脳細胞は溌溂、だけど、無期限リハビリ中
7月15日午後、昼前に越前市内の小さなJRの駅から二人で出発して、
敦賀から新快速でことこと、新大阪駅の近くの上野クリニックに、
午後一番の診察に間に合うべく向かった。
ここは、1月からひと月おきに通い始めた、
漢方で保険診療をする内科と心療内科を併設したクリニックだ。
奇数月に行き続けているから、これで4回目の診察だった。
ここでは、私は眠るための、サンソウニントウという生薬の漢方薬を、
この先生独特の見立てで、私用にアレンジしてもらったものを処方してもらえる。
元物理学者というこの先生のアレンジは、なかなか微に入り細に入りという感じで、
地元福井の自費でかかっていた、生薬を出す漢方薬局の出す、
サンソウニントウが胃にきつかったことも、この先生のアレンジであっという間に解決。
1月の初診の日以来、二日に一遍、漢方薬を煎じて飲むという行為が、
まさに体に良い兆候をもたらしている実感を、まざまざと得ることができた。
なんと、それ以前は、典型的なサンソウニントウの煎じ薬を飲むとき、
必ず西洋薬の胃薬を同時にのむという愚を、承知の上でおかしていた。
2か月に一回のペースで通っているのは、一日分の煎じ薬を半分ずつ寝る前に飲むからだ。
そして、それ以外の西洋薬、漢方薬のエキス剤は、この先生の見立ての上で、
地元福井の、例の副作用を出したクリニックから転院した先の、
女医さんのクリニックで処方してもらっている。
つまり、1月以降、私の主治医は、ファーストがこの新大阪の先生、
セカンドが地元の女医先生という感じ。
いや、セカンドはほとんど無力で、
ファーストの指示を尊重してくれることで助けられている、という感じだ。
去年の今頃は、広い所に行くときは、車椅子が必要なほど、弱っていたし、
体はこわばり、筋力もどんどん衰えていた。
重とくな副作用「薬剤パーキンソン」の発現は、体力、歩行する力、のほとんどを奪ったと言っていい。
あの時期を乗り切れたのは、他でもない、地元で行きつけだった鍼灸師の女性の、
献身的かつ専門的な治療あってこそ、
そして、パートナーの英子の、玄人も時に驚かせるような、
東洋医学的なつぼや灸の勘と知識と探究心あってこそと、私は今もひしと思っている。
そして、ちょっと前までは、その鍼灸師の先生に言わせれば、
「そうねえ、体力は一番落ち込んでいたときは二割くらいだったけれど、四割か五割戻ったかなあ。
筋力は、右足三割左足五割だったのが、六割くらい戻ったというところかな」と言われていたものだが、
最近では、体力も筋力も七割近く戻ったというところらしい。
ちなみに、最初、両足の筋力が不ぞろいに戻っていたのは、右足を昨年8月末に、捻挫したという、
リハビリ中の身には、手ひどい打撃が、割に最近まで尾を引いていたということがあるのだ。
ここまで、読んだ皆さんの中で、
自分の体力が二割に落ち込むという経験をした人なんているかなあ。
それが、どんなに頼りなく、よりどころなく、
せつなさをせつなさとして感じる余裕すらなくすものであったか、
まあ、よっぽど、死ぬほどの病気体験でもした人以外は、想像できないものだろうなあ、
と思うほどの衰弱だったことは確かだ。
ただし、鍼灸師の先生は、体力が二割まで、昨夏の一番ひどい時に落ち込んでいたことなど、
けっしてその当時は口に出さなかったけどね。
さて、気力と言えば、間違いなく、以前の私を取り戻したという、確かな実感がある。
というのも、私もまた自分の体に、真剣にとことん向き合わねばならない、この月日を経て、
もう一人のファーストオピニオン的ドクターとも言うべき、
ある方との出会いが、この春にあったことも大きい。
実は、この先生とは、個人的にメールでやりとりが続いている。
そして、最初にきっぱりと言われた「西洋薬を一種類に減らすべきだ」という助言を、
私は徐々に実行に移すことにした。
最初に、メイラックスという長時間タイプの抗不安薬を2ミリグラムから1ミリグラム、
つまり1錠にかえた。すでに1カ月以上前の、6月19日のことである。
それから、もう、5年なんてもんじゃない、長い長いつきあいの、
短時間型の抗不安剤、レキソタンを一日に最高3錠程度から、徐々に減らして、
ついに、7月9日からゼロにすることができた。
メイラックスは、昨年からの短いつきあいだから、さほどではなかったが、
長いつきあいの、それこそ「パニック発作」時に頓服としてものんできたこの薬レキソタンとの決別は、
私にとって大きな意味を持った。
漢方の煎じ薬で一晩、8時間とか9時間、通しで眠ることに成功したときには、
つまり、西洋薬は、メイラックス1錠だけになるから、
以降、頭の冴え方が全く違ってしまったと言っていい。
脳細胞のすみずみまでが、私は恵子でえす!! ってな感じで、
晴れやかに生物として甦った感覚がはっきりとあり、
その分、文章もすみずみまで、みずみずしく冴えわたり、
思考も感覚も、本来の、そう10年以上前の自分を取り戻した実感がつよい。
とはいえ、思考する私は、それ以降10年以上生きているから、
内容的にはそれ相応の年齢のものの上で、というのは言うまでもないけれど。
だが、漢方の煎じ薬、サンソウニントウアレンジで、
一晩通しで眠れる日は、そんなにコンスタントには続かない。
番組の放送以前は、そんな時もあったけれど、
世の中のこと、私自身がすべきことにアンテナを立てるようになるにつれて、
脳細胞もそれなり活性化して、短くて4時間、最低で2時間という時もあったけれど、
これは例外、だいたい5、6時間のことが多くて、
そこで、最低時間の睡眠剤、そう内科でも置いてある、
あのマイスリーをどうのむかが、私の一瞬の勘所となる。
私は8時間は眠らなければつらいな、という人だから、6時間というのはちょっとつらい。
7時間眠れていた時は、まあいいか、眠くなったら昼寝しようということで、起き上ったこともある。
ともかく、眠り足りない分、マイスリーの登場となる。
これを半分の5ミリで終えられるか、それが効かなくて、最大の10ミリグラムにするかは、
自分の眠気や、5ミリのんでみた結果で決める。
へたをすると、一端目覚めてから次に眠れるまで一時間くらいあくこともあるけれど、
最近はもう少し要領を得て、割に間をおかず寝られるようになってもいる。
マイスリーについては、かなり多くの人が知っていると思うので、付け加えておく。
この短時間型の睡眠剤。実は、メーカーは睡眠導入剤として売っている。
寝付きの悪い人のための、睡眠導入のための薬、といううたい文句で売り出されていると言うべきか。
だから、午前零時までには、のまなくてはならない、ということが注意書きにある。
これは、朝方とかにのむと、その日のある程度の時間まで、
どことなく眠気が引っ張るということがあるからだが、
私は、マイスリーの血中濃度の半減期の2時間か、すっかり血中からなくなる4時間以上は、
余り眠ったためしがないから、…それにしても、なんと我が体は薬にぴったし反応するのか!…
起きぬけの2時間から3時間、運転する時には注意する程度でクリアーしている。
以前は、零時前までにのむことを厳しく言っていた、地元のクリニックの先生も、
最近は私独自のやり方に口をはさまなくなっている。
要するに、マイスリーは、短時間タイプの最も軽い部類の睡眠剤にすぎないのだ。
はてさて、私は、7月15日の、新大阪のクリニックでの診察時、最後に先生に訊いた。
「いったい、いつになったら、私は自力で眠れるようになるのでしょうねえ??」
先生は、さらっと、なんということもないような口調でこう言った。
「そういうことは、余り考えないようにしましょう。」
そうか。そうか。
その時、忽然と、私の中に、「無期限リハビリ中」という言葉が現れた。
放っておいたら、10時間でも、へたをすると12時間でも眠れた、若い時の私が懐かしかった。
そう、子どもたちに「眠り姫」の異名をもらったくらいの、よく眠る母ちゃんだった私だからだ。
それは、他ならぬ、「自閉症スペクトラム」というか、「発達障害」というか、
そういう特性の持ち主の多くが持つ、睡眠効率の悪さゆえだったと、最近になって判明したが、
そして、自閉度の高い、施設にいるような子どもたちは、
48時間単位で生きている子もいると聞いたくらいだが、
そんな私ゆえに、薬への敏感度もかなり高いゆえに起きた、重とくな薬害によって、
「不眠症」なんて生易しい次元の問題ではなく、眠る機能をまさに奪われたという事実が、
ここまで私の人生において、尾を引くことになった事実は、
皮肉としか言いようがないと、あらためてつよく思った。
それでも。
いいや、それならそれでいい。私も、そんなことは考えない。
いつ、自力で眠れるようになるか、なんて。
一日おきに、煎じ薬を煎じ、それで必要な睡眠がとれなければ、マイスリーで補って、
ゆっくりじっくりやっていこうではないか。
我がいとしき薬剤「過敏性」と向き合って、一日一日を生きていくだけだ。
そう腹をくくった。
ただ、東北の被災地にはせさんじたい、そう思う時に、
このことがはっきりと邪魔をしていることを意識するのはつらい。
一日おきに、煎じ薬を煎じなければ、眠ることができない人間が、
被災地入りすることは、きっとハタ迷惑に違いないから、
そして、もっと眠りが不安定になるような、
ショックなことなどに対応することは避けなければならないから、
などと思うのが、かなり悔しい。
私は、娘を亡くすという、つらい体験をしているから、
そういう体験をしている人と話すことは、きっとできるだろうと、ひしひしと思う。
でも、今は、この心身と向き合って、原発銀座の福井でゆっくり生きる。
それが私に課せられた人生なのだ、と言いきかす。
そう、私は無期限リハビリ中。
レスリンという抗ウツ剤による薬剤パーキンソンの無期限リハビリ中。
体力は七割弱くらい。筋力もそんなものかな。
暑い夏が来る前は、近隣の田園風景の中をしっかり歩き続けてリハビリした。
今は、書斎の二階と、プリンターがあり、台所など生活の場がある一階との、階段での往復が、
一番の筋力回復のためのリハビリと心得て、ふみしめふみしめの階段の上り下りに余念がない。
うっかり、駆け上り駆け下りを続けたら、股関節をひどくやられたり、
右脇ウエスト部分にひずみが来てひどい痛みが出たりするから。
いいさ。たとえ、一生サンソウニントウアレンジにお世話にならなければならないとしても、
私は私に起きたことを言い伝える。
それができるそれなりの気力と、ささやかな体力だけは取り戻したのだから。
ちなみに、発達障害におけるパニックには、
漢方のエキス剤、カンバクダイソウトウがよく効く。それに、パニック発作にもね。
だから、レキソタンがやめられたんだけど。
これは、ぼちぼち文通している、例のドクターの著書から拝借した知識。
それから、やっぱり発達障害というか自閉、の人が陥りやすい、怒りの発作というか、
イライラには、ヨクカンサンが効く。
私は虚症だから、ヨクカンサンカハンゲチンピというのを使う。
余計なカタカナ部分は、胃にやさしい成分。漢字で書くと、抑肝散。
つまり、東洋医学的には、肝臓が怒りをつかさどる臓器なのである。
あとお世話になっているのは、年末頃だったかキヒトウから切り替えたジュウゼンダイホトウ。
これも、漢字で書いたほうが判りやいすだろう。
十全大補湯。十種類の生薬で、弱った心身の「気」を補う、最も代表的な補気剤。
大病を患った後、内科などでも処方される。
そして、大きくは、じっくり「気」を補って、抑うつ状態などにも、じわじわと功を奏す。
それにしても、考えられないほど強くなっちゃったね。東洋医学の知識に。
本当に、日本の医学界は、東洋医学をもっときちんと取り入れ、認めていかなければ、
ますます西洋薬の薬剤による被害を増やしていくのは必至。
まずは、心療内科、精神科において特に。
ただ、「統合失調症」については、私はまだ研究や知識が不足している。
まぎれもなく、統合失調症である場合、それは今のところ、
薬剤によって心身のコンディションを整えなければならないのは、
動かしようがないような感じだから。
そこにも、慎重に、きちんと踏みこんでみたい。
課題は大きすぎるけれど、これは私の経験のみならず、
娘ののえが、そして、息子のカラが、残してくれた課題だと常に思っているからだ。
後の人生の半分は、きっとこの事に費やすだろうなあ。
精神医療の真実をわしづかみにする、ということに。
そう、ぐわっと、わしづかみに、してやるのだ。
ケイコ
敦賀から新快速でことこと、新大阪駅の近くの上野クリニックに、
午後一番の診察に間に合うべく向かった。
ここは、1月からひと月おきに通い始めた、
漢方で保険診療をする内科と心療内科を併設したクリニックだ。
奇数月に行き続けているから、これで4回目の診察だった。
ここでは、私は眠るための、サンソウニントウという生薬の漢方薬を、
この先生独特の見立てで、私用にアレンジしてもらったものを処方してもらえる。
元物理学者というこの先生のアレンジは、なかなか微に入り細に入りという感じで、
地元福井の自費でかかっていた、生薬を出す漢方薬局の出す、
サンソウニントウが胃にきつかったことも、この先生のアレンジであっという間に解決。
1月の初診の日以来、二日に一遍、漢方薬を煎じて飲むという行為が、
まさに体に良い兆候をもたらしている実感を、まざまざと得ることができた。
なんと、それ以前は、典型的なサンソウニントウの煎じ薬を飲むとき、
必ず西洋薬の胃薬を同時にのむという愚を、承知の上でおかしていた。
2か月に一回のペースで通っているのは、一日分の煎じ薬を半分ずつ寝る前に飲むからだ。
そして、それ以外の西洋薬、漢方薬のエキス剤は、この先生の見立ての上で、
地元福井の、例の副作用を出したクリニックから転院した先の、
女医さんのクリニックで処方してもらっている。
つまり、1月以降、私の主治医は、ファーストがこの新大阪の先生、
セカンドが地元の女医先生という感じ。
いや、セカンドはほとんど無力で、
ファーストの指示を尊重してくれることで助けられている、という感じだ。
去年の今頃は、広い所に行くときは、車椅子が必要なほど、弱っていたし、
体はこわばり、筋力もどんどん衰えていた。
重とくな副作用「薬剤パーキンソン」の発現は、体力、歩行する力、のほとんどを奪ったと言っていい。
あの時期を乗り切れたのは、他でもない、地元で行きつけだった鍼灸師の女性の、
献身的かつ専門的な治療あってこそ、
そして、パートナーの英子の、玄人も時に驚かせるような、
東洋医学的なつぼや灸の勘と知識と探究心あってこそと、私は今もひしと思っている。
そして、ちょっと前までは、その鍼灸師の先生に言わせれば、
「そうねえ、体力は一番落ち込んでいたときは二割くらいだったけれど、四割か五割戻ったかなあ。
筋力は、右足三割左足五割だったのが、六割くらい戻ったというところかな」と言われていたものだが、
最近では、体力も筋力も七割近く戻ったというところらしい。
ちなみに、最初、両足の筋力が不ぞろいに戻っていたのは、右足を昨年8月末に、捻挫したという、
リハビリ中の身には、手ひどい打撃が、割に最近まで尾を引いていたということがあるのだ。
ここまで、読んだ皆さんの中で、
自分の体力が二割に落ち込むという経験をした人なんているかなあ。
それが、どんなに頼りなく、よりどころなく、
せつなさをせつなさとして感じる余裕すらなくすものであったか、
まあ、よっぽど、死ぬほどの病気体験でもした人以外は、想像できないものだろうなあ、
と思うほどの衰弱だったことは確かだ。
ただし、鍼灸師の先生は、体力が二割まで、昨夏の一番ひどい時に落ち込んでいたことなど、
けっしてその当時は口に出さなかったけどね。
さて、気力と言えば、間違いなく、以前の私を取り戻したという、確かな実感がある。
というのも、私もまた自分の体に、真剣にとことん向き合わねばならない、この月日を経て、
もう一人のファーストオピニオン的ドクターとも言うべき、
ある方との出会いが、この春にあったことも大きい。
実は、この先生とは、個人的にメールでやりとりが続いている。
そして、最初にきっぱりと言われた「西洋薬を一種類に減らすべきだ」という助言を、
私は徐々に実行に移すことにした。
最初に、メイラックスという長時間タイプの抗不安薬を2ミリグラムから1ミリグラム、
つまり1錠にかえた。すでに1カ月以上前の、6月19日のことである。
それから、もう、5年なんてもんじゃない、長い長いつきあいの、
短時間型の抗不安剤、レキソタンを一日に最高3錠程度から、徐々に減らして、
ついに、7月9日からゼロにすることができた。
メイラックスは、昨年からの短いつきあいだから、さほどではなかったが、
長いつきあいの、それこそ「パニック発作」時に頓服としてものんできたこの薬レキソタンとの決別は、
私にとって大きな意味を持った。
漢方の煎じ薬で一晩、8時間とか9時間、通しで眠ることに成功したときには、
つまり、西洋薬は、メイラックス1錠だけになるから、
以降、頭の冴え方が全く違ってしまったと言っていい。
脳細胞のすみずみまでが、私は恵子でえす!! ってな感じで、
晴れやかに生物として甦った感覚がはっきりとあり、
その分、文章もすみずみまで、みずみずしく冴えわたり、
思考も感覚も、本来の、そう10年以上前の自分を取り戻した実感がつよい。
とはいえ、思考する私は、それ以降10年以上生きているから、
内容的にはそれ相応の年齢のものの上で、というのは言うまでもないけれど。
だが、漢方の煎じ薬、サンソウニントウアレンジで、
一晩通しで眠れる日は、そんなにコンスタントには続かない。
番組の放送以前は、そんな時もあったけれど、
世の中のこと、私自身がすべきことにアンテナを立てるようになるにつれて、
脳細胞もそれなり活性化して、短くて4時間、最低で2時間という時もあったけれど、
これは例外、だいたい5、6時間のことが多くて、
そこで、最低時間の睡眠剤、そう内科でも置いてある、
あのマイスリーをどうのむかが、私の一瞬の勘所となる。
私は8時間は眠らなければつらいな、という人だから、6時間というのはちょっとつらい。
7時間眠れていた時は、まあいいか、眠くなったら昼寝しようということで、起き上ったこともある。
ともかく、眠り足りない分、マイスリーの登場となる。
これを半分の5ミリで終えられるか、それが効かなくて、最大の10ミリグラムにするかは、
自分の眠気や、5ミリのんでみた結果で決める。
へたをすると、一端目覚めてから次に眠れるまで一時間くらいあくこともあるけれど、
最近はもう少し要領を得て、割に間をおかず寝られるようになってもいる。
マイスリーについては、かなり多くの人が知っていると思うので、付け加えておく。
この短時間型の睡眠剤。実は、メーカーは睡眠導入剤として売っている。
寝付きの悪い人のための、睡眠導入のための薬、といううたい文句で売り出されていると言うべきか。
だから、午前零時までには、のまなくてはならない、ということが注意書きにある。
これは、朝方とかにのむと、その日のある程度の時間まで、
どことなく眠気が引っ張るということがあるからだが、
私は、マイスリーの血中濃度の半減期の2時間か、すっかり血中からなくなる4時間以上は、
余り眠ったためしがないから、…それにしても、なんと我が体は薬にぴったし反応するのか!…
起きぬけの2時間から3時間、運転する時には注意する程度でクリアーしている。
以前は、零時前までにのむことを厳しく言っていた、地元のクリニックの先生も、
最近は私独自のやり方に口をはさまなくなっている。
要するに、マイスリーは、短時間タイプの最も軽い部類の睡眠剤にすぎないのだ。
はてさて、私は、7月15日の、新大阪のクリニックでの診察時、最後に先生に訊いた。
「いったい、いつになったら、私は自力で眠れるようになるのでしょうねえ??」
先生は、さらっと、なんということもないような口調でこう言った。
「そういうことは、余り考えないようにしましょう。」
そうか。そうか。
その時、忽然と、私の中に、「無期限リハビリ中」という言葉が現れた。
放っておいたら、10時間でも、へたをすると12時間でも眠れた、若い時の私が懐かしかった。
そう、子どもたちに「眠り姫」の異名をもらったくらいの、よく眠る母ちゃんだった私だからだ。
それは、他ならぬ、「自閉症スペクトラム」というか、「発達障害」というか、
そういう特性の持ち主の多くが持つ、睡眠効率の悪さゆえだったと、最近になって判明したが、
そして、自閉度の高い、施設にいるような子どもたちは、
48時間単位で生きている子もいると聞いたくらいだが、
そんな私ゆえに、薬への敏感度もかなり高いゆえに起きた、重とくな薬害によって、
「不眠症」なんて生易しい次元の問題ではなく、眠る機能をまさに奪われたという事実が、
ここまで私の人生において、尾を引くことになった事実は、
皮肉としか言いようがないと、あらためてつよく思った。
それでも。
いいや、それならそれでいい。私も、そんなことは考えない。
いつ、自力で眠れるようになるか、なんて。
一日おきに、煎じ薬を煎じ、それで必要な睡眠がとれなければ、マイスリーで補って、
ゆっくりじっくりやっていこうではないか。
我がいとしき薬剤「過敏性」と向き合って、一日一日を生きていくだけだ。
そう腹をくくった。
ただ、東北の被災地にはせさんじたい、そう思う時に、
このことがはっきりと邪魔をしていることを意識するのはつらい。
一日おきに、煎じ薬を煎じなければ、眠ることができない人間が、
被災地入りすることは、きっとハタ迷惑に違いないから、
そして、もっと眠りが不安定になるような、
ショックなことなどに対応することは避けなければならないから、
などと思うのが、かなり悔しい。
私は、娘を亡くすという、つらい体験をしているから、
そういう体験をしている人と話すことは、きっとできるだろうと、ひしひしと思う。
でも、今は、この心身と向き合って、原発銀座の福井でゆっくり生きる。
それが私に課せられた人生なのだ、と言いきかす。
そう、私は無期限リハビリ中。
レスリンという抗ウツ剤による薬剤パーキンソンの無期限リハビリ中。
体力は七割弱くらい。筋力もそんなものかな。
暑い夏が来る前は、近隣の田園風景の中をしっかり歩き続けてリハビリした。
今は、書斎の二階と、プリンターがあり、台所など生活の場がある一階との、階段での往復が、
一番の筋力回復のためのリハビリと心得て、ふみしめふみしめの階段の上り下りに余念がない。
うっかり、駆け上り駆け下りを続けたら、股関節をひどくやられたり、
右脇ウエスト部分にひずみが来てひどい痛みが出たりするから。
いいさ。たとえ、一生サンソウニントウアレンジにお世話にならなければならないとしても、
私は私に起きたことを言い伝える。
それができるそれなりの気力と、ささやかな体力だけは取り戻したのだから。
ちなみに、発達障害におけるパニックには、
漢方のエキス剤、カンバクダイソウトウがよく効く。それに、パニック発作にもね。
だから、レキソタンがやめられたんだけど。
これは、ぼちぼち文通している、例のドクターの著書から拝借した知識。
それから、やっぱり発達障害というか自閉、の人が陥りやすい、怒りの発作というか、
イライラには、ヨクカンサンが効く。
私は虚症だから、ヨクカンサンカハンゲチンピというのを使う。
余計なカタカナ部分は、胃にやさしい成分。漢字で書くと、抑肝散。
つまり、東洋医学的には、肝臓が怒りをつかさどる臓器なのである。
あとお世話になっているのは、年末頃だったかキヒトウから切り替えたジュウゼンダイホトウ。
これも、漢字で書いたほうが判りやいすだろう。
十全大補湯。十種類の生薬で、弱った心身の「気」を補う、最も代表的な補気剤。
大病を患った後、内科などでも処方される。
そして、大きくは、じっくり「気」を補って、抑うつ状態などにも、じわじわと功を奏す。
それにしても、考えられないほど強くなっちゃったね。東洋医学の知識に。
本当に、日本の医学界は、東洋医学をもっときちんと取り入れ、認めていかなければ、
ますます西洋薬の薬剤による被害を増やしていくのは必至。
まずは、心療内科、精神科において特に。
ただ、「統合失調症」については、私はまだ研究や知識が不足している。
まぎれもなく、統合失調症である場合、それは今のところ、
薬剤によって心身のコンディションを整えなければならないのは、
動かしようがないような感じだから。
そこにも、慎重に、きちんと踏みこんでみたい。
課題は大きすぎるけれど、これは私の経験のみならず、
娘ののえが、そして、息子のカラが、残してくれた課題だと常に思っているからだ。
後の人生の半分は、きっとこの事に費やすだろうなあ。
精神医療の真実をわしづかみにする、ということに。
そう、ぐわっと、わしづかみに、してやるのだ。
ケイコ
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