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バイバイのえルーム週間、を終えて

ちょうど一年間つづけた「のえルーム」にあった、のえが遺した荷物と共に、ベロ亭に帰って来て四日がたちました。
のえのブログ、「うたうたい のえ 声ある限り」を見ている方ならご存知の通り、『バイバイのえルーム週間』は、3月19日から28日まで、のえルームに近い、大阪のジャンジャン横丁でのミニミニキャラバンも含めて、丸々十日間展開しつづけました。

すべて終えて、のえの大切なものたちと共に帰ってきた母二人、ケイコもヒデコも、よくぞやれた、と懐かしくも濃密な日々を振り返り、またその余韻にひたり、その中に潜む深いなぐさめや、大きな救いを拠り所に、次の日々をスタートしています。それは、日本語を外国人に教える日々であり、次のキャラバンのチラシ作りの日々であったり。

3月19日、京都から大阪への運転をしてくれたのは、長年の親友、カイちゃんでした。高速を下りてから、大阪市内の道がわからなくて、ヒデコと二人、少し慌てたみたいですが、先に電車で来て、ミニミニキャラバン会場兼、泊まり先のマサハウスで待っていた私の所にようやく着き、深夜の搬入開始。

この、のえルーム、最後の日々を支えた、ミニミニキャラバンの搬入も搬出も、実はひっそり?夜遅い、静まりかえった昼間は観光の町の、ジャンジャン横丁で、それはそれはなんとも言えない、ちょっとした緊張感と共に展開しました。うーむ、言いたいのです。ここからここまで、こうやって、私たちはやりきったんですよお、って。

20日は、キャラバンだけの日。あの人通りの多さの中から、ホントにホントのお客さんが、やきものやら民芸品を買ってくれる瞬間の嬉しさに味をしめもした、始まりの日でした。準備やら展示を手伝ってくれたのは、のえルームの常連となった、岐阜のアベさんと、ライブも兼ねて来てくれた、東京のミナミでした。

21日、昼過ぎまでキャラバン。ミナミが、やはり路上ミュージシャン仲間のオツを連れてキャラバン会場に現れたときの嬉しかったことといったら。午後三時半からは「のえルーム」のオープンデーの始まりで、アベさん、オツ、ミナミ、それからやはり東京から駆けつけた、のえの姉の早苗、その友人のイズミちゃん、それから、のえの友人二人と、
取材の人も私たち二人も合わせると、なんと十人の人が集まりました。

この日はとてもゆっくりと、腰をすえて話せた夜でした。前夜、ミナミのライブに疲れを押して出向き、ミナミのパンチのきいた訴える力のある歌の幾つかと共に、のえの歌「かぞえうた」のカバーも聞かせてもらうという、稀有な体験をしました。そんな深い余韻が手伝って、ぐいぐいと話の内容も深まっていきました。(つづく)

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