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今年の予定

予定とは何か。
ずっと、ベロ亭は、制作する私のやきものの計画と
ベロ亭のお財布で、30年間スケジュールを決めてきた。
あるいは、ペルーの日本語教室の支援のあり方で、
スケジュールを決めていた。

だが、予定は決められなくなった。
娘の、のえがこの世から姿を消したその日から
少なくとも私から予定が消えた。
眠ることも、昨年の10月5日から3ヶ月間、
睡眠導入剤の力を借りないと眠れなくなり
キャラバンを中止し、予定がなくなった。

今年、3月末に、乳がんが告知され
予定とさよならして、
自分のできることだけするようにした。

6月15日、1cm未満のガンを切除し、
月に一度大阪ののえルームに出向いて
のえの周辺の人々と会うのだけを予定にして
かすみを食って?生きた。

8月22日、久々のキャラバンをベロ亭でやり、
かすみに色付けをした。

不安がないわけじゃないけど、
やれることだけやって、生きていく。

つまり予定とは、生きていく予定なのだ。
のえの命日を前に、
のえがまだこの世から消えてないと思える
自分まで回復させたいと思っている。

のえの本箱からいただいた1冊の本がある
「野菜が薬になる50の食べた方」
この本を実はバイブルのように野菜を食べまくっている。

どうやら、のえは私にちゃんと手を回している。
「ヒデコチャン、ガンになったら読みなよ」って。

後は、9月の20日の一周忌直前に
「一年目の、のえと語る会」を大阪で開く。
そこで、のえに関わる、
生きていたのえを知る人々に集まっていただいて
のえの話をしあう。

のえの画像を、ある人に依頼して当日流してもらう。
のえの音楽を、これから半月ほどできるだけ聞いて
当日、セレクト集を流す、
のえの着ていた服を会場に並べてみたい。

そんな1日を送って、どこまで私は歩みを進めることができるか。
去年12月、大阪で友人の女性サックス奏者MASAのコンサートで
のえが会場の天井を飛んでいるのを視た。

だから?10月3日越前市の今立ににMASAを呼んでみることにした。
MASAは、実は30年近く前から知っていて
いつか自分の町に呼んでみたいと思っていたのだが。
MASAのジャズは、魂を飛ばす。
何かが、解き放たれるかもしれないと。

そこまで、予定を書いて・・。
かすみを食うのかヒデコ。

10月はほとんど展示だけの個展をする。
売らないわけじゃないが、
3畳ほどのガラスケース(ギャラリーみちくさ)の中に私の作品を展示する。
17日には、今立で、ワークショップもする。
これらの、3つの計画を「10月の散歩道 in 今立」として
趣味のような、プロのような
道楽のような、真剣勝負のような予定を立てた。

そして、ここまでは、術後の私にもできる。
のえを幻としてでなく、実態を持った娘として
感じていける時間を、計画した。

それらは、ボチボチ紹介する。
そして、難関は、かすみを食わない体力の回復だ。
ケイコもヒデコも
今年最後の難関は11月下旬に計画をたてはじめている
四国・和歌山・大阪キャラバンだ。

どなたか、通しで助けてくだされ。
計画そのものが成り立たない体力ではやれない。
やってくれそうな何箇所かが浮上しているのだが
ケイコは自宅キャラバンでぶっ倒れ
今日久々に鍼灸院に駆け込んだ。

私からケイコを支えられることも限定付だ。
自閉症スペクトラムは精神的な障害とはいえない。
この特性は、意識のあり様の違いに思える。
彼女の腕は、日を増して、弱っていく。
きっと自閉症と関係あると思う。
まだまだ、研究が足りていない。
30年後くらいに、彼女のような人に
国が経済的支援をするようになるのだろうか。

かすみで生きていけない。
年金が払えなかった私に新しい政府は
最低保証をしてくれるのだろうか。
ヒデコ
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