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不思議なつながりに支えられて…祭最終日の朝に

今日は、越前陶芸祭最終日三日目。
月曜日の今日は、二人で一応やりきる予定の日。
一人、昼過ぎに来てくれることにはなっているけれど。

夕方からの搬出には三人が来てくれます。

だから、できたお弁当を持ってすぐにでも会場に、
行かなければならないところをこんなブログを書いている私。

だって、とっても不思議なことが起きている気がするから。
だって、とってもありえないような数々の事に支えられている気がするから。

その一つ一つを今、書いている時間はないけれど、
その中で、むしろ浮き彫りになってくることは、
そうやって支えてくれている誰もが、人の生き死にについて、
なんらかの形で、深く視てしまった人間ではないか…という気がすること。

それは、長い引きこもりの、終わることない時間のような気もするし、
長い自己否定と肯定の中で、揺れ動く時間のような気もするし、
五本の指にちょうど合うだけの、
人の絶望の極限を視てしまった人間の静けさのような気もするし、
私が黙っていても、騒いでいても、
にじむように本当の事をもらしている時も、
あたかも毒舌のように真実の間近を行き来している時も、
それでもなんでも、私が私自身でいる事が初めて、
ほぼ許されているかのような、この祭という行事が浮かび上がらせる、
そんななにか不思議な事のような気もする。

なぜなら、私はこの越前陶芸祭で、
いつも、いつなんどきも、どこでも、なんでも、
誰でもない、意味のないほど、なにものも意味しない、
なんの指標もない、誰でもない人間として、店先に立ち続ける徒労感を
なめつくし、味わいつくし、ついにへどの出そうなほど、
この祭を嫌悪するようになっていたから。

だけど。

根底はどこも変わらないような気がするのに、
私が私でいられる事は、私にはおそろしいほどの変化で、
そこに立っている事の意味が揺らぐほどのなにかをもたらしてもいる。

こんな事書いているからって、
今日も、お客様、ぜひいらしてくださいね。
ケーキ悪いんです。どこのお店も、みんなぼやいています。
とんでもない時代です。
やきものなんてやってらんなーい!!ってほざきたいのに、
やきものやさんは、ヒデコももちろん誰もそんな事ほざきませんから、
心ある方は、ぜひとも買いにきてやってくださいな。

これで、お米を買うのです。
これで、おかずを買うのです。
これで、陶芸の材料も買うのです。
これで、町に出るガソリン代も払うのです。
これで、車の車検代出るのかなあ。

という訳で、ヒデコちゃんが先に祭に行っている間に、
先に「こんな事、書いたのー??」って言われそうな事、
書いちゃいました。

一日、店先の溢れるほどのヒデコワールドと共に、
真摯に、冗談いっぱいに、真剣に、笑って、ショーバイします。

悲しすぎて笑う。
いつか、この境地が判る日が来るのかどうかと思っていた。
森崎和江さんの本のタイトルです。

気がついたら、
悲しすぎて笑っている、考えられないほど大声で笑っている、
そんな私がいます。

そして、その合間に、ふと人生を自然にまともに生きてきた人には、
そんな同業者のもっと年長のやきものやさんには、
「なんでそんな悲しそうな顔しているの?」
なんて言われたりもするのです。

ほとんど誰も判らないのに、60代になると視える事って、
どうにもならないほどあるんですね。

そんな30数年目の祭です。
そんな最後の一日に今から向かいます。
あったかいお弁当を持って…。

すっかりご飯なんか作らなくなっているのに、
こういう時だけは、仕方ないから踏ん張って作ります。
飛び切りではないけど、そこそこおいしいお弁当ですよ。

うん。そう。今から、越前陶芸祭。
フォビアのある人とない人の見本市みたいな、
出店テントの人々の表情も、
動物園のかわいそうな動物を観察するみたいに、面白い。

ありゃ、こんな事書いたらおこられちゃうな。
失礼、失礼!!

レインボーフラッグ、とりあえず六色だけど、
ヒデコのやきものは、すでに様々な色で溢れています。
そこに私が立ったら、極彩色ですよね??

うん??

ケイコ
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| ベロ亭から | 10:14 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑

COMMENT

ケイコさんありがとう。お返事を貰えてほっとしています。
表現することは、いつもどこか怖くて、遠慮していました。
それでも頭んなかに浮かんできたことは残してみたくて、言葉の力を借りて表現してみました。
ケイコさんから頂いたアドバイスは、きっと僕をもっと自由にします。
素敵なヒントをありがとう。

| ごう | 2012/06/01 15:20 | URL |

ごう君。
60代の人に、「悲しそう」って言われた事があるんかな。
この文脈で読んでいると、最初、意味判らなかった。
ごう君がそう言われる、というシチュエーションが見えにくかったのか…。

ごう君が、私とその人たちとの間で起きた、自然な笑いと悲哀の交流が伝わらなかったのか、
どっちかな、どっちでもいいなあ、って今は思えるけどね。
その方々、妻60代前半、夫70歳の、
自然体で賢明な人たちでしたから。それ以上でも以下でもなく。

「水槽の中の魚」「ふわふわ、ぶかぶか」とか、
「頭の中のシャッターをしめきってる」とか、「べかべか」とか、
ごう君らしい表現の兆しというか、
もしかして、詩人になっちゃったら面白いかも…なんてちらっと思った。

ただ、前後関係から、もう一つ、ごう君の今、が浮かび上がらない。
コメント欄なんかでと思うけど、コメント欄でも、
そこを不思議と書けちゃう人と、我田引水がちな人とか、
言いたい事を言い切れない余り、
ひとりよがりの書き方で終わっちゃう人とか、色々いて面白い。

いつもそんな事で一番遊んでいるのが私かもしれません。
続投、めげずに?? いや、ますます張りきってよろしくねー!!

| ケイコ | 2012/05/31 16:13 | URL |

確かに、60代くらいの人って、突然顔をぱっと上げて「悲しそう」っていうね。
そう、度肝をねかれたことがあります。

僕は、水槽の中の魚って感じでしたね。きれいで、ふわふわしていて、区切られてる。
ぶくぶくっと泡をはいて、にかにか笑ってる。
通りを歩く人々はみんな優しそうで、頭の中のシャッターを全部しめきっているような、ぺかぺかの目で。
こんな日常なら、多少は時間も忘れられそうだと思いました。

| ごう | 2012/05/31 00:25 | URL |

おもしろい。にやけてしまう。

| ごう | 2012/05/29 07:16 | URL |















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