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忘れないで、深海魚の水圧で沈没


久々に昼から深海魚のように沈没して休みました。水圧のすごさに目覚めました。

何人かに携帯メール。パソコンからも一通。深海魚はなにやらやはり忙しい。

二胡のマスミサンからは初オリジナル誕生の知らせ。
不思議な決意をネット上に書く、
一週間前の参加者のもうひとりはバリバリ、自覚的ハッタツさんだなあ。

じわじわ人から人間へと、より深い表現へと皆さまの一部のわずかな人が向かうとき、
私はお金と休息とまともな本作りの道だけがほしい。


コラボの薄謝はすぐにガソリン代に消えた。

ベッドの傍らのペルーのやきものの荷物満載の、ミ
ニバスの行き先の書かれたスペイン語は、ノメオルビデス。
わがはいを忘れるなよ号。

一緒に行くよ。
満載の生きるために必要なトウモロコシやマカや、
抱えきれない悲しみと笑いと涙なんかの大切な荷物とともにね。

ビバペルー
ビバ深海魚

地球貫通してペルーに行った深海魚。

あそこなら、よじれるような貧しさの中に、幸せをつかめる。

生き抜くこと満載のバスの荷物とね。

ケイコ

| 出版という困難な旅路にて | 18:07 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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ある本の歴史展で





今日は、昨夜からなんとか声が出たのもあり、
それにこの搬入に行って、きちんと会場の方とも出逢っておかなければという使命感で、
声を努力して取り戻して…それと判る温灸のツボにお灸したり、深呼吸したり…で、
搬入してきました。広い、もと蔵という、もっともフクイ的な空間を出逢いの場につくりなおしたお店。

最初は、以前に会場と確認していたことと違う反応なので、
一瞬凍りついたときもあったけれど、
ちゃんとにそのことが届いたみたいで、私も立ち直って、やりだしたらやっぱり、
こんなこと、数百カ所でやってきた訳ですから、まあ、品数も少なめだし、
楽しくやれました。めちゃくちゃ疲れたし、お手伝いのKさんがいてくれてありがたかった。

帰りに、8時で閉まる間際の『世界の書籍展』に駆けつけました。

まあ、典型的にして著名な世界の作家の初版本とかが並んでました。
シェークスピアとかダンテとか…。
女性は、『風と共に去りぬ』の作家、ああ名前出てこないほど疲れてる。
それから、ナイチンゲールとアンネ・フランクだけだったけどねー。

あさってまでだから、また行こうかどうしようかな。

なぜか、一人、今井田勲氏という名編集者のことが出ていました。
これは収穫だったなあ。今の今というときに。

編集という仕事は「こころ」なくしては、できない。
「人間」でなくてはできない、ということを貫いた方です。
この当たり前なことを、これだけ前の時代にも言わなくてはならなかったんだな。

写真はパチリした彼の展示部分です。

目がひっつきそうなので、お風呂入って休みます。
4月3日に向けて、少し寝起きの時間帯をずらさなきゃー。

なぜか、昨日は、朝日新聞の土曜版の『フロントランナー』は、
ブックコーディネーターの33歳の若者でしたし、
こちらが招かなくとも、どうも偶然でも本のことがつきまとってきます。

今井田勲氏のこと、明日検索してみようっと。
平成元年まで存命だったというから、まだまだある意味、
新しいと言える部分はありますよね。

ケイコ



| 出版という困難な旅路にて | 01:27 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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編集者不在…他者はパートナーだけの現実ってあり?

編集者不在…他者はパートナーだけの現実ってあり?

たった今、ある性的マイノリティの若者がヒデコにインタビューして書いた原稿を私が添削作業したところ。千字にも満たない文章を、引用の仕方の節度、文章の単純な誤りから、その語彙をこういう使い方で書いていると人間の尊厳をおとしめるよ、っていう指摘まで、約15分集中して仕上げた。ヒデコはそのままファクスして、あとは電話で話すという。はーい、私はこれでバイバイね。

フクイに来て、取材されてあきれたのが実に三十数年前。あたしたちゃ、青年団じゃあないんだよ、そんなつたない思考と語彙と世界観じゃ、とらえきれないんだからね、と言葉にならない理不尽さにのけぞった。以来、その思いはほぼ変わらないけれど、こちらもさすがに大人になったから、人間としての出逢いを少しずつなら深めるキャパもできてはきた。

ところが、今度は『都会の』の性的マイノリティの若者たちのつたなさに悲鳴をあげる。だって、こちらを上から見下ろした上で、自分たちが優位だと信じて、カミングアウト脅迫と強迫を当たり前に生きていたり、「誤って子どもを産んだ」レズビアンマザーたちなんて、ヘイトスピーチも負けずと劣らないデマゴーグを、彼女らの正しい思想信条とはき違えていたりする。

他者の人生をどう思っているんだろうね。
オンドリャー、首根っこつかまえて、人間ってのはさ、って訴えたくなる気持ちをおさえて、性的マイノリティのコミュニティ幻想には距離を取ってきた。
時々叫ぶ。「知りたくないから、言わないで。気持ちわるーい。」
ヒデコはたゆまずライフワークにしていますからね。これでも人間、だからこそ人間って。

これは、彼らが未熟だからです。性的マイノリティだからではありません。断っておくけれどね。成長する機会を奪われているからです。

今日、私がプロとして添削してさしあげた文章の中には、ヒデコの語った「私たちの世代のレズビアンマザーは、誤って子どもを産んだんじゃあねえよ」って内容を、若者として反映させようという努力の跡が見られたから、私は15分でもプロとして向き合いました。
「誤って子ども産んだ」って見方には、何度も言うけど、ヘイトスピーチも負けずと劣らない、傲慢さ、短絡さ、早トチリ、安易さがある訳だけれど、まあ、この傲慢、短絡、早トチリ、安易、の四つの選択肢なんか、結局二人で用意してあげちゃったりしましたわ。
四択問題、受験で得意でしょ。どれも×はないんだけどさー。

自分で考えよーってのも幾つか書いたけれどね。オリジナリティってないのかー。
人の語りの引用、人の文章の引用は気をつけなされ。
たとえばさー。「知人」じゃなくて「知っている人」と語ったリアリティを失わせてはだめなんだよー。ばっかやろー。
勝手に、「深く悩んだ」なんて若造が書くな。
ヒデコの悩みのひとかけらでも判ってんのかー。不遜なんだよ。謙虚さも、慎重さも必要なんだよ。人様のことを文に書くってのはさー。

ここまでが前置き。

かくいう私は、今や、編集者の不在に怒り心頭に発し、ヒデコに憤懣をぶつけるしかないし、原稿チェックの全てが、ただ単なる?人生のパートナー彼女に押し寄せるしで、ヒデコの心身にも異常をきたしている現実の中にいます。

私は一月に十日間、二月に二時間、声が出なくなったけれど、ヒデコはやや耳が遠くなっています。私の周波数の低い低音が聞き取れない。大切なことは低い声でしか言いたかないのよ。大声では聞こえないからね。低くないと届かない真実もあるのよ。
それを、「何、言ってるか聞こえない」って言われると一気にくらっとくる。やっと言えた、あえて言葉にした類いのことですよー。

これは私たち二人の問題ではないわい。と、今朝、思い至りました。

編集者が不在って、お留守って意味じゃあないですよ。
人間として機能している編集者氏が私についていませんのよって話です。
こんなに人間としてしか、読めない書けない原稿のどんづまりの仕上げの仕上げで、私の編集者氏の彼女が怪物に見えてきた。化け物に見えてきた。
技術のことは言いますよ。
字数はもちろん、引用句の配置のしかたとか、章立てのありかたとか、だけどねー。
ありえへん。心がどこからも届いてこない。全く働かせる気はない。

こんなんで、「その日」に継ぐ最後の章を出せる訳がないじゃないかー。
とっくに仕上げているけどさー。
あんた、私の心臓をどうやって売りさばく気―。えっー。
切り刻むと美味しそうになって売れるって思ってるわけー。


ヒデコもピンチです。
老いの問題は、のえが生きていた頃から彼女に迫る課題でした。
でも、ここ数年、保留にしてきた。
そして、この二ヶ月ようやく、やきものの仕事だけはお休みにした。
それでも次々と入る、しなければならない事々。
老いのために、選択しなければならない大きな事もある。
それに、今でなければと、私の原稿確認があいついで、読んでくれーって追いかける。

おととし、原稿確認をしてもらった時は、
彼女の個展の時だった。残酷だったねえ。
私も徹夜、彼女も徹夜、そして個展…。
でも、その時期に一区切りついたものを私は見せたかった。
まだ「不在」だって百パーセントは思っていなかったのかなー。
いや、「不在」だとしても、人間扱いしてあげたのよー。編集者さんをよ。
そして、ヒデコはもう本が出ると勘違いした。
勘違いを何度もしている。三回くらいかな。
やむない。私は実際、本10冊は書いているからね。


おととしの個展の時、切羽詰まった中で、読んだからっていうだけではなく、
私の原稿がそもそも途方もないから、たまたま彼女が口走ったことで、
「それはもう書いてあるよー、忘れたノー」
って私がいたたまれなくなって叫んだりもする。
彼女は、私の叫び声しか聞こえませんの。
私は本当は叫びたくなんかないんだわ。

なにか、とてつもなく妙なことがまわっている気がする。
なにか、とてつもなく理不尽なことをこなしている気がする。
気がするんじゃなくて、これが現実なんだわねー。

編集者不在、でもって、
私たち二人は沈殿するか、燃え尽きるか、
どちらかになることでしょう。

まあ、四月の初めに、フクイでまれなるちょっとしたミニイベントを、
遊べるのだけは救いかなー。
これは、一月みたいなことにはなりませぬ。

声出なくなったらやめね。って語れる相手と組んでるし。
声出なくなるってことが、この世にありえないって人とは組めませんしね。
まあ、一月の相手は、その点は仕方なかったんですが。

そして、耳が、そう耳が、
精神的にも肉体的にも、
人生のキャパシティとしても、
あるいはもしかしたら、老いの一部としても、
遠くなることを信じられない人とも、けっして組めません。

ヒデコにあこがれて、尊敬している人たち、
一度でも彼女の現実を見なされー。
ちゃんとその目で見なされー。

結論、
ケイコさんと組んだのが間違いのもと、って人もいるかもしれないけれど、
そして、それはあながち間違ってはいないけれど、
でも、今からできるやり直しの範囲で考えてもらわないとねー。

ええ、人事だし、
まあ、目の前にいなくて見えない人だし、
あこがれておけばいいんでしょう。

ヒデコの年齢を言うと、
飛び上がってびっくりする人が多いって、彼女の幸いではなく、
私は彼女の、人柄の勝利と、
彼女の人柄のパラドックス的しわ寄せだと思っています。

編集者不在ってタイトルのブログの展開としては、
いつもながらの異例の展開でしたが、
どれもこれも、編集者も人間として働かせない、
なにか恐ろしい世の中の回転のせいでもあります。

編集者不在。

私にはヒデコ以外の人間不在。


ケイコ

追伸
1日さかのぼって、前日のブログにも会心の作を書きます。
タイトルは、『収入ゼロの申告の悲哀と怒りと誇り』。
前日の予告編ってへんだよね。
このタイトルはあくまで、ケイコ、私のものであります。

| 出版という困難な旅路にて | 19:41 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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自己憐憫は要らない、徹底的に対象に裏切られること…究極のエールとして

正直言って、大声をあげて叫びたい。
爆発しそうな内面をようやく持ちこたえています。
そして、助詞でもって、パートナーと私を語ってみたりして、
少し気を紛らわせています。

私の調整の取れた人格は「ハ」人格かなって、
昨夜書いたのが拍手なんてないと思いきや、五つももう拍手があって、
驚いて読みつつ、あらためて思った次第です。
昨日の思索は、最も深層にあるそれぞれの骨子のような指向性みたいなものでしょう。

ものすごくハードです。
ものすごく乗っています。
ものすごく維持しています。
自分を持ちこたえています。

そして、叫びたいほどの大きなものに圧倒される。


私は、日本の大きくて深い宿題を肩にも背中にも腰にも、
のせているんだと思います。
実際の肩や首も凝るけれど、脳細胞や精神、
こころや魂とも言うべきものの腰骨をきたえさせられている、
そんな仕事、そんなライフワークだと断言できます。

そして、1月に知ったある作家の、
ノンフィクション作家としての姿勢についての一文を思います。
それはこんなふうなものでした。

★自己憐憫などひとかけらも要らない。

★対象に徹底的に裏切られつづけること。

仕上げに入ろうとしている矢先にこの言葉に出逢ったことは、
本当に芯から私の脳細胞のすみずみまで覚醒させてくれました。


私は悲嘆を手放しては、この本の仕上げができないのは知っています。
ただ、憐憫は必要ない。
「甘えた」言葉は、次々と捨てていきました。

その頃、その少し前だったか、
辺見じゅんの『ラーゲリから来た遺書』を読んだのも、
ものすごく大きな収穫でした。

この二つが、私をノンフィクション作家として問うてくれたのは間違いありません。

ここに書くのはやや惜しいけれど、
もうそろそろ書いてもいいでしょう。

実は、書き直したプロローグを、年末に来ていた二人の若者?に、
読んでもらいました。モニターです。

一人が確かに言いました。はっきりと衝撃が語られているのが伝わってきました。

「これは、母親が書いたとは一切判りませんね」。
これも大きなエールでした。


しかし…。
しかしながら、そこまでに至る執筆のプロセスは死闘です。
葛藤から獲得へと至る道筋には、大きな嶺あり深い余りにも深い谿ありで、
誰もそこには関与できません。
孤独な仕事です。
それでいいのだと思います。


二つ目の対象に徹底的に裏切られること。


ええ、ここで「裏切られる」を使うのは、誤解を招きたくはありませんが、
主人公がこの世にいないこと、それだけで、
それは100点満点というほどのスタートを切っています。

おまけに、場合によっては、取材拒否、
登場人物の文面確認による波乱、
波乱などという言い方では表せない、別の物語を追わなくてはならなくなる、
そんな課題の再浮上…。

そういう点では、
徹底的に裏切られる点においては、
200点くらいはいただいてもいいでしょう。

しかし、そんなことで悦に入っていられる訳もない。


裏切られた対象にも迫るのです。
裏切られた対象をも抱きしめるのです。
裏切られた対象をも確かにくっきりと浮き彫りにするのです。


これほどまでに残酷な作業があるのか、と慨嘆することもあります。
これほどまでに美しい作業があるのか、とそっと胸に落とすこともあります。
これほどまでに涙を流す作業があるのか、と悲しみの出どころへと、
何度でも、いかようにも立ち戻ることもあります。

そして、大声で笑って、主人公の快挙に、
一緒に歩いている、自分にいいんだいいんだ、それでいいんだ、
と思っていることもあります。


近づいてきた、終わりは、おそらく限りない、
険しい道のむしろ、始まりなのでしょう。

編集者との、
出版社との、
そしてこぎつけたとしても、読者との…。


それでも、私はこの本にこめた全てを、
世に落とします。

日本社会に一石を投じます。

見たことも触れたこともなかっただろう、
そんな道筋とそんな思索の方向性の中から、
立ち上がり、見えてくる、読者の中の共振に賭けます。


自己憐憫は要らない。
徹底的に対象に裏切られればいい。



ウルグアイの大統領のエールもすごいものですが、
この作家のこの言葉もまた、
私には端的にして深く響くエールです。

そして、
ウルグアイの大統領が十四年間の獄中生活で支えにしていた、
そんな心境とも共振します。


私は、私の主人公が抱きしめようとしたこの世界を、
こうして抱きしめなおすことでしょう。


今日、ある人がある人と結ばれたという報告を聞きました。
時間と空間は広がり、人の時間は刻まれます。



ポーランドのノーベル文学賞をとった女性詩人、
シンボルスカの、
「春が来てもいい」という境地に、
私は私の主人公の特異性ゆえに、そう簡単にはなれないものをも感じますが、
この女性詩人の詩の背筋のようなもの、
後ろ姿の美しさ、
それは見ていたいと思いつづけています。

ケイコ


| 出版という困難な旅路にて | 15:15 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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『まことに残念ですが…不朽の名作への「不採用通知」160選』から不朽の不採用通知一通紹介

実は、何年も前から座右の書にしている内緒の文庫本。
それが、今日のタイトルの本であります。

今日は、気晴らしに、
その中から、引用…。

ガートルード・スタインの『小説アイダ』への断り状…。




わたしはたったひとりです。たったひとり、たった。
たったひとりの人間で、いちどにひとりにしかなれません。
ふたりでもなく、三人でもなく、たったひたり。
たったひとつの人生を生き、一時間はたった六十分。
たったひとそろいの目。たったひとつの脳。
たったひとり。
たったひとりで、たったひとそろいの目で、
たったひとつの時間とたったひとつの人生しかないので、
あなたの原稿を三回も四回も読めません。
たった一回も読めません。
たったいちど、たったいちど見ただけで十分。
たった一冊も売れないでしょう。
たった一冊も、たった。



世界中の編集者の気分を代弁している、
「編集者」という警句か、エピグラムにしたらいいような、
まあ、詩とはいいがたいけれど、
なかなかの傑作…の『断り状』ですよね。

しばらく笑いが止まりませんでした。



しかしながら、
わたしもまた、このたったひとりの編集者さまと、
たったひとりの書き手として、
ありえないようなやりとりをしている真っ最中です。

きたえますね。



この座右の書のおもみもずしんと加わってくる今日…。

あと一日で、還暦から一年過ぎた日々もおしまい。




バーナード・ショーも、
ウィリアム・サロイヤンも、
もちろんプルーストも、ヘンリー・ジェームズも、
まあ、すごいもんだ。
断られた回数ではギネスブック級…。

ジェームズは炎書にもなっているし、
プルーストを蹴ったのはジイドだったり…。


ははは、
こういうの読んで、編集者と作業がまわっているだけでも、
喜ぶべきなんでしょうか。


それとも、こんな初歩的なやりとりに苦心していることを、
悲しむべきか、笑うべきか。



十月末に出した草稿を編集者が読み終えたのは一月末…。


皆さん、ブラック企業なみの働きぶり。
こっちが命かけて書いたものを読む余裕なんてないよね。
それなりの余裕と、適度な緊張を持って…。


まことに、
たったひとりの、
たったひとつの脳で、
たったひとつのこころで、
その組み合わせで、本も世に出て行くのですね。


笑いましょう。
今日のところは…。


ケイコ

| 出版という困難な旅路にて | 23:49 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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