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メキシコから帰って一週間 その2

その日、一日かけてゆっくり観光したのは、世界遺産に認定されているグアナファトの、中世さえ想起されるような美しいコロニアル風の町並みでした。ディエゴ・リベラの生家でもある博物館、それから民衆芸術博物館、それからグアナファト大学の高い高い階段と潔い造りの建物、格調の高さがきわめつけのバジリカという教会、それに随所にある小道やら公園やらでした。その最後にあったのが、前述したテアトロ・ファレスでした。

お天気も味方してくれた、その日の充実感といったら並々ならぬものがありました。私たちは、どちらかというと下町の、私たちのいる、大きいだけ大きい、古すぎる安ホテルのある一角から、一番の観光ポイントが集中しているその地域との間を、その日も二往復したものでした。

これが最後の爽快感伴う旅の思い出かなあ。

それからメキシコシティに移って、それからは雨続きでしたから、ここでも民衆芸術博物館に行って、その並々ならぬ陳列品の多さ、質の高さに度肝を抜いたものでしたが、その日の午後は、ある大切な人との出会いが待っていて、その人と実に六時間ものときを共にしたのでした。

あとは、なんだか荷物整理を一生懸命していたみたい。民芸品やらお土産の買いたしやらと。

日本に帰り着いて、帰り着くまでには、アエロメヒコ航空の飛行機に乗り合わせたペルー人の、実にわかりにくい日本語に、彼の日本でのデカセギの八年の日々の過酷さを思い、研修生で名古屋に行くという、英語が達者なメキシコ人男性の礼儀正しさに、これまたそれらしいと思い、たくさんのラティノが日本に向かう姿に、何よりも、ラテンアメリカと日本の交差点みたいなこの飛行機の中で、「知りすぎてしまった」私たちを思いました。

日本に帰り着いて、実は京成電車に乗る前に、「うちあげ」と称して、朝から刺身定食を食べました。一切れ一切れが涙したたるほどおいしかったのは言うまでもありません。

日本に帰り着いて、翌日あるディレクターに会いました。
翌々日、のえのCDブック制作に向けて、ある編集者にも会いました。

そして、着いて四日目、私はもう日本語授業を始める予定でした。確かに夜の授業はしました。ふらふらでも。
ところが、その前の午後の授業は、なんと一人で寝過ごしてできませんでした。
私がすっぽかしてしまったというわけです。なんということでしょう。
その日は、実に十五時間、何も知らず何も感じず、ひたすら眠り続けました。
気づいたのは、夕方の六時前、大切な生徒との授業時間が終わろうとする頃でした。
いや、始まってなんかいなかったのですが。ただ、電話でひたすら謝りました。

そんなこんなながら、今週は三回の授業はこなしています。
あとは社会復帰と言う感じ、でぼちぼち。

でもね。
うれしいのは、ひさびさに体の芯から、心の芯から、
確かに活力が戻った感じがあることなのです。
こういう感覚、実に実に久々のこと。

私にもこんな元気の素があつたんだな。
そう思えるのは、とっても安定感のあることでうれしいです。ひしひしと。

のえのCDブック作りが本格化しようとする現在、
メキシコで得た活力とともに、
さあ、特典チケットも五百円玉貯金も使い尽くして、
すっからかんの私たち、どこまでどうやってこれから進んでいくのでしょうかね。

ともかく、今、私はベロ亭にいて、今をいとしく思うのです。

ケイコ
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