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クスコの土曜日の街中で

土曜日、数日ぶりのケイコの登場です。

月曜も木曜も、とても午前中のスペイン語のクラスには行けませんでした。グループは課題が山積み、しかも朝が苦手な私は、かなり決心をしていたものの、やはり無理でした。それもそのはず、カリナ先生の例の文化センター、サン・バルトロメ・デ・ラスカサスでの正式なクラスが午後に開始してしまったからです。この長ったらしい文化センターの名前は、ラテンアメリカ通ならご存知でしょうが、五百年前のスペイン人による侵略のすさまじさを、スペイン人として最初に告発した神父の名前なのです。

そして、今日、一週間ぶりにカリナ先生とのクラス。毎回出していた作文も出さず、数ページ分の宿題だけして出かけました。今まで見てもらった作文は、グループでの切実なあたりをまとめたもので、なおしてもらったその作文は、間もなくグループの誰かに見せることとなり、最大限その内容が生かされたものでした。

しかしながら、今日はそういう大変だけど充実感のある作文という、自主的課題もせずに出かけました。クラスは最初、わりに閑散とした中庭の、午後の光が降り注ぐ中で始まりました。彼女が風邪気味で部屋の中は寒いからです。

なんだか、友達と話しているようなそんな開放感のあるクラスでした。「男の人が家事をしないのはどうしてか」という設問に、「男の人には家事の面白さを味わう権利がまだ確立していないから」と書き込む宿題に答えた私に、最初不審そうにした彼女も、「これは皮肉よ」と言うと、瞬く間に理解して、「楽しみなさい」「味わいなさい」という命令形を教えてくれたりしました。彼女はしばらく爽快そうにに笑っていました。

それから部屋に入り、ふと中庭の真ん中にある、おおきな木に鈴なりのこれまた大きな白い花たちに気づきました。それは言葉につくせない見事さでした。そう、あれです。日本ではエンゼルズトランペットという商品名で売り出されている、ダチュラという木です。
日本ではこれがやっと背丈ほどにしかならないこと、私はなんとか二つだけ咲かせて、ペルーに行かなければならなかった夏のことを話しました。

中庭のその木には、百か二百を越える花々が揺れています。夕方、帰るとき、夜の九時頃にはまっさかりになるべく、ぼちぼち周囲を酔わせるようなその芳香を放ち始めていました。

また、なれた町並みを歩きました。何軒か新しい店も覗きました。それから、またまたあのマッサージの女たち四人に「アミーガ」と声をかけられました。「ああ、アミーガス」と返しました。このスペイン語、友達という意味の女性形です。女四人が通りの向こうから走りよってきて、しばらく話をしました。

その一人、セニョーラ・フロリーアには、すでに三回、毎週月曜日にマッサージをしてもらっています。この前は夕方であとから寒くなったので、やっぱり昼の時間がいい、などなど、次の月曜日に向けても話しました。抱き合って四人の女たちと別れた後も、彼女たちは手をふりつづけていました。

それから、また町並みを歩きつつ、不意に涙があふれてきました。この一週間、そう特におととい木曜日に、魂をかけてグループの皆と話し合った余韻が深く深く尾を引いている私には、私がこの町を、この町に生きる人々を、知ってしまったこと、心からいとしんでいることが身にこたえました。この感覚をなんと名づけたらいいのでしょうか。

グループでのさまざまなことを今、私はここに記すことはまだできません。ただひとこと、「王様は裸なのよ」と身をもって語りかけなければならなかったことが、ずしいんと響きつづけています。このままのことばを言ったわけではなく、今にしてみれば、まさにこのひとことに相当する意味あいを言うべく、臨んでいた話し合いだったのだとわかるばかりです。

実は、木曜日の前の晩、正確にはその日の朝三時まで、日本の友人と安いテレホンカードを使って国際電話で二時間近く話をしました。というより、話を聞いてもらいました。その友の語りかけなしに、木曜日の皆との語り合いはありえなかった、そのことも身にしみます。

そうして、日本から遠く離れたここクスコでは、スペイン語の教室と、街角での語らいが、私には上等のセラピーのようでもあります。

そうそう、今日は特別なことがもうひとつありました。広島から来たユミ先生がタクシーに忘れたものを、そのタクシーの運転手がわざわざ家まで届けに来てくれたのです。この運転手とも、短い乗車時間のなかで、かなり話し込みました。最後に、「アミーゴ」「アミーガ」と言い合って分かれました。名乗りあいさえしました。そうこの二月十四日の守護神とおなじバレンティン運転手は、ペルーではありえない、置き忘れたものを届けるという奇跡を実現してくれたのです。それは短い間であれ、出会いのエキスのような会話をしたせいのようにも思われます。

心は痛いけれど、まぶしい町の光がいとしい。そんな土曜のひとときでした。

ケイコ




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