさしいけれどどんな傲然さもない、どうしようもない男」として描かれきっていて、むしろその無意味さに、作者の強烈な意図が浮かび上がってくるからで、男性の監督の登場は、その事をもってして、蝉のように七日間を必死に向き合い、愛し合って生きた「母と娘」という女二人の、その後の、壮絶さも伴う傲然さを浮き立たせる結果になっていて、それが痛快とも思えたからだ。

しかしながら、私は知らなかった。この作者は、1993年のある事件をヒントに、一見ねじまがりながらも、強烈な光と救いを残す作品を書いたという事については。
ただ、その事件については、私は余りにも強烈に記憶していたので、検索して読み込むうちに、作品の含意はむしろ明白になった。

1993年のある日、妻のいる男の愛人だった女性が、男もその妻もいない家に残った、二人の子ども二人を、放火して焼死させてしまった事件があった。身震いするような事件だが、その女性が、男の子どもを二度に渡って堕胎している事実を知った時、目がくらむように、彼女の心中に思いをはせた私がいた。その後の世論については、その時はそれ以上、私は知らなかったけれど、犯罪者となってしまった彼女とはいえ、おおむね同情的な傾きが強かったと知った。

さて、私はむしろ、いたずら心だけではなく、この物語をレズビアンマザーの物語としていじりなおしたい欲求にかられている。
かつて「誘拐された娘」が大人になって、かつて同じホームにいた同年代の女性と共に、15年前まで「誘拐した母」と共にいた思い出をたどる旅の中で、「自分には今不倫で宿している子どもを育てる資格などない」と叫ぶシーンで、かつての幼馴染が「私がいるから…。あなたも私も普通には生きられなかった者同士だけれど、そんなハンパな者同士でも二人揃えばきっとあなたのお腹の子どもも育てられるわ!」とうなるように励ますシーン。
そこには、レズビアニズムともいうべき女同士の絆と連帯とが、暗示的に描かれているようにも思えるからであるけれど…。

それだけではなく。

それだけではなく、最初の設定さえも、私は「女と女の不倫」という設定に書き換えてしまいたいという衝動にかられている。

今晩のこのブログ、『八日目の蝉』をドラマでも、映画でも、小説でも触れていない方には、判りにくい点もあったかと思うけれど、むしろ、かきたてられる面もあったのでは…。

実は、昨日、私たちの番組の制作に一部携わった方と話した。
あの番組がヨコであつたという点について、彼は「それはそれで良かったのではないか」と言った。ヨコとは、何回かに日を分けて流す事。タテとは、一気に同じ日に、まとめて流す事。つまり、私たちの番組は、二日に分けてヨコに流された事になる。

ふと、私は思っていた。私たちの物語の、ありとあらゆる可能性を、映像としても、言い換えればドラマとしても、映画としても、あるいは、書き言葉としてなら、物語としても、小説としても…。

それらは、どうあって、どうなって、どうならなかったりしながら、どうされたり、どうあったらいいのだろうか。

ありとあらゆる可能性を思いながら、やはり八日目以降、つまり「嵐の後を生きる日々」に焦点を当てる事で浮かび上がる、より深い本質、より思想的な傾きに、ひととき思いをはせていた事だけは書いておこうと思う。

ケイコ

追伸  何日もブログが書けない「嵐と嵐のあと」が続きました。やっと久々書きました。
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