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手首に激痛、私もメンテナンス

おととい、陶芸祭りが終わった翌日、ヒデコとカラは温泉に行ったが、私は行かなかった。行けないほどの疲労感と、久々に飲んだコーヒーで頭がふらふらで。

帰ってから、腕が痛い、と言うと、ヒデコが特に痛い右手や手首をマッサージ、ぶらぶらとしてみたりもしてくれた。それから、延々数時間、カラと私たち二人は、四月の東京でのはらはらどきどきの収穫、カラの昨今など、話に話した。カラは、話を食べる。私も話を食べる。ヒデコは話は、時々つまみ食いくらいかな。がっぷり食べるときもあるけれど。

気づけば朝の四時。いや、寝なくちゃー、と歯磨きしようとしたら、歯磨きする手に力が入らないばかりか、激痛が走る。早速、ヒデコがお灸をしてくれた。手持ちの肩こり用シップも貼る。(こうやって書いていても、実はまだ少し痛い。)あの、ぶらぶらのマッサージが返って良くなかったのかもしれない。

翌日、そう昨日、外科もやっている行きつけの内科に。骨はレントゲンで異常なし。急性の捻挫というか、腱鞘炎のようなものだとか。で、ヒデコの行きつけの鍼灸院に行き、手続きの段取りを聞き、今日、鍼灸院にも行く。

今朝は、昨日から貼ったシップ薬が効き、痛みはほとんど和らいだように思えた。が、動かすと同じだ。だめだ。ちゃんとに治さなきゃ。

今日の鍼灸院での29歳の女性鍼灸師によると、「体の動かし方は体育系」なんて初めて言われた。年甲斐もなく、いったん前向きになると、乗り切ろう乗り切ろうと持てないものも結構持つ。

とにかく、腕、指先、手を集中的に使った自覚はある。

陶芸祭りの搬入搬出、その前後、深夜、広島の日本語ボランティアの人に、ペルーでの活動に向けて、ゴーサインの長い長いメールを猛スピードで打ったり、はたまた、夜中に洗い場に三重くらいの山になった洗い物を、前々から洗えなかった鍋なんかも含めて、洗いに洗ったり、お弁当も毎日作り。息子の午後のお迎えに車を毎日往復させて、狭い路での切り返しを何度かとか、もちろん、限度はわきまえていたけれど、祭り二日目は、昼と夜、ダブルイベントだったしね。

搬入中一度、後にひっくり返って転んだ。搬出中、ベロ亭の玄関で、上がりきらなくなった足のせいか、階段でけっつまずき、前に手首を折り曲げてすっころんだ。

おお、満身創痍(まんしんそうい)じゃないか。あれ、この漢字、合ってるかな。

これからの課題ですな。キーボードと、やきもの満載のコンテナの移動に手を貸すのとは、両立するか。やきものをくるみ、お客さんとやりとりし、お弁当を作り、ブログをアップするのとが両立するか。

実はね。昔、首都圏の鍼灸院で診てもらったとき、「あなたの体は、江戸時代くらいね」とたたえられたことがある。原初的な力、エネルギー、魂を含む体のありよう、とかを言っていたんだと思うけど。今日「体育会系」と思わぬ指摘を受けて、それを思い出した。

江戸時代の体育会系の勢いは、我を忘れてつきすすむってことか。そんなに我を忘れちゃいないんだけどね。というより、自分の限度をわきまえずにってのが、前近代的なのかな。

と、書き進むうちにも、指一本一本に疲労。かな入力はタッチ数が少ない利点はあるが、手をめいっぱい広げるリスクはある。昨日は、マウスを少し動かすのがやっと。今日はなんとか、キーを打ってはいる。

一日、動かないところがあるだけで、人は自らの体のキャパシティを思い知る。自分の限界と可能性を、あらためて「哲学」する。半端な哲学だなあ、なんて。

ケイコ




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