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この一週間のきらきらとへとへと

タイトルは、新しく出会ったアメリカ在住のエルモちゃんとクッキーちゃんの乗りを、
ほんの少しばかり拝借というところかな。
彼女たち、もしかしたら、孫ってくらいの世代だったりして。
でも、うん、感覚的にしっくりくるのよね。

でもね、このタイトルは、やっぱり
ケイコオリジナルでもありますぞ。

今日はもう本当にへとへとでした。一旦疲れると、私ケイコは、
番組の映像のように「かわいく」ありません。ぷりぷり、いらいら。
突然、眠れない朝「レズビアンなんて嫌い」と不穏な発言。

これは、私にひとつのアイデンティティだけがふりかかってきたような、
番組後の良いことも悪いことも含めての、
こなごなぽろぽろ、様々なさざなみのような反響の中での、
うわごとのような、あまのじゃくのようなつぶやき。

つぶやきっていっても、私はツイッターなぞしていませんから、
ここで、こうつぶやいた私を、責任もって140字以上でフォローしてみせますからね。

そんな眠れない朝、考えていた。
レズビアンってアイデンティティと、
レズビアンマザーっていうアイデンティティは、
私にとっては少なくともすごく違うかもしれない。

日本のレズビアンマザーたちは、ステップファミリー的家族にいきなり突入したり。
それってそれで、日本らしいレズビアンマザーのアイデンティティの創出じゃなかろうかな、なんて。

あるゲイの男性のツイッターのつぶやきに、
子供がいるってことは、えっと、ずっとレズビアンだったってことじゃくて……
と、まあいたって素直に考えてるプロセスを披露していた人がいたけれど、
そう、私たちはあるときを境にして、突如レズビアンマザーにもなりうる。

ただし、私の場合は、歴史軸が大きい。35年。
年月だけでモノを言いたくはないけれど、35年それをやっていると、
確立するアイデンティティつて確かにあるのです。
そういう在りかたが私らしい私。
私は誰でもないから誰でもある、そういう私。

放映の二日目、
関西から駆けつけたビアンの二人も含めて、
地元で一緒に観る会をした。
集まった他の7人は、皆多分異性愛者。でも、知人だつたり友人だったり。
でも、一緒に見る意味はどこかで察している人たち。
それぞれの仕方で。

それぞれの人らしい感想というか思いが、観た後もらされてたなあ。
そして、大阪からの彼女が、何気なくフォローもしてくれたり、
二人が心細いっていうから来たけど、そんな必要なかったような、
と言ってくれたり。

大阪からの二人と翌日、海岸に行ったり、おそば食べに行ったり。
で、私、聞かれました。
「それでケイコサンは?」

私がどんなふうに女や男に向いていたか、
要するに、どんなふうに好きだったりしたかの質問。

「まあ、両方」なんてこたえながら、本当は苦しかった。
私の成り立ちの、ちょっとややこしい辺りが、
彼女には伝えにくかった。伝えづらかった。
これについては、いずれゆっくり書く。

それから、彼女が「私はなんでも楽天的に考えて、悩む力って余りないほうかも」
なんて言って、私は余計困ってしまった。
だって、彼女、前みたいに底なしに笑ったり、
そういう人ではなくなっていて、
何かをロックしているみたいな感じがつきまとって、
一緒にいてくれた会は心強かったけど、
私もなんだか心を開きにくくなってしまっていたからだった。

その表情と「楽天的」には、ギャップがあつた。
それは触れてはいけないことかもしれなかった。
でも、私は気になって、彼女の「悩む力」のドアをノックしたい、
そんな欲求にかられるのを抑えた。

「悩む力」って、私にとっては肯定的で、とても大切な力だから。

一昨日の夜、
チャット大会なるものが、
番組を観た人たちで行われた。

本題になかなか入れなかった。

ヒデコのチェックの赤いシャツが話題になったり、
最初は楽しかったのに、
なんだか、だんだん気が遠くなってきた。

私はダイク話題というか、ビアン話題にうといというか、無縁というか。

ヒデコを通してわかっていることはあるのに、
にわかに深いさびしさにとらわれた。
ゲストとして参加していたチャット大会で。

一時間半の参加の予定が午前零時を過ぎ、一時を過ぎ、
そして二時半、私は退席した。

番組を観た直後に、「ベロ亭日記」のこのブログを読み込んだ人、
のえのブログの「日記」を読みきった人の存在を知ったことは大きかった。
そして、「ケイコサンの文章は美辞麗句と正反対のところにある」
と言われたことは、確かな収穫だった。

でも、なんだか、このチャット大会、ひどくひどく疲れた。
なぜだろう。
言葉のかみ合わせ方とか、難しいツールなのかなあ。

それとも、皆若くて、自分を語る言葉がまだまだ持てていないのかなあ。
それとも、単に、キーボードなり携帯を早く打てなくてついてこれないのかな。

かみあっているような、かみあっていないような、
あいまいさが、私の中に宙ぶらりんに浮いたまま、
翌朝には、粉々に砕けていた。

ディレクターとともに最後の最後まで粘りに粘って作られた番組を観て、
チャット会に集まった一人一人。
もっともっと消化して、生きて、ぶつかって、
人生をかみしめてる?って訊いてみたい思いにかられた。

ツイッターには、ちらちら、年齢差別、
地方差別ともとれなくはない、記述もある。
そうと読まなければそうは読めない程度だったりもするけれど。

私も40歳から、人間の始まり、なんて逆差別的なことチャットでは言ったけどね。

あるいは、子どもを持つことへの、様々な思いも錯綜して、
書かれている。

でもね。あの番組。あれは、様々な余韻を残して、
あとは観た人の経験や、感覚や、思いや、哲学や、人生観にゆだねられて、
放たれただけのものなのであるぞよ、と敢えて言ってみる。

あれは小さな始まり。
あえて無名性を帯びて、浮き立たせたシンボリックなマイノリティ性の表出。

に過ぎないことを、今ここに書いて、
まあ、明日見ていない人もいることだし、
そろそろ終わりにすることにする。

なぞはなぞのままに、美しくあれ。
人の心は底なしのままに、みにくくあれ。

そして、番組は一人歩いていく。

私達、ディレクター、子どもたち、
友人、マイノリティの仲間たちの思惑も何もかもものともせず。

と思うのですよ。
と思って、今、少し疲れが取れ始めて、お風呂に入ろうかな、と。

ケイコ




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