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≪緊急拡散希望≫ ♬ 大切な人の自死でノコサレタあなたへ ♬ 【ちいさな集い・悲しみにSOTTO虹】の次回開催のお知らせ 2月14日(日)ベロ亭にて 個人予約制で14時から,15時から、16時から 性的少数者歓迎どこからでも!

≪緊急拡散希望≫ ♬ 大切な人の自死でノコサレタあなたへ ♬
【ちいさな集い・悲しみにSOTTO虹】の次回開催のお知らせ
2月14日(日)個人予約制で14時から,15時から、16時から
今回から、Sotto虹主宰兼ソウルフリーファシリテーターの米谷恵子と、事務局担当の岩国英子が二人して、一人の方のお話に耳を傾けるスタイルを取ることにしました。
場所は、ベロ亭に来られる方ならベロ亭の談話室で。
無理な方は便宜を考えJR北陸本線武生駅至近の人目のない場所を考えています。参加費は50分単位で千円とします。
たとえば京都なら一時間少し、関西はすぐ隣りですし、県外からの参加も歓迎です。
この土壌に根強い「家の恥をさらすな」といった偏見の壁に包囲されている厳しさを考慮、お一人の話に誠心誠意耳を傾けることから始めたいと原点に立ち返るように思っています。
自死でノコサレタ当事者同士が集まってこそ、場が穏やかで優しい力を並大抵ならぬほど持てる確かな実感も蓄積してきました。が、たとえ同じ立場の人でも居合わせるのは困るという切実な声もあり、当分の間、福井県内の開催ではこの方法を取ることにしました。
むろん、今まで通り「公認されない悲嘆」に属すると言える、あらゆる少数派に関わる自死でノコサレタ方々…性的少数者、発達障害・精神疾患当事者、外国籍住民など…も積極的に受け入れたいと思います。
あるいは、大切な恋人を親友を同僚を亡くされた方でも。
ただ、この県では既存の家族の枠のなかですら、自死はまさに公認されない死なのだと痛感しています。日本中そうなのでしょうが、特に福井県ではいまだ自死遺族をサポートする態勢が行政レベルでも俎上に挙げられていない段階で、無風状態をまさに思い知る、この一年間の営みでした。支援を約束していた公職にある方からも一切、「どうですか」という類いのお声かけもされない、というのは、覚悟してピアサポートに踏み出した者としては、きわめて冷酷で無関心な風土を感じざるをえません。
というのも、私たちも当事者性をきわめてつよく持つ、脆さも弱さもだからこそ丸ごと受けとめたいと願う、時にはねぎらわれる必要もある血も涙もある人間だからです。
きわめて残酷なこの土地の実態を一年の営みの後にお知らせするのは忍びない気持ちですが、二人してやれる範囲のことは、これからも続けていきたいと思っています。
特に来年度は、性的少数者向けの【ちいさな集い】を全国展開できればとも考えています。このマイノリティがいまだ、「喪失体験すら、まるごと喪失しているマイノリティ」だという実感と認識は揺るぎなく深まっています。たとえば、自死の現実を説明するだけの檀上の人の声のさまよいぶりは、はかり知れず、そんな頑なさに潜む深刻さを思う日々です。
なお、連絡先は、携帯℡ 090-2093-1739
(午前中は不可・昼から深夜まで・米谷)です。
FaxはSotto虹専用で、0778-67-4159 です。
こちらはいつ送信されても構いません。返信にしばらくお時間を要しますので、ご了承ください。
また、どうしても2月14日が無理という方には、特別に21日にも予約を受け付ける余地をなんとか考えようと思っています。
なお50分では不十分と思われる場合は、ふたコマまで参加いただくことも可能です。その場合、参加費は二千円となります。カンパも集まりにくい中での営みです。ご了承ください。

| 悲しみにSOTTO虹 | 16:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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9月の、Sotto虹あゆみあい塾 は 北陸中日ポプレス の 1月末のベロ亭の(英子の)記事〈レズビアンマザー、寄り添い40年。闘う、最愛の家族と〉を読み込む参加型学習会でーす!!


9月の、Sotto虹あゆみあい塾 は 北陸中日ポプレス の
 1月末のベロ亭の(英子の)記事を読み込む参加型学習会でーす!!

といっても、8人の参加がすでに決まっていて、会場は今回はベロ亭の展示室兼談話室? とあいなりますので、定員! を冷静に考えると、あと2人の参加者しか無理な状況です。


そこで考えたのですが、参加したい方は以下の記事を読んで、どう関心を持たれたのか、どのあたりにこころが動いたか、あるいはどんな点が疑問かなど、まず伝えていただけないでしょうか。
その上で、あと2人の枠にお入れするか、判断させていただこうと思っています。

日付は9月22日祝日 時間は 参加型本格学習会 6時pm~8 
  持ち寄ったものなど、つまんだり飲んだりしながら                  おしゃべり会  8~10頃まで
  といった感じで予定。ぼちぼち5時半頃から集まります。

今回は、「逆境を突き抜けたベロ亭の人生の QOL 語り継ぎ塾」の側面も、あわせ持つことになるかと思います。
というのも、あゆみあい塾では、あくまでも、参加者の自己発見や気づきに向けて、尽力してきましたが、そろそろ私たちベロ亭の人生から、このSotto虹の営みが、どう発しているのか、というあたりをお伝えしなくては、と思うようになったからです。

つまり、そろそろヒト様のための「あゆみあい塾」の側面から、私たち2人の人生をお伝えしながら、参加者との接点を探っていくような、そんな集いを持ちたい側面がかなり切実なのです。
自分たちを、こんなにも取りこぼしていては、ちょっと不本意かも、っていう気がすることも多い、この頃です。

風の噂で、ベロ亭は「自分の回復のために、ヒトに向き合うように求めてくるからなあ」といった声すら、はるばる県外から聞こえてきたりします。「回復」という言葉に、ははーん、回復しなくてはならない人生をやっていることは知っているんだなあ、と感心はするものの…だって、これさえ忘れている人がほとんどですから…後半の「ヒトに向き合うように求めてくるから」には、微妙な思いが錯綜します。

だって、こんなことを求めたりできないってこと、よくよく承知していますからね。だから、偶数月のノコサレシ者たちの「ちいさな集い」では、私はスタッフにどこまでも徹して、でも、真の芯からのこころの声って、お互い触れ合うと、すごいことが起きるなあって関心したりもしているくらいなのです。

きっと、「求めてくるから」という声は「向き合うことの必要性や必然性」を知っている声だという気がします。その上で、「自分のやりかたで向き合うシー」的な、距離をもちたい感覚がちらつく気がして、まあ自然でもあり微妙でもあるにはあるのです。

ただし、それが私たちと触れ合わない理由になるとしたら、かなり残念というか無念なのは、もっともなことですよね。

このポプレスの記事は、女性記者さんとの、はてしない時間を費やした語り合いの末に、結実したものです。
私は掲載された当日に、「取材される空しさって知っていますか」という文章を書きましたが、そんな思いをも大切に思ってくれた記者さんだということがあるからこそ、記事の結実があり、私もそう書けたという気がします。

良い記事も良い番組も、被取材者の心を砕くほどの尽力なくしては、ありえないのです。(むろん、取材者の資質も大前提です。)
そう、黙っていて生まれるようなシロモノなどありません。

ということで、まずは、新しく参加希望の方、上記の質問にお答えいただければと思います。

今回は、「私たち2人の人生を少しでも理解していただきたい、そして語り継いでいきたい」という思いを、まず大事にしたいと願っています。
水をかけたり、薄めたりという人の存在も大切な場合もあることを、スタッフに徹するときは、よく判ってもいるのですが、今回だけは少なからず、私たち流儀にも徹したいと思っています。

その点、ご理解の上、まずは参加希望の方は、コメント覧にでも一言書いていただけますでしょうか。参加が決まっている方も、ぼちぼち読み込んでみてください。

なお、お断りしておきますと、すでに参加が決まっている方々は、あゆみあい塾のリピーターとなっている方々です。コミュニケーションの蓄積が何らかの形である、信頼関係ができてきている方々です。どうかあしからずご了承ください。

それでは、以下に、北陸中日ポプレスの1月末の記事を掲載します。端的にしてシンプル、シンプルにもかかわらず、かなりの奥行もはらむ、この言葉の奥にあるもの、省かざるをえなかった事柄など、想像しながら読んでいただけたら嬉しいですね。
えっ、想像なんかできないって?
それは、困りましたね。

ということで、まずは読解力、想像力が、試されちゃいますね。アベくんが嫌っている力が、ここではまず必要なのデース!!

2015年9月10日   Sotto虹主宰・米谷恵子

http://www.chunichi.co.jp/…/popress/feature/CK2015012302000

| 悲しみにSOTTO虹 | 21:01 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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三人の合作の7月11日のコラボのフライヤーを深夜に入稿した。

三人の合作の7月11日のコラボのフライヤーを深夜に入稿した。

昨日も徹夜、やばい、今日も徹夜になったら、次の大事なこの5年を賭けた作業の集大成になる作業を水曜日までにやれなくなる。それでも私はせめてこのフライヤー制作に、すさまじいまでのエネルギーを共に費やしてくれた二人への感謝を記したい。

フライヤーのための絵を描いてくれたのは、
今回の「ベロ亭ジャーニー北海道篇」のコーディネートをしている
絵描きの友人だ。のえの絵、私と英子の絵。それにピアニストふたりの絵。
力作だ。ずいぶんと豊かなフライヤー制作へとつながった。

そして、今晩、さきほどまで頑張ってくれたMちゃん。
ありがとう。ほんとうにありがとう。子連れでこんなこと、してくれるなんて。
そんなことが、この我が? 市内で起きるなんて、
まるで奇跡が起きたみたいだ。
かくして、私が徹夜でまとめたワード原稿が、北海道の友の絵とともに、
ベストのデザインでまとめられた。

「こんなに字が多くて誰が読むの?」と言った人、
ちゃんと見なさいよ。そんなシロモノになっちゃいないんだから。
えっ、そんなに少ない枚数しか送らなくていいんですか。
そう内心思ったけれど、やはり少しまとめて送りますよ。

人の生き死にに、自らの声の表現で、
自らが書いた言葉で向き合うというコラボ。
それは伝わる人には、がつんと伝わるものなのだ。
伝わる人には、がつんとね。

三人三様の働きをして、ひとつのフライヤーができていく。
むろん、英子も彩りやら、まとまりやらの意見もした。
四人の共同制作と言えるかな。

しらじらと夜が明けるのをこの日々、一体何回見たことだろう。
どこまで私は、歩くのだろう。

それでも、こうやって、はるか北の地にも、
この、ここの、このそばにも、確かに応援してくれる人がいて、
心を砕き、エネルギーを費やし、
ありえないほどの集中をして寄り添おうとしてくれる人がいるのだ。

ありがとう、こんなにもたくさんのものをくれて。
人生よ、ありがとう、こんな日々をくれて。

フライヤーは、イベントの玄関口だ。
どんなイベントか想像をかきたてるエッセンスだ。

あとは、あとは、あとは、
私の脚本と、どんな音楽とどう組むか、
ピアニストふたりにも恵まれたという、
これまた不思議な事実に、誰が「主人公」かを忘れずに、
踏ん張って踏ん張って、
「うたうたい のえ」を、「ベロ亭アーカイブ」を、
そして、「北の大地を駈けぬけた日々」を伝えよう。

朗読する詩には「見えない子ども」と
シンボルスカの「一連の出来事のひとつの見方」も加えた。

人の生き死にのひとつの見方を私は伝える。
どこか対象的でもある、ふたりのピアニストの奏でる響きとともに、
いつもの英子の太鼓や笛の冴えた音とともに。

あとは体調のみ。
あとは心の余裕のみ。

コラボは、Sotto虹、のもっと手前とも先とも言いうる、
私をささえ、私を生かし、私を打ち出す表現の場でもある。
そこで、私は「ちいさな集い」という場をになう心にようやくなれたのだ。

昨夏の信州、秋の地元フクイ。
そして、今度は北海道。

翌日の7月12日は「ちいさな集い」を
「カトリック札幌はたらく人の家」でひらく。

あとは、そうだそうだ。
7月15日の旭川大学の講義の準備もある。

そうたそうだ。
記者にも資料を送らなきゃー。

いやいや、あの大仕事も忘れられる訳もない。

夜が明ける前に寝よう。
さあ、寝よう。とことん寝よう。

ケイコ

| 悲しみにSOTTO虹 | 04:30 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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[緊急拡散希望]Living with memoryちいさな集い 悲しみにSotto虹 の お知らせ あと1週間となりました! 次回は6月14日 日曜日 大切な方を自死で亡くした方の参加をお待ちしています  全国からもぜひ・LGBT や発達障がい関連の方歓迎します

[緊急拡散希望]Living with memory
ちいさな集い 悲しみにSotto虹 の お知らせ
あと1週間となりました! 次回は6月14日 日曜日 
午後2時から4時頃まで 偶数月 第二日曜の開催原則
大切な方を自死で亡くした方の参加をお待ちしています。


全国からもぜひ・LGBT や発達障がい関連の方
その他のマイノリティの方の参加歓迎

長文ですが読んで、ぜひ実行に移されてみては!
どんな催しよりも優先して継続している営みです。

今回の冒頭では、こころを決めて進行役のスタッフが、
当事者として、ご挨拶を兼ねたお話の折、
親が子どもを亡くすという体験から、
重要なことをお伝えする所存です。
親に先立つというだけで「親不孝」と断じる世間の残酷さ。
そんな意識に世間も身内も巻き込まれてしまいがちな現実。
その辺りのからまりの、微妙なニュアンスをひもときます。
それから、じっくりと分かち合いに入ります。

以下は、リーフレットから掲載したものです。

[のえルーム]から[Sotto 虹]への、はるかな旅路
私たちベロ亭の二人は、今年、人生の伴侶として40 年目の節目を迎えます。その間、高い峰あり谷ありの女同士のパートナーシップを丹念に紡ぎながらも、日本中を仕事で駈け巡り、女たちが風通しよく生きやすい社会をと力を尽し…。また、10 年程国際支援で行き来したペルーでは、貧困の只中で生き抜く人々の鮮やかな活力に、国境を越えた眼差しをもつちかいました。
首都圏から移住して、70 年代後半から合わせて5 人の子どもを育て、巣立った娘のひとり「うたうたい のえ」を37 歳で、6年前に自死で喪ったことは、よんどころなく人生を根源から問い直す体験となりました。
娘亡き半年後、音楽コレクションや本や服を並べて娘の部屋を再現。その「のえルーム」こそ、のえという樹の元に、のえに逝かれた様々な葛藤を友人や音楽仲間、ファンが持ち寄りながら、そんな大きな問いにおのずと心静かに向き合っていく、穏やかでかけがえのない場となっていきます。
二人のパートナーシップを軸にテレビ取材を受けていた私たちは娘亡き後、それでも取材を続行。
「のえルーム」が全国放送された後、立往生した沈黙の壁は重要な教訓をもたらします。
「お二人のしなやかさまで丁寧に描かれた秀逸なドキュメント」とも評されつつ、「自死」への忌避感、思考停止に次々と遭遇、相当の覚悟でしたが、手に負えないほどの傷を受けました。
持ちこたえられたのは、娘の唄のCD と日記とセットの、ノンフィクション執筆への5 年におよぶ意志ゆえかもしれません。
そして、このたび、不思議な出逢いに導かれて、マイノリティである私たちが、自死でノコサレタ人々の「ちいさな集い」を地元で、また全国展開も含めて発信しつつ、持つに至りました。
ようやく手にした心の平穏を手放すことなく、大切な場にそっと寄り添っていかれればと、背筋を伸ばして祈る思いでいます。            主宰 米谷恵子// 事務局 岩国英子

専光寺アクセス  福井県鯖江市石田下町23 の29
・JR 北陸本線鯖江駅タクシー2000 円、福井鉄道神明駅徒歩30 分
・京都大阪方面なら特急で1時間程新快速敦賀まで、乗換て30 分
・東京方面なら新幹線で3 時間。高速バス夜昼あり往復で15000円
・各地からの高速バスも各種あります。検索してみてね。
・北海道や九州からは、早割などの空の便で計画してみては?

「今でなければいつ」と思ったら、旅立ちの時です。
当日は通りの〈Sotto 虹〉の看板がお迎えします。

駅やインターへのお迎えも可能。実費負担。連絡を。
遠方からの参加の方の宿泊は、まずはご相談ください。
お世話する側は、心の準備をしてお迎えします。
夏場はお寺に寝袋持参でも。ベロ亭至近「若竹荘」3000 円
JR 鯖江駅前「ホテルおさむら」4000 円自炊可。

LGBT、発達障がい、精神疾患、外国籍住民などマイノリティ性を抱えた方々の参加を積極的に受け入れています。
逝った人がそうであれ、ノコサレタ人がそうであれ…。
通常の集いでは、とても理解されないだろうとなかなか言えない事も、できれば思いきって話してみてください。
あなたがあなた自身であることと、ノコサレタ立場であることのつらさの絡まりが少しずつでもほどけて、心の整理ができるよう心から応援したいと願っています。
LGBT など事前連絡があれば、別の時間を設けます。
他府県からの参加ももちろん、心から歓迎します。

安心できる場と時間にするためのお約束事
★お話できる事からお話ください。話したくない気持ちも大切。
★呼ばれたいニックネームでの参加もОK です。
★集いの中での話は、他所では話さないでください。
★それぞれの思いに耳を澄まし、お互いの意見や気持ちを、大
事にSotto 語り合いましょう。

参加された方の声より

○心に押し込めてきたことを初めて口にし、少し見えてきたもの。
行きつ戻りつ生きていきます。 20 代男性 地元
○ひざつきあわせて、心の芯から語り合う。この場だから、腹を
くくって語れる瞬間の、尊さと安らぎ。 60 代女性 L 地元
○この場でここまで話せなかったら、つらい気持ちのまま、ぐる
ぐる周りをずっとしていたと思います。 40 代女性 地元

はるばる遠くから訪ねられた方の声より
○何ものからも目を逸らしてはいけない、考える事を諦めてはい
けない。自らの生に疑問を持ち、次の瞬間にも床に身を投げ出そ
うと、いや投げ出すまいと足を踏ん張り、下を向く頭の重さにじ
っと耐えている人に、空を見上げても、鳥や花にさえ涙がにじむ
人に体感してほしいと思います。生も死もその中に抱き、流れす
ぎていくひと時をとどめる場。おそれ傷ついている生に、死に、
正面から向き合う事をそっと語りかける場。温もりを感じます。
首都圏から 40 代 L 女性

主催 お天気雨に虹・ネット
NHKE テレのドキュメント出演から生まれた
【子を持つ/持ちたいLGBT に思いを寄せ、
生と死を思う辺境の森】構想の実行母体となる団体名

| 悲しみにSOTTO虹 | 00:44 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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札幌へ、北の大地へ、だが、これではきつすぎる…長文ですが最後まで読んでね

札幌へ、北の大地へ、だが、これではきつすぎる…長文ですが最後まで読んでね

札幌の7月12日日曜日には、「ちいさな集い 悲しみにSotto虹・札幌編」の会場も決まった。
その前日の11日の土曜日の『再生のための、声とピアノとパーカッションのコラボ・まっしろな雪のなかで、ほんとうのことを見た』のための、フライヤー制作に向けて、ピアニスト二人との調整、プロフィール作成のためのインタビューも昨日から。
今日は二人目のピアニストとだ。なんとぜいたくな。今回は、二人のピアニストと組むコラボだ。
 むろん、英子の太鼓や木魚、そして土笛、ちいさなサンポーニャはいつも道つれだ。

 一人目のピアニストは谷百合子さん。3回目か4回目の実に十数年ぶりのセッションだ。
 もう一人、会場のコミュニティカフェtone のオーナーでもある、ピアニストの宮澤洋子さん。唄の伴奏は聴いたけれど、実際は、ソロやセッションでどんな響きを出す方なのかは存じ上げてはいない。
 だが、私は決めた。二人ピアニストが揃った段階で、それも二人ともに「ぜひやりたい」と、しかも熟年の大人として「もう一人の方のほうが良ければ、そちらでも全く構いません」と筋の通った物言いを同じようにされて、2日間悩み抜いた。谷さんとの昔のセッションの朗読も聴きなおしたりもしている。
 そして、決めた。二人ともとやることに。なんというぜいたく。しかし、それなりの脚本というか筋書きをしなければという、私の側の使命は大きくなる。
 宮澤さんは、ご本人も公表されているのでここに書くが、ご両親をまだ記憶のない頃に亡くされている。私と数カ月違いの生れ。そう、二歳頃に、あの洞爺丸事故で青函連絡船が座礁ののち、沈没した事故に遭われたのであ。
 話してみて、その慎重にして率直な物言いに私は組んでみたいと思った。お互い初めての出逢いだから注意深くもなるが、なにか言い知れぬご縁も感じている。
 かたや、潔くも大胆なピアノ弾きの谷百合子さん。これは面白いことになるなあ、と私は身を乗り出す。

 しかしだ。もう一人、声を出す人を探そうとして、昨日、私はつまずいた。
 いちいち、このコラボの性質をこれから人に説明するのに耐えられないという、私の側の精神的負担への危惧が顔を覘かせるような電話をもう一本したからだ。
 娘が亡くなったことを言った。すぐにではない。
 やがて、話が深まるうちに、自ら、ということも言った。
 いずれも、「そう…」と声は沈んでいった。無関心というのではないけれど、かといって、なにか「それは大変でしたね」とか、「そういうものをこめたコラボなんですね」など、反応しはしない。それで、十分に疲れたし、それで十分に前途多難なことが想像された。
 よっしー、これはフライヤーで公募するしかないかもしれない。
 それでも、フライヤーの内容から、これは通常のイベントとは全く異質であると気づく人と、気づかない人とがいるのは、昨年秋の地元での、音響の人との行き違いで経験ずみだ。どうしようかな、と少しまいってしまう。いや、そんな場合じゃないよ。
 がんばって、のえの絵も、私たち二人の絵も、それから二人のピアニストの似顔絵も描いてくれた札幌の友人との共作となるフライヤーを仕上げなくては。明日には、宮澤さんとのインタビューが待っているのだ。

 その合間。その合間、と言っていいのか判らない。
 のえのノンフィクションの仕上げの仕上げも、すでに微調整の段階だが、あと少しあと少し、残っている。少しだが、手は抜けない。非常に微妙なまさに微調整で、その数行をどこに入れると効果的なのか、という、創造的にして直感的な力を保持していなければできない作業だ。
 そこに気持ち乱れる、悪意なき「無関心」を感じとる。そこに、帯広の会場の変更が入る。そのためのシール貼りまで入る。 北海道への発送につぐ発送も入る。
 そして、のえのノンフィクションの八章の確認がてら、何人かの自死遺族の方との電話も欠かせない。それなり誠意を尽くす。そして、北海道につながる方を見出したりもする。
今や、そっと虹は、もしかしたらそれなり知られた、今までの日本になかった少数派も安心して参加できる「分かち合い」として、「急成長」をしているのかもしれない。
 だが、何が「急成長」なものか。やっているのは、63歳と68歳の二人。やきものの仕事も、コラボの構成も、そして、原稿の最終仕上げも欠かせない段階と全てがかさなる。
 来週からは、いや、この日曜日からは、英子はやきもの教室が四つも続く。

 一体どうするのだ。えっ、どうするのだ。
 これが、「パワフルでエネルギッシュ」な私たちの現実だ。つぶれかねない現実だ。

 倒れ込むようにして、私は寝入り、ふっと起きだして、のえの「あの日」の重要な書き足しを進める。過去形と進行形と現在形の、文体の調整が気になりだす。
 そして、重要な書き足しをどこに入れるべきか悩む。満杯。
 
 そして、このfbを書きだした次第だ。

 どこまで行ったらいいのだろう。どこまで行ったら、届くのだろう。
 どこまで行ったら、ゆるしあえるのだろう。
 札幌の女たちが、対立したまま、膠着した関係が続いているなかに、入り込んでいくのに、ひるむ気持ちもむくむくと湧き上がる。私たちとなにかある訳ではないが、あの北の大地の大都市では、ご他聞に漏れず、対立と消耗と苛立ちが渦巻いていてもいるのだ。
 そこに、「自死に向き合う」要素はどこまで沁み渡るのか。
 そこに、生きづらさと苦悩にそっと寄り添う姿勢がどこまで届くのか。
 
そして、虫食いのように、のえを死を知る人の不安が放置されている現実の荒野に私はどう足を踏み出せるのか。
大好きな生れ故郷のすがすがしいばかりの六月の空気を切望しつつ、私の不安もまた募る。
のえ、どうしたらいいのだろう。
信じるものを抱きしめて、歩むしかないんだよね。
原稿の書き足しは、そこそこ、どうしても必要なもの以外は、残してもいいかもしれない。見切りもつけなければ…ね。

そして、あの久々の友人の絵をも生かして、私はフライヤーを仕上げ、北の友たちへとまた語りかけたい。また向きなおしたい。
ねっ、そうだろう、のえ。
切ない朝が明ける。
朝日が射しだした。
朝焼けの澄んだ空が見える。鳥たちのさえずりがする。

Here comes the Sun
Here comes the Sun

ニーナ・シモンのあの魂の底からの、
うねるような低い声が私を呼ぶ。
のえのあの、魂を体中からしぼりだすような声が、
私を呼ぶ。

様々な雑事とともに、私はそれをもこなす。
英子ともうぶつかってはいられない。
もうぶつかってはいられない。

ぎりぎりの二人。
ぎりぎりの二人が営むSotto虹。

虹。虹。虹。やっときたよ。ここにも。
そう言える日まで。
やっと大きくかかったよ。
そう言えるまで

いや、朝日はもうそこにある。
朝日はもうそこに…。

この空は北の大地にも、南アメリカの渇いた地にも、
続いている。続いている。

朝になると…♪
うたってる…♪
朝になると…空を飛ぶー…♪

2015年6月4日朝4時半 恵子

| 悲しみにSOTTO虹 | 05:10 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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