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判決から一週間、陶芸祭り前後から「アウト・オブ・一週間」…ひっかき傷も癒えたか

判決から一週間、陶芸祭り前後から「アウト・オブ・一週間」…ひっかき傷も癒えたか

いやはや、こんなにも超ハードで生きていくことをしていていいのかしら。
しかし、判決の日取りが日取りだったし、ヒデコはヒデコでお初の陶芸教室の受講生の作品のために、これまた、まだ具合を調整中ともいえる電気窯でのチャレンジが、これまた「越前陶芸祭り」の搬入やらの時間にずれこんで入り込んで、まあ、考えられないハードさでした。よくやりました、というより、よく生きていた、と思います。

5月27日のヒデコの誕生日のエールの、幾人もの方からのお手紙…もうひとつのネット上ですが…には、彼女のバイタリティを単にたたえるような内容はさすがに減っています。

21日水曜日、地裁判決の日には、最初のお手伝いの人に来てもらって、祭りの設営の道具の積み込みやら、やきものの在庫を奥から出してもらった。
独特の方で、意義のあるお話も少しですが、休憩時にできました。庭から栄養をもらった気がしたその方が、仲間で使おうとネット上で言い出したのには、ヒデコも「プライベートなお庭」と待ったをかけましたが…。あの庭が単に、花いっぱいの自然だけで成り立っている訳ではないという想像力はなかったよう。
「私たち二人の知恵を集めた庭」とかなんとか、ヒデコは応えたようです。

22日木曜日、いよいよ本格的に準備に入る。もちろん、ヒデコは何日も前から、出す品選び、窯たき、制作の段取りなどなどに追われています。そういう中で、本当は時間的にも体力的にも「行ってはいけない」判決直後の集まりにヒデコは駆けつけたのです。

前日21日にあの章を書き上げた達成感も大きく、私はまれなる切り替えを久々にできたと思います。夜には、Kさんが来てくれて、前日車に載せた設営の道具を出店テントまで運び、また今度ベロ亭でやきものを車に運び入れるのに力を貸してもらいました。細かい段取りの中で、なんとか翌日の見通しを少しでも無理がない方向にした訳です。Kさん、いつもありがとう。どれほど助かっているか判りません。

23日搬入の一日。ああ、きつかった。私もこの辺りからは毎日四時間か五時間しか寝られませんでした。ヒデコが二時間とか三時間睡眠になっていて、生きていてもらえるように必死でフォローしました。

搬入はマオちゃんとゴーくん。それから、ある人づてに来てくれた年配の男性。うーむ、いろんな時間があったなあ。側溝のフタが未完成でヒデコはそれから始めていた。なんか、その姿がどこか自分の中で詰まっていたんだな。いや、これは前夜かな。

設営、展示の展開については触れません。マオちゃんが早めに帰り、初老の男性も去り、ゴーくんも夜遅くベロ亭に引き上げ、ヒデコもついに深夜に窯の様子を見にベロ亭に行ってからの私一人の時間がこころに刻まれています。午前一時過ぎまでは、かなりつらかった。過労状態。一時を過ぎた頃から、別ゾーンに行きました。陶芸祭りでこういうエネルギーを出したことは余りありません。キャラバンの準備ではいつもそうだけれど、別次元の、パニック発作もふりきるような精神力が出てくるというのは、自分でも驚きでした。三時まで一人。ヒデコは窯の火を止めるタイミングを見たりで、ベロ亭で戦々恐々。

三時頃、石垣の上の休憩用テントの布を替えたりしていた時に、このまま石垣から落ちて死んでも朝まで誰にも発見されないのはいやだな、ってぞくっとした瞬間がありました。
うん、あそこは足場がものすごく悪い。去年より広いところに設営したぶん、危ないところが広がったのです。

祭り初日、24日、2日目の日曜日25日と、二日間、お手伝いの人たちの分もお弁当作りをまっとうしました。一日目のヒデコはかなりかわいそうだったなあ。二時間睡眠で、二人の助っ人さんは、慣れないのを承知で頼んだ人たち二人だから、ずうっと奥の椅子に座っていることが多かった。フォローしてもらうなんてかなわなかった。まあ、手持ちのタブレットの電卓で8パーセント+と8割の計算をしてくれたり、包んだりやお金のやりとりはしてくれたけれど、基本、接客というのは「なし」でした。私が見た限りでも。

しょうがない。「不慣れです。できません」という傾向の二人が揃ったんだから。
私がお弁当を持って駆けつけた昼前、二人は奥の椅子で自己紹介をしあっていました。団らん。私は挨拶しましたが、すぐには気づかないので、追加の花を生けたしたりしていたら、やがて気がついて、なんとも言えない気まずい始まりでした。花は、前夜から生けるという手早い段取り。生ける花なら溢れる庭ですからね。花で随分出店テントは映えます。

実は、その時はヒデコはついにぶっ倒れて寝ていたのです。うちに泊まり込んでいた若者は、ヒデコが二時間睡眠だということは知らなかった。知ったら、「寝てください」と言ったと聞きます。その後だか前だか、彼も寝たと聞く。ヒデコの圧倒的睡眠不足対策で用意した長椅子のクッション。彼も利用できて良かったね。でも、ひとこと「どうしても眠いから寝ます」は必要だったと思う。出店中というのは「たたかいの現場」です。でも、彼は前日搬入でやりきったんだから仕方ない。仕方ないんです。

で、「たたかいの現場」というのは、圧倒的にただの群衆に成り下がった人々に、人間になっていただくという「コミュニケーション力」を必要とします。その部分は白旗のお二人が揃った土曜日。私たち二人の機運や意気込みに影響しました。それもまた仕方がない。

いやあ、やりましたよ。どんどん話しかけた。
おい、お前も人間だろう。目の前の「ヒデコのやきものが見えんのか」とは言わないけれど、目に留めさせる話術。これって相当高度なコミュニケーション力なんだと今回ほど思ったことはありません。娘のヤエが以前に私に言ったことがあります。
「ケイコちゃんはお客さんの脇から回り込んで話しかける。あれは私にはできない。」
うむ、年を取ったのでそれもするけれど、テントの前面の一番はしっこにおいた椅子にすわった状態で、立ち止まる人にどんどん話しかけるのね。話しかけました。

2日目。マオちゃんとエカちゃん。ひとつひとつのやきものの特徴もつかんで通る人、テントに入る人に話しかけるという事々を当たり前のようにする二人でした。うーむ。こういう日もあって、まあ、ああいう日もあるということで…。
気温も上がって暑くなった午後、汗だくの接客のただなかで、「本気の冷やかし」にも遭遇しました。冷やかしってないよね。フクイ県では…。関西なんか当たり前だよ、いや、関東でも…。ああでもないこうでもないと、ケチつけるのが、人と人としてのやりとりなのよ。愛とユーモアに溢れた…。思ったね。そうかそうか、「本気の冷やかし」もない、さびしいさびしい祭りなんだなあ…ここは。キャラバンなんか、「本気のすったもんだ」こそが楽しかった。醍醐味だから、祭りの対極にある訳だ。少なくともこのムラの祭りでは…。

夜は、自然と、滋賀県から来たエカちゃんとフクイを突き抜けた若手のマオちゃんと、夕方のお茶タイムが、気づいたら夜のご飯タイムになり、私はマオちゃんと随分とゆっくりと大切な話もしていました。うん。あのお庭がしみじみと良い庭として生かされていた。夜の闇に浮かんだろうそくの灯りと共に、思い出されます。

お弁当は気合い、二日間入れましたから、「おいしい」と言っていただけた。
中身は内緒。こういうお手伝いをしたら、私の気合い料理食べられるぞー。

マオちゃんが「アルバイト」と位置づけてくれたことは発見でした。そう、この「売り子」のお手伝いだけの方々には、ほぼ一日お店にはりついていてもらうので、「アルバイト並みか、人によってはアルバイト以上と感じる」やきものの見つくろいプレゼントをさせてもらっています。これをマオちゃんが「アルバイト」と言ってくれたのは、このプレゼントに私たちの心意気を感じてくれたマオちゃんの心意気であり、心意気と心意気が呼応しあった証しです。これからは、そういうことで人に呼びかけるべきかもしれませんね。

3日目。雨にたたられて、ヒデコはお手伝いの人が遅れたのもあって、一人で台の大移動をしたりで大変だったよう。お弁当もおにぎりと一品、こころはこめたけれど、まあお手軽にしました。祭りは雨はだめだ。でも、ヒデコの努力の甲斐あって、敦賀のやきもの教室の受講生さんたちが自分の焼き上がった作品を取りにも来てくれた。次々と、このテントに向けて来る人たちがいたのは嬉しいことでした。雨はいやだったけれど。

4時からは搬出。Kさんに加えて、少し遅れて近場のある方も見えました。力持ちのKさんと、この方の手慣れた淡々とした作業っぷりに支えられて、何もかもが濡れそぼったひどい雨の中でも、なんとか乗り切れたのはありがたいことでした。
搬入と搬出は、違う次元のお手伝い。引き続き人間関係がある方々が多いから、次の時間へとやりとりが託されます。

ええいっと。27日。ヒデコの誕生日。
「ケイコちゃん、何か言うことあるでしょ」
「うーむ、お疲れ様。よくやったよ。よく生きているよ」
「まだ言っていない。」
「本当によく頑張った」
「まだ言っていない。何かあるでしょ。」
「えーと、そうか、あれ、そうか、誕生日あめでとう。」
私たちのやりとりはこんなものです。誕生日に飛びついて、おめでとうメールをくださるような方々のノリとか、そういう立場とは私は違うというか、うむ、なんだろう。

温泉休みでスーパー銭湯に行き、鍼灸院に行き…二人ともに体曲げる時に「痛い痛い」にセンセーがあきれてました。徹底的に治してくださったけれど…、それから、レストランに誕生日のディナーと。
いやあ、ほっとした。一年のうちにこういう日が、数日はあってもいいよね。
このレストランで撮った写真がヒデコのしているネット上で「いいね」が100を超えたらしいです。私と一緒のテーブルを囲んだ写真。

28日、おととい、もう皆様おなじみ?の行きつけの園芸店の月一の2割引の日。炎天下に選んでいたら、これまた憔悴しているのに元気が出てくる。白い花が多い。春の花を植え替えるための準備。日々草、花すべりひゆ、トレニア、ダリア、ニコチアーナなどなど。一ヶ月かけて春の花が弱ったのと入れ替えていきます。

なんだかんだ言いながらも、まあ、こんなそんなの日々にも、朝は花がら摘み、水やり、苗の植え替え、などなどこまめにやっています。祭りが終わってからは、園芸のぶあつい本を読みかけて、植木鉢の種類別特性を確認しなおしたり…。
はいはい、素焼き鉢がいちばんで、駄温鉢が2番目…これはヒデコの低音のやきものと同じ千度焼成…、本焼きのやプラスチック製のが1番植物には過ごしにくい。まあ、冬の寒気を防ぐのにはいいのでしょうけれどね。

で、結局戻ったのは、「ものぐさガーデニング」の薄い本でした。これでほっとするの。失格でいいのよ。気晴らしの園芸なんてという割には、もうかなりパーフェクトな雑草と共にあるガーデナーですわ。ふふ。雑草伸びたなあ。お前らも草だもんなあ。

実は、人と関われば関わるほどに、なんとも言えないひっかき傷のようなものが残ります。
物を運び入れる瞬間が合わないと、手を貸した腕をぎゅっと押されて、痛いのを我慢するのなど、キャラバンでは余りなかったけれど、それでもひっかき傷は残ります。
あの手、この手、猫の手も、という時には、ひっかき傷は残ります。

そんなどんな瞬間が「ひっかき傷」かなんていちいち書きませんよ。
私だって、相手にのこすんですから、ひっかき傷を。
ひっかき傷はヒデコの誕生日の一日と園芸三昧デーでなんとか…。

いやいや、次の課題が浮上もしています。あああ。
7月の予定決めなきゃー。
あの人と話さなきゃー。明日。それから…。
あの人に手紙ですむかなあ。どうしょ。


昨日はある映画を観ました。ある方の薦めもあって…。
かなり心配でした。でも、思いきって観た。
『アクト・オブ・キリング』。
…殺害という演技、とか、殺しの行為、とか訳されるのかな。
これについてはまた、別に書きます。
『アウト・オブ・キリング』と「アウト」になったり、
『アクト・オブ・キング』と「キング」になったりが必ずしも間違いじゃなくて、
ありえるなあ、という、
ショッキングで吐き気なしには観れない問題作。

いや、私は目を覆うことはあったけれど吐き気はなかった。
ヒデコは吐き気連続。
私のほうがタフなのか、
日本の現実の吐き気のほうがよっぽど差し迫ってあるからか。

これは別仕立てにしてブログ書きます。

ああ、これで『アウト・オブ・一週間』になれますかね。

そうそう、ヒデコのボックスアートのことですが、
今回、陶芸祭りのテントに展示してあった「境いめをこえていく」
という作品を見た、英語圏の白人男性が、
「アウト・オブ・ボックス」って言ったんですよ。

箱の外。
いや、彼は言いました。
「この箱の中は地獄みたいだねえ。火が燃えているし」。

『アクト・オブ・キリング』はインドネシアという島国の箱の中の、
地獄を描いたとも言える。
ヒデコの作品の、あの箱から這い出ようとする手の、
リアルな動きの一瞬がまざまざと浮かびます。

予告編はこのくらいにしようっと。

ケイコ
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ああ、一週間!…ひと、ひと、言葉、メール、花、電話、人の輪?

ああ、一週間!…ひと、ひと、言葉、メール、花、電話、人の輪?

大昔、「ああっ、結婚」っていう映画がありました。監督は、ビットリオ・デシーカだったかな。ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニが主演ね。観てないけど。あの頃から、「結婚」には懐疑的だったのかしらね。高校生だったろうな。

「ああ、一週間」というしかない、一週間でありました。よく、生きているぞ。まだ地上の人間としてよく生きている。ケイコもそうだけど、ヒデコもそう。
先に、ヒデコがこの一週間、そう20日に展覧会を終えて21日に搬出して、そのあと、新しいパソコンへのデータの引っ越しやら何やらで、もう釘付け状態だったことだけは書いておきます。これから書くのは、そのはたで、私に次々と起きたことでありまする。

この一つ前のブログでノベレッテンを始めたときの心境はまざまざと今も思い出されます。
創作の原点って、人に何も語れない、語る必要もないほどの静寂のなかにこそあるのだと思います。語る必要が尽きた、しんしんとした海の底から、そう深海魚がふつふつとあぶくを出すようにね。

この前の前にブログでかなりハードなノンフィクションにチャレンジしたので、自分の調整が必要だったんでしょう。書き手もただ書いている訳ではないんだぞー。
でも、ノベレッテンのアップは翌20日に。
19日に書いたのに、パソコンがアップをいやがってましてね。

18日から、久々の創作を開始したんでしたね。いろいろと再開。送るのひとつできなかったこともしたり、次々と夏のジャーニーの出演のオファーをして断られたり。これ、のえの音楽友のこと。東京から軽井沢は意外と遠い。子持ちだしな。
アイデア再考中。

そうそう、今日のカテゴリーは、「本日のキーワード」、
本日思いつく限りの一週間をテンポをあげてふり返らねば。

20日。大切なセンセー方にお電話。自分なりの節目始まる。C先生と話せてよかったな。N先生も。うむ、N先生は、少し混乱してもいたかも。いや、C先生もか。いやいや、そんなことないか。出先の電車のホームでいつもながら真摯で紳士な対応はピュアで本質的。
で、途中で切れて、メールを久々して、数日後にすごいメールをいただいた。

実に、この日、朝日新聞で夏目漱石の「こころ」の百年ぶりの連載開始。よりによって、私はカンサンジュン氏の「心の力」をこの日、読了。なんか、歴史と共に、私の読書もあるみたいで、ねらっていた訳ではないのに、漱石先生すいませんというか、ありがとさん。

実は、私、漱石先生の「こころ」は読んでいません。「門」とか「それから」とか「明暗」とかは読んだ。「坊っちゃん」「我が輩は猫である」読んでません。アマノジャク。皆が読むのは読まないの。高校生のときかしら。

でも、「こころ」のひっかかりは、別のところにあったと思う。読むのをやめた意識が段々と思い出されています。そして、この一週間は、丁度、六回の連載が終わったところ。土日は連載なし。昔の体裁のまま、旧文字が出て来たり、面白いな。この連載。それにしても、今だから、私という人間は「こころ」を読めるのかもしれない。しかしなあ…。

「心の力」の中に描かれたダボスだっけ。スイスの山中の街だけれど、きわめて象徴的な意味合い。ダボス、ダボス、私たちのしてきたことはダボスじゃないかー。していることもそうではないかー。

21日月曜と23日水曜は、起き抜けにヒデコと大げんか。さすがにくたくた。芯からぶつからざるをえない課題だから。

21日の件は、「おかしい」と勘づけた私がリサーチに入りました。あるお寺の方とのやりとりをCメールで実に十数回往復。彼女の側の忘却とキャッチしそこねた大切な事柄に関わる、向こうさんの誤りであることが判明。がくん。
反対に向こうさんの需要がアップになって、待ったをかけた向こうさんが後悔した次第です。出し惜しみするぞー。待ったをかけた自分と向き合えよー。

22日火曜、週一の鍼灸院。かなり調子悪い。上がってきてとてもいいところと、ものすごく衰弱しているところとが混在とのこと。そりゃそう。
ノベレッテンがどんどん浮かんで、
ほぼ書き終えても頭の中で終わります。椅子に向かう力がない。

終わった展覧会。鍼灸のあと打ち上げ、ヒデコと。うるさい軽音楽。「川の流れに沿って」をこんな甘っちょろい声で歌うな-。気持ち悪い。中国語しか通じない店の人に、やっとのことで音楽止めてもらう。漢字で筆談。だって私たちだけが客。
聴覚過敏ひどい。でも序の口。

その後が悪い。悪いよー。ヒデコとしては前日からのもちこし課題。
のえが唄っていたジャズバーがらみの出来事。ヒデコから聞き始めるや、持っていた箸落とす。気分悪くなって、ソファに横になる。
せっかくのご馳走もだいなし。ほぼ、持ち帰り。あとは書きたくない。
でも、その日の晩、マスターと話せたのは良かった。それで十分と今は思うだけ。
思ってないけどサー。

無理解の構造も判っているけれど、一回いっかい、ちゃーんとに私の心身の反応出るぞ。
これはすでにPTSD化してます。声も最近いつも枯れている。
出なくまでならないけれど、失声の直前のがけっぷち歩いているみたい。

23日のケンカも根深いな。二人の間が根深いんじゃないぞ。社会的な背景を思うと根深いだけ。のえの人生をどう見るかにかかってくるから。どう、把握するかにかかってくるから。ヒデコのほんのつぶやきからそれは始まったけれど、それは判るけれど、そうでないんだ。そうでないんだ、というのが私の心底の魂の声。
えっ、そう。心の底の下に魂、あるかどうかは知らない。

その日水曜と木曜は、大事な原稿の続き、相応の資料を揃える仕事。20日から執筆は再開していたけれど、なんでこうも「邪魔」が入るんだ。おいおいおい。

いとしき読者諸氏。私は一人一人を気づかっては書いていられない。
一年半ほど前、このブログへの悪質な覗きや書き込みがあって、数ヶ月アップをやめたことがあった。今だから、書くけどサー。
もうそういう停止はしない。ニュートラルに言葉を把握する訓練をこのブログでしてください。絶対的に響く言葉も、相対的にとらえるトレーニングをしてくだされ。
まして、悪質な嫌がらせなど、しないでくれー。狂言めいた嘘をついたり、電話でおどかしたりはやめてくだされ。これは一年半ほど前のことです。あなたのことではないぞー。

これは自殺予防の関係者とのこと。これ、聞いただけですごいでしょ。
あの人、もう読んでないよなー。

執筆関連の資料の準備は大変だった。ことのほかね。
その資料関連の次の本当の大仕事にはかかれない。今も結局かかれない。
かかれない理由と必然性を見ている。しっかり見てるんだぜー。

どのみちかかれないんだもの、って木曜夜、ある集まりに行った。すでに、自分の仕事でへとへとくたくたの状態。

あれは「人の輪」だったか。東西の壁が崩れつつあるとも言えなくもない、やっぱり言えない、いや言える、そんな所での、私には後に引けない問いかけをした、それだけを今日のところは言っておきます。そう、ダボス化したぞー。少なくともあの時間は幻ではない。
幻ではなかった。

よくやったよねー。老いさらばえた身二つで、いや、私が切り出したからこそ、身二つで、それでいい、それがいい、どうでもいいけれど、どうでも良くない。だから行った。だから言った。だから、いた。だから、そこに「存在」した。

昨日、25日金曜、いやはや、クリニック行くの忘れちまった。前夜の残りものの片づけよ-。がっくりさせられる電話する、淡々ありがたい電話する、しみるメールあり、なんかグリーフワークにかかわる、すごいオファーの始まりみたいな電話確認あり。二つのつながらない電話あり。大阪、かからず東京のある相談電話の初利用あり。

目が醒めたぜー。初めてつながったその電話。最後に、
「その本を読んでいないので、その本が出されていい本かどうかはお応えできません。」
かくん。電話切る。ぱしっ。目が醒める。
これってさ。誰も言わなかったじゃん。よく言ったね。さすが、本家本元の相談電話さんだ。たとえ、声の相手の25パーセントに水増しされた「嘘」と言ったら悪いナー、なんというべきか、つまりつまり「判ってない」濁りを感じたとしても…だー。

これってさ。ものすごくニュートラルな受け答えなんだよな。応えはあなたの中っていう間接話法。最初、そうは思えない冷たさにあきれたけど、いいのよ、いいのよ、さすがだねー。本家本元さんだもの。本当に私のいのちをつないでくれはりましたわ。

それから、音楽判る、ある女の子と話す。ものすごーく救われた。吉祥寺の曼荼羅知ってたわ。
あのとき、彼女の指先に電流ならぬ、小さな雷ちゃんが落ちたとサー。
それで判ったわけ。花がサー。最近、最初の花殻摘みのとき、三つめくらいまで電流走るのさ。まるで空気が薄く、乾燥しきったクスコにいるときみたいにさ。
乾燥してるだけではないな。私、今電流発生中のとき、あるんだ。

いや、その前に、もうひとつ、持ち上がったことはあるのだ。よくぞ、いろいろ起きすぎだぞ。これは今は、書けません。大きな宿題だ。やりがいあるけれど、連立4次方程式くらいかな。3次方程式はすらすら外にも内にも解けるけど、4次になるとなー。外に向けて通じるかなんだなー。よいしょ、こらしょって、電話。ある懇意にしている娘のような人に。彼女、聞いてた。通じた。

言いたいのは、なめんなよー。
わたしゃなー、子の立場も親の立場もあるんですぞ。なめるなー。こらっ。

今日、26日金曜。起き抜けからまた電話。重要な発見あり。これ原稿に反映しますわ。ここまでおさえると、ぐうっと見えることがありますわね。そこまで見ていただかないと、復権賭けている人たちのこと、結局判らないでしょ。判らないことは判らないって謙虚さを読み手にも促す書きたし、必要あり。よーく判ったぞ。よしよし。

アーティストさんも、地元さんも、都会さんも、ミナミナさま。
閉じた輪っかにはまってたってダメなのさー。

都会さんでは、なにやらLGBT週間とやらが、たしか今日から連休いっぱいかな。
それと共に出された冊子に、あたいたちのこと載ってんだわ。あの15分で添削サービスした記事でございます。

まあ、書き手のそれなりの誠意と視点、というか、インタビューされたヒデコの念押しこそ加わったものの、あの番組に私たち自身タイムトンネルを逆向きに移動したみたいな、そんな記事ですね。皆、アナクロみたいな時間を最も新しいと思ってやっていらっしゃいますから、私たちの事実がどんどん更新されているなんてことに追いつかないのはやむないですまないけれど、今んとこは大目に見ておきます。

いやはや、同じ冊子にあふれるあふれる結婚願望。そりゃあね。ライフイベント大事でしょう。奪われたライフイベントだしさ。でもねー。私の「ああっ、結婚」観は変わんないんだわ。虚構の街からの虚構のような、記事記事記事。
意味、否定しません。でも、距離は取ります。取っている、マイノリティの人、沢山いると思います。醒めた気持ちで参加したり、創ったり、それでも錯覚してみたりしている人、沢山いると思います。

見ないのに見た気はダメ? でも、もう見たもん。

映画「かお」。息子は観てました。話、あいました。
サラダの味付けするので、話途中でした。

今週のトピック。ふたつあり。

N先生からの、私の詩、への丁寧な丁寧な返信。しみた。
これ、ずっとなかったじゃない。編集者も応援団も何してんだ。
すんません。「応援団」の皆さん。こんな書き方。でもなかったもん。

もったいなくて、まだ書けませんわ。
「静寂」「安心あんじん」。キーワードです。

もうひとつ。
少しずつ少しずつ語りかけていた、
次世代の一人の、
芯から、殻を脱いでいく…気配というか、
まあ、変わりぎわかなって辺りを見ていること。

最後におん礼。
いつも携帯メールめった打ちに淡々と応じている、
お二人さんに深謝。いのちのメール。

人生よ、ありがとう。
生きていてまだ良かったんだな。

よっしゃー。


なめたやつには、「なめるんじゃあないぞ」って、
どういう意味か、きちんとおわかりいただくことにします。
わからんってふんぞりかえるなー。
どうぞお楽しみに。

わくわく、はらはらするけれど、
なんかほっともするけれど、という読者に、
なんだか判らないことには責任取りません。

あっ、そう言えば、手書きの手紙来てましたわ。
なんだ坂、こんな坂。
登る? 降りる?

ケイコ

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忘備録として新しいカテゴリー創出・だってこれは日記 (翌日加筆推敲)

余りにも、ぎっしり詰まった日のために、
新しいカテゴリーをつくりました。
名づけて、「本日のキーワード」。

いきなり書けない事柄もある。
書くべき事、書きたい事を、書く時間がないこともある。
だからねー。

読者諸氏は、想像力を働かせてください。
ご容赦。

と言いつつ、やや判りやすく、翌日推敲中。

飛ばしてくれてかまいませんよ。


昨晩は、近くの温泉に一人で行き、
7月の告知まで書き、早寝しました。

昨晩からヒデコは姉と別の温泉に泊まっていて、
海鮮丼をマグロ抜きでトクした話だけお姉さんが覚えていて、
その日のブログにさかのぼり、カクン。

去年の8月4日のブログ。
例の問題バンバンのはちきれそうなブログの中から、
海鮮丼話題のみ覚えているって子どもらしくて可愛らしいけどナー。
だが、この日の内容が、
このブログの8月6日の「宣言」を生み出したことを思うと、
ブラックな笑いはあっても、
これは深刻な記憶喪失シンドロームは、
この種の人達にはやむないのか、とも思う。
いやいや、お年だということはあるけれど、
単にそういうことではない。

デリケートなことって判らないのですね。
ここまで昨晩。

本日のキーワード、最初は早起き。
町中へひたすらクルマ奔らす。
すべてに目をつぶって、目を見開いて運転する。
その前にしっかり朝ご飯。
なんかエネルギー使いそうなだけでなく、
それまでにも使ったからね―。
ベーコンと卵とご飯。

駐車場入る。
税金の申告以来だ。

すれちがう。ほほん、ずいぶん引き締まった表情。
おとといお客さんとして来てくれたときとは、
全く違う出番前の緊張みなぎるりりしさ。
なんで出て行くという疑問は湧かない。

よりによってここですれちがうんだな。

魔の会場は、お年寄りで満杯。
自主講座の開校式の記念イベント。
ほほーん。そうかそうか。

パフォーマンスと音楽。

かぶりつき。光栄な人が隣。
「光栄です」ってご挨拶あとでした。
「あの子もここの人達と仲良くしないといけないので、
どうかよろしくお願いします。」
90代ってすごい。
私の母も生きていたらこの年だ。
ある行為を私がした直後の事だった。

薄謝に拍手。キーワード一致。
本当は薄謝なんかでできないパフォーマンスだという、
そういう念押しにきこえるね。
拍手率先。手が痛くなる。
あほか、なに張りきってんだ。
いいのだ、ここは張り切るのだ。

よよよよ、金ぴかのぎょうぎょうしい経歴。
「フラットな場所で出逢っておいてよかった」
あとで言った。
「フラットな…」音楽の弾き手は返す。
すこしよろよろと…。

金欠病対金欠病。
やぶりすてたい。やぶりすてない。
やむない。

大仕事の前の別イベント。
イベントお訪ねごっこ。
素の姿、見分けられぬカー。
主役は私がラフな格好で判らなかったと。

出すぎぬ音。
天上の音。なにゆえに。
音楽は感覚。それコタエか。

春雷、ふで。
みた。撮った。撮っている人も見た。
ふわっあ、すわっ、しゅしゅしゅ、ぱしぱし。

まなざしとまなざし。
合図ね。
おそらく構図と音楽の構想は、
練られていただろう。


ヒデコ、姉の世話で遅れる。
遅れて良かったか。
良かっただろうな。

無駄話。要る話。
生活者。
ただの生活者。
おととい、天井見ただけの生活者。

花束、
ハトロン紙に庭の小花。

和紙に大筆。



庭かたづけ。
姉待つ。なかなか来ない。
いらだつ。

来る。姉語る。

姉にもの申す。
縁起でもない覚悟あり。

我々の絆への覚悟なし。
いつまでもなし。
どこまでもなし。
記録取る。

誰かの人柄のせいにするな。
発達課題は、次世代だけでない。
先代、八十代ももちこしか。

ファミリー一族もちだしたり、
人間としてところりと変わったり、
都合良くするのはやむないか。

私言う。
ハハのお別れ、私の姉のつれあいのお別れ、
チチのお別れ、
どれもお声をかける器があの当時の私にはありませんでした。

コミュニケーション、
社会性、
想像力、
どれも欠けても、
いいものもある。

ヒデコに似たきっかりとした人間としての、
不思議な回路。
でも、その回路は個人史ゆえに狭められたのか。

いいものあっても、やはり生かせない。

まして、ケイコという人間は困る、やっかい、
戸惑う、面倒…つらつらつらつらと続く言葉に、
私の母の私への罵倒がフラッシュバック。
それ以上話すまいと決めて、
JRの駅前で見送ったのち、
涙止まらぬ。
人類の敵、ハッタツ的天才的天性は、
いらつく対象。
考えられないことを考えているだけが苛立ちの対象か。



ケイコのこと、わからい。
仕方ない。

腹くくる。
冷静、冷静。

冷静さに腹立つな。

外食先で宣言。穏やかに。すとんと。
腹決めて。
「ヒデコの役割を共に、
お姉さんのために担うキャパはないと悟りました。
のえのことを、ヒデコの娘と思っていない人たちが、
参列なさるわけですから…」

死んだら人はセレモニーの中心じゃない。
肝に銘じよ。どの立場も。

ノコサレタ者の課題、過大。

ヒデコの子どもは五人、三人じゃない。
ヒデコの子どもは五人、三人じゃない。

バイバイお姉さん。
お姉さんとまだ私は、思ってる。
生きている限り。


だかな。
東西の壁みたいに、
逆流するなよ。
フクシマ源流とは切ないが。

それでもこれでも人と人。

地軸、ゆらいだかー。
まったく、ゆらいでない。


続けて二晩一人になりたくない。
それに、うるかふぇが懐かしかった。

思わぬ取材依頼、申し出た。
向かいながら腹は決まっていた。

私は謎の地に踏み出す。

相手、
雷に打たれた。

午前の薄謝の人、春雷描く。
雷ちゃんと春。

依頼した方と、雷が一致。


踏み出す。


姉話題で、
はずみで、トーキョーの娘と話す。
娘にはおば話題だ。

イベントの出来不出来を心配する神戸の息子の電話。
まだ、発語したくない。
ごめん。


ありすぎ。

さかのぼって今日までの日々のブログを読み直す。
すごいこと書いてるなあ。
濃密。
日々更新。

二人で生きただけの訳ではないことも見る。



のえの最初で最後の魔の地でのコンサートから、
ちょうど、6年。
4月6日。

その前日の防備録。
加筆推敲して長くなった。

ご容赦。短くてではない。

胸、はりさける前に寝る。
寝れないから、防備録、書く。

おやすみー。
天と地。
天地の差。

天上と天井。

蔵にいるのは誰。
私、感じている。
ふっと、口を突く。


ケイコ

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