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ヒロシマ・ナガサキから60年

ペルーで、日本の都市のどこを知っていますか?と訪ねると、東京の次に広島と答える人は多い。原爆が投下された都市だという認識率も意外なほど高い。この町でこの日、日本に滞在し人類の悲しい歴史から学べることがあればと、会では広島行きを考えた。1年前の春、広島のギャラリーで岩国英子の個展を開き、縫部義憲氏に出会った。ヒデコの陶芸作品の傑作「にわとり型逆流式壺」を買っていただいたのだ。なんという偶然か氏は広島大学の日本語の先生だった。おまけに、後からわかったことだが、ケイコも何冊か縫部氏の本を読んでいるらしかった。それから1年後の今年の春、ヒデコとケイコは旅先の広島で氏に再会。日本語ボランティアをしているという奥さんの美千恵さんもいっしょだった。縫部氏はプエンテの会のニューズレター「クスコからの手紙」を読んで、会のあり方に共鳴してくださり、フスティノさんの来日にも協力したいと、伝えられた。広島には、フスティノさんのケチュア語の生徒である光枝さんもいる。縫部さんと光枝さんで、フスティノさんの15日間の受け入れ態勢がほぼ決まった。それが今日の始まりだ。写真は、お迎えの広島のボランティアの人たちと。


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