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本日3月20日の仙台の、性的少数者のための『クローゼットインジャパン』にメッセージをゆだねて『出逢って40年を迎える今も、クローゼットとアウトの境界を行き来する存在でありたい。レズビアンマザーのみならず、自死した娘の37年の人生と自閉症にも、明るい光がまんべんなくあてられるその日が、やってくるまで。』

本日3月20日の仙台の『クローゼットインジャパン』にメッセージをゆだねて
『人は根源的に孤独と知るトーキョー人が、脈々と続く北陸の大家族9軒の集落で36年間、母親2人で子ども5人を育て、ひたすら既成事実を蓄積した。
「あんたらはどんな兄弟よりも夫婦よりも濃いのう」とある日、近所のおばあちゃんが言った。
2011年、Eテレドキュメントでカミングアウト。
出逢って40年を迎える今も、クローゼットとアウトの境界を行き来する存在でありたい。
レズビアンマザーのみならず、
自死した娘の37年の人生と自閉症にも、
パートナーと孫と神戸で生きる精神障害の息子の人生にも、
明るい光がまんべんなくあてられるその日が、
様々な人と共に手を携えてやってくるその日まで。ベロ亭の恵子と英子より』
重要点として、傍線をしました。字数制限の中、端的に記しました。
このあとに、昨2015年10月9日、『アウトインジャパン』を主催する松中さんからもらった返信を若干短縮して掲載します。続けて、それ以前に主催者にあてた私たちの疑問など記した文面も再度掲載。
明日の『クローゼット』のほうにゆだねた上記のメッセージにこそ、ご注目ください。
性的少数者にとって『アウト』ばかりがポジティブな訳ではない意味合い、松中さんの返信への率直な思いを、この時点で明らかにできればと思います。

★下記の松中さんの追伸にも、私たちの側でも触れた新宿2丁目のコミュニティセンターaktaのトークショーの折、グッドエイジングエイルズのある方が残されたアンケートの書きこみに、松中さんが言われるように私たちが不快な思いをしたというより、このプロジェクトとの決定的な違いのようなものの萌芽が見られるのではないかと私たちは判断しています。
aktaでしたトークでは5点のテーマがありましたが、未踏のテーマである「自死を語る」にやむなく重点が置かれました。
その結果、「語られる言葉にまさに語りの重要性を深く刻んだ。けっして忘れられないトークだ」と書いた方から、「責められているような気がした」「気軽に参加したことを反省した」など、かなり多様で幅広い反応が記されました。最後がグッドエイジングエイルズの方です。
「よくぞ自死で大切な人を亡くされた身で、番組にも出て、しかも今日も話してくださいました」と嗚咽しながらねぎらってくれる若者もいました。

もう1点、このプロジェクトの終着点が「東京オリンピック」である点。
これについては、亡き娘が長居公園の野宿者のテント村のご近所さんだったことから、亡くなる1年半ほど前まで、そこが「最後の居場所」となったことを抜きには考えられません。この野宿者のテント村は、まさに「世界陸上」のために2007年2月5日、行政代執行により強制排除となりました。
撤去される折、数回繰り返された芝居の最初と最後に、娘のオリジナルで長居公園の仲間の唄となった「ひとりぼっちの夜」が何度も歌われたことは、関係者には忘れられない事実です。
東京オリンピックゆえに、またも多数の野宿者が強制退去させられるのは必至でしょう。
あとは、どうにも言葉にしがたい違和感を、松中さんの丁寧な返信の中にも感じざるを得ないことをつけ加えておきます。なにか、40年のパートナーシップの奥行やおもみや柔軟さをゆだねるのは、少なくともこのプロジェクトではないという思いは、おそらくこれ以降も揺らぐことはないかと思います。2016年3月20日午前2時

• 昨2015年10月9日付け。松中さんより。傍線はSotto虹。
• おはようございます。松中です。OUT IN JAPANの件、2点において、ご懸念を持たれたとのこと。主催者としての考えをお話差し上げます。
①撮影時のディレクション
2020年までの間にフォトグラファーは1人ではなく何名かにお願いしたいと思っていますが、初回はレスリー・キーさんのポートレートを撮る力に期待して、彼にお願いしました。彼と企画を始めるに当たり、打合せをした結果、撮影する写真は、眼を閉じたワンカット、眼を開いたワンカットの2枚にしようということに。WEBサイトで紹介する時にカミングアウトというものをコンセプチュアルに表現できれば、という意図です。また、写真はFacebookやtwitterやインスタグラムなどのSNSで、被写体の方々が紹介しやすいように、正方形にしようということに。そのため、被写体の方々には、様々なポーズをお願いすることになるので、明記させていただきました。レスリーは、特に正方形の中に動きをつけて被写体を収めるため、ちょっと体勢的に苦しいポーズをお願いすることも多い方ですので。
②撮影後の写真使用
こちらは基本的にWEBサイト、写真展をメインに行う企画ですが、サポートのご協力をお願いしている企業さんが、彼らの取組み事例として紹介する可能性もあれば、メディアにも紹介される場合もあります。もちろん、写真とそれぞれからいただいたメッセージは勝手に編集したりすることは許可しませんが、主催者以外からの情報発信の可能性もあるため、被写体の方々には、そのご了解を事前に得ています。もともと、OUT IN AMERICAという市井のLGBTのライフスタイルを撮影した写真集が存在し、そちらからインスピレーションを受けている企画で、将来的には写真集にしたいも思っています。また、2020年を目標に置いているのは、もちろん東京オリンピック/パラリンピックを視野に入れていて、その際に、どこかの体育館などを借りて巨大写真展を実施できるといいなと、夢を描いています。
こちらが僕たちが想定していることです。お二人が40年という記念に参加希望されたのにご懸念や不安を感じさせてしまいキャンセルということになって申し訳ありません。今後は、福岡、東京、は撮影会が決定し、名古屋、仙台、札幌で開催できればと調整をしております。レスリー・キーでは、来年春までに最初の1000人を目指してますが、その後も新しいフォトグラファーといっしょに走り続ける予定です。また、機会があれば、ご一緒できると嬉しいです。どうぞ、よろしくお願いします。
認定NPO法人グッド・エイジング・エールズ 代表 松中 権 2015/10/9
追伸です。
グッド・エイジング・エールズのメンバーが、aktaのお二人のトークショーのアンケートに回答をした件。お二人のお気持ちを傷つけたり、不快にさせていたら申し訳ありません。僕たちは、年齢もセクシュアリティもバラバラの30名強のメンバーで活動していて、どのメンバーかはわかりませんが、aktaのイベントに参加する時点で、メンバーの中でも積極的に情報収集やネットワークづくりをしている者かと思います。前向きな行動が先走りしてしまったのかもしれません。申し訳ありません。今後も、何かございましたら、アドバイスやご指導をいただけますと幸いです。なかなか、地元の金沢に帰省する機会が少なくなっておりますが、長めに休みが取れる際は、もし宜しければ、福井にもお邪魔させていただければと思っています。     松中ゴン

2015年9月27日付  
 OUT IN JAPAN の参加を、ベロ亭の恵子と英子の二人で話し合って辞退した!!

グットエイジングエイルズという、東京のNPOが企画している、LGBTで顔を出せる人たちを、被写体にしてあつめて、という、最初はなかなかの企画だと参加を希望していたプロジェクトの参加を、熟考の上辞退した。
今日、関西から訪ねて来た人とも、この件で話した。その人は、私たち2人は参加するべきだ、とも薦めた。が、「生きづらさ」の側にやはりいつづけたい、という気持ちが明確になるような、そんな話ができたことも大きかった。
ほんの少しのさびしさと、清々しいような開放感、その両方を感じながら、今私はその次を思う。これから、私のすべき優先事項を抱きしめる。

シャープな画像の撮りてとのやりとりはなくなったけれど、余計な心配からもあっけなくも解放された。杞憂でないのはたしかだ。商業主義とともにある、現在の性的少数派のありかた。

恵子ちゃん、それでいいんだよ、そんな声が、澄みきった今晩の満月から聞こえた気がした。以下、「きちんとききたい」という主催側にこたえた文面を、そのまま掲載。注意深く読んで欲しいと願う。今のところ、返信はない。

はじめまして。岩国英子のパートナーの米谷恵子です。この企画が、グットエイジングエイルズということは最初から判っていました。ただ、原宿で写真展を見たLの友人が、GAPがやっていると勘違いしたのか、そう思う展示だったのかは判りませんが、そう伝えてわりに最近、そうなんだと思いました。それはそれだけのことで、今回説明を聞いて了解しました。

今年から来年にかけて、ちょうど40周年のパートナーシップを生き抜いてきた私たちがこの企画に参加する意味を考えて、参加したいと最初、ごく自然につよく思いました。
トーキョーの人たちしか参加できない不均衡を、今回大阪の撮影会で払拭するというのもよかったと思いました。だから、早く申込みたいと思って、フォームは間違えたものの、私がまず申込みました。

ただ、そのとき、この企画の但し書きというか注意点のようなものを、はじめてきちんと読んで、危惧が始まりました。
特に感じたのは二点です。

撮影する時点で、カメラマンの指示に従うといったことは、1978年からあらゆる雑誌や新聞の特集記事となり、また最近ではテレビのドキュメントにも出演した私たちは、記者やディレクターが舌をまくほど、鍛錬してもきました。
ただ、この企画に応募する注意点として、そちらの意図などに撮影時、したがえない場合は、退場もありうる、と書かれていた点が目にとまりました。記憶が確かでない面もあるかもしれませんが、そのように読めた文面だったかと思います。
この企画のカメラマンの方のまなざし、感覚にはとても共感するところがあり、最初はぜひと、思っていましたが、今までの経験の範囲を逸脱する面もあるように感じました。どんな取材でも、取材者と徹底的に信頼関係をつくることなくしてはありえなかったからです。

この企画を信頼していないわけではありませんが、少し性質が違う。スポンサーの立場などもありうるのだな…など思わざるを得ませんでした。
また、撮られた写真が、どうひとりあるきするか判らないという不安も、注意点を読んで、浮上しました。

というのも、私たちの存在は、新宿二丁目のNPOの代表が言うように、「先を行き過ぎている」ゆえに、参加する意味合いも小さくはなかろう、と思っています。そう自覚する反面、それがどう先行き、使われるか見通しが見えない、という点では、自分たちの手が届かないところまでいくことに、またも耐えうるかどうか判らないと思ったのです。

貢献はできても、私たちの側の確かなメリットがあるのか、と言い換えることもできます。勇気を、エールを投げ続ける側でいることに疑問を感じている面もあります。また、そういう画像が芯から、クローズで生きている都会であれ地方であれ、まだまだ「生きづらさ」を抱える人たちにどう働くか、真剣に向き合ってきた経緯もあります。

正直言って、本当にこころから参加するつもりでした。高一の孫の男の子は、服飾関係に進みたいなんて言っているし、などと、ノリノリで話したこともあります。まあ、彼の人生を今から、そんな画像で規定する権利などなにもない、ともすぐ思いましたが。

ともあれ、次から次へと、セクマイの知った顔やら知らない顔が溢れる?スタジオでの撮影は、私にはおそらくどうもなじまないだろう、という予感もあります。

最後に付け加えれば、様々なトーク、講演、大学での講義の機会なども持ってきたなか、二丁目のアクタでのトークショーにおいて、グッドエイジングエイルズのある方が、アンケートを残し、そこに「気軽に参加したことを反省しています。」とこたえたこと、それも若干、働いているように思います。

私たちは、私たちの40年のパートナーシップの節目の日々を、慎重に大切に、そして大胆に生きていきたい、と同時に「気軽に参加して反省している」ようなことにはしたくないと思っています。

尊重していただいて、感謝しています。だからこそ、この時点で、丁寧におこたえする必要を感じた次第です。なにかあれば、ご返信くださいませ。

2015年9月27日夜  ベロ亭  米谷恵子


KAGEHIRAさんのコメント 3月20日とそれにこたえて

アウトインの取り組み側の説明を読んで、撮影される側(人)の存在・人生に対して企画の意図や主旨を伝えることよりも、写真撮影そのものに関する技術的なあれこれや写真利用のあれこれがあまりに主眼なのに驚いた。そのドライさ、商業利用主義さ。

対して写真撮影への参加を断念されたベロ亭の「生きづらさの側にいたい」という原点、意志にありがとうとうなづく。ベロ亭の通ってきた困難でも豊かな道と蓄積は、あがめられたり英雄視されたりするためでなく、あくまで平等で平和な社会を共につくり歩むためなのですね。

社会的少数者の存在に光をあてる、様々な取り組みや問題提起は重要。ただし、差別抑圧偏見がまだまだあるからこそ、問題提起が一方向すぎることは暴力になりうる。「善」なることも刃物になりうる。少子化が加速する日本でにわかに隠れた消費市場・労働力と性的少数者が名指しさえされる今日。それを足掛かりに人生を開拓していきたい者もいれば、そこから取りこぼされ排除される場合もあろう。同性婚が脚光を浴びて告白本が売れる一方、シングルの当事者がマイナスイメージに閉じ込められないか。かつてのシングルの異性愛者のように。まして五輪という国家的大義によってばっさり切り捨てられるものがあることは見逃せないし、極めて都合よく少数者が利用されかねないことは注意!どこかにスポットがあてられる一方、孤独に追い込まれる人ができてしまうのではだめだよ。それはいつまでたっても勝ち負けの世界だ。



「撮影される側(人)の存在・人生に対して企画の意図や主旨を伝えることよりも、写真撮影そのものに関する技術的なあれこれや写真利用のあれこれがあまりに主眼なのに驚いた。そのドライさ、商業利用主義さ。」
かげひらさん、よくぞ上記のことを明記してくれました。すでに昨年の秋もらっていた返信をもう一度読むのがつらかった。ここの部分は読むに耐えられなかった。もう要らないものとなっていた、私が確かにいたのです。だから書きませんでした。判る読者には判ることとして。「常に撮られる、見られる、書かれる存在」であることに異議をきちんと唱えるアイヌ民族の詩人である友人の敏感さをも思います。彼女はこの返信を見たら、カンカンになることでしょう。亡くなったお兄さんのことを、どこかのメディアについついお母さんが語ってしまった記事を、お母さん亡き後に見つけたときの衝撃が、彼女の著書には詳しく書かれていますよね。自分の知らないことまで書かれているショック。書く、撮る、見る、書かれる、撮られる、見られる、という関係性が、当事者性をもってどう立つか、とことん問われざるを得ない、そんな企画がアウトインジャパンというものだと、私は思っています

そして、今日はクローゼットインジャパンと称して、東北の友人が企画して「お茶っこ飲み会」を開催中でしょう。実は明日は、このアウトインジャパンの撮影会が仙台であるのですよー。だからこそ、ふりかえったこの企画への想い。そしてアクタでの反応の偽らざる意味合い。シンボリックに浮かび上がること。

語句説明。アウトは、カミングアウトのアウト。一般的にまだあまねく認知されていない特性、障害、少数者が誇りをもって名乗り出ること。カミングアウトオブクローゼットの略でもあります。クローゼットはまさに服がつるしてある狭い場所。実は、ナチスドイツ時代のゲットーが最初にあてられていました。カミングアウトオブゲットーが最初の表現。まさに命懸けだった訳です。ゲットーという狭い地区にユダヤ人を閉じ込め、飢えさせ不自由な想いをさせ、尊厳をジョジョに奪っていく居住区。そのはてにアウシュビッツなどの強制収容所送りがあった訳です。ちなみに、カミングアウトの反対は、アウティング、暴露という意味合いです。悪意善意を問わず、本人の了承なく、他者の尊厳に満ちた、世間的にはいまだマイナスに見られかねないアイデンティティを噂にしたり、さらしものにしたりすること。善意を通しても、悪意のある人に伝わり、自殺に至る場合もあり、オバマ大統領が米国の若者に演説するに至ったケースは知られていますよね
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| マルチマイノリティの現実 | 02:26 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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写真の表情が持つ奥行を思うとき…レズビアンマザーとして前に出て、そして自死でノコサレタ側として前に出て

写真の表情が持つ奥行を思うとき

心臓が止まりそうになった。FBのホームのほうは、英子とだけ「友達」だから、英子がシェアしているものとかも、やむなく見てしまうこともある。

どんなにその写真が良い表情で、沢山の人たち…この場合ほとんど女たちだけれど…その写真の雰囲気や顔の表情をベストだ、良い表情だと褒めて、まあ共感して、エネルギーをもらっていても、その人と私たちに何が起きたかが今や、おもみをまして来ている事実のなかで、やはり心臓が止まりそうになる。

「自死へのタブー」を温存している人たちだって、良い写真におさまることはある。それは全く否定しない。そして、これを私の「恨み節」と読み違えてもらっても困る。そうとしか読めないのだとしたら、まあご勝手に。いや、それはやはり困る。

私たちはあのレインボートークで、初めてレスビアンマザーが話すということで、密かに、大阪まで東京から駆けつけた人がいることを知っている。そして、孫が登壇している英子に花束を渡す姿にその人が涙したことを知っている。

あのEテレの番組で、「ようやくモデルが見つかった。それは自分の人生にとって実に大きなことだ」と言った人を知っている。

そして、新宿二丁目のアクタで私たちがトークショーをして、
「レズビアンマザーファミリー」
「あなたもハッタツ障がい?」
「自死を語る」
「見えない地方」
「エイジング」
という五つのテーマをかさねて語った参加者のアンケートに、
「となりの人がずうっと泣いていて、それほどのことかと思いました」
と書かれたことを知っている。書いた人を知っている。

私が希求してきたことは、「レスビアンマザー」という記号になることでも、もしかしたらシンボルになることでも、むろんモデルになることでもない。

アクタのトークショーでは、問題の根深さから、どうしても「自死を語る」というテーマにおもきがおかれた。私は今ほどの根本的な穏やかさを手にはできていなかったけれど、それなりにきちんと語れたとは思っている。

終わったあとに、「よくぞ、自死でのこされた家族として、映像になって前に出てくれました」と泣きながら語った若者がいた。自死でノコサレタ当事者だった。
彼は嗚咽しつづけて、私は彼の肩をそっと撫でながら「生きていこう」と二回囁いた。

マイノリティとして、前に出る、ということの意味あいが、自死でノコサレタ側の場合は、どう転がっても「売り」にはできない。売りにはできないことが、今の私を芯から支えもし、芯から脅かしもする現実を私は生きている。

しかし。
今や、あのマイノリティーは「売り合戦」ではないのかなあ。すさまじいウリ合戦ではないかなあ、とため息しかつけない昨今の私がいる。
渋谷区がどうの、連合会がどうのをこえて、その事実のみを危ぶんでいるところもある。
いや、何かが少しでも動いて、私たちの生きやすさにつながることはやぶさかではないけれど。

そういうなかで、自死でノコサレタ側であることを、公にし、言うべきことを言う私たちは、そもそも生きづらいセクシャルマイノリティーの彼らに、時に忌避され、よけられ、敬遠され、排除されもする。2011年の放送以来の偽らざる現実、きわめて大きな二次被害をこおむりつづけているのが現実でもある。

実のところ、SOTTO虹の営み…活動とは言いたくない…も時に、そういった無理解に、別の衣を着せた暴言や釈明で遠ざけられる。

かつて、私たちをモデルと言った人が、今や、良い表情の写真で褒め讃えられていることはいいことかもしれない。いいことであろう。

それでも、私と彼女は、人間として出逢いたかった。モデルにこそされても、人間として出会おうとしたとき、それが徐々に回避された事実の連鎖が思い出される。

彼女は、あのレズビアンマザーの映画「キッズオールライト」の宣伝時に、私たちの番組出演が時期的にかさなったのもあって、私たちの写真とメッセージをフライヤーに入れることを依頼した側でもある。かくして、新宿二丁目で私たちの顔入りのフライヤーがばらまかれた経緯もある。

それから、ある大学でLGBT交流会というのが開かれたとき、「僕たちの未来、開けたよねえ、「キッズオールライト」もあるし、○○もあるし」とフライヤーで宣伝されようとしたことがあった。〇〇は他でもない、私たちの番組名。
でも、ハリウッドの映画と、生きてこの日本で、覚悟と決心をして、ベロ亭まるごと私たち二人のみならず、育った子供達も出演した番組を、なんの説明もなく並べて語る、不用意さと無神経さに私は度肝を抜いて、抗議したことがあるのだ。

その意味は理解されなかったと思う。「うるさい地方のおばあちゃんたち」にそれからは、私たちは徐々に、急速になっていったのだと思う。

ハリウッドの女優は出演すれば、多額の出演料を手に入れる。役者である以上、とりあえず痛くもかゆくもない面がつよい。
だけど、どんなんだ。村八分も決意して、村八分にされる前に出る必要があったら出てやるぞと決心して、顔も出し、レズビアンマザーの子どもたちも出て、そして、孫も出て、そして、亡き「のえ」の事実も「さらした」私たちはどうなんだ。

どうして、そこにデリカシーが働かないのか、私には判らない。永久に判らない。
そして、こういう投稿を「妥当性のある抗議と権利のメッセージ」と受け止めず、
「有名になりそこねたことを、娘を亡くしたこととセットで「うらむ」地方の最果てに住むおばあちゃんたちの愚痴」と取る当事者たちの、なんと多いことか。

人間でありたいだけだ。
人間であることは、自らの問いを手放さないことだ。
そして、やがて人生そのものが問うてくる声に聞き耳を立てることだ。

素敵な写真が悪いわけではない。

この一年余り、なにを交信しても無視を決め込んでいる、その人がいくら良い表情をしていようと、それはやはり、心臓が止まるような出来事だ。

それでも、かつての都立高校の超有名人のクラスメートが、徐々にまともな表情になっていったのを、看板やコマーシャルで見たのと同じくらいの、感慨があるにはあると言っておこう。

いい表情だ。あんなに無表情だったのに、少しは解放されたかな。少しは大人になったかな。それなら良かった。

ならば交信してください。
でも、求めてはいないよ。強いてもいないよ。

その笑いの、その表情の中身とできるものならつながりたいから。
その中身が、人間としてのものであるなら、つながりたいから。

いっぱいいっぱい悩んだりもしたんだろうな。それはそれ。
私たちが要らなくなったことはよかったかもしれない。
でも、あなたが、かつてレズビアンマザーが登壇することに駆けつけたその日の、
そして、モデルを見つけた番組に大きな意味を見出したことを、
今すぐでなくとも、いつかは人間として、具体的な私たちの存在とも、具体的につながっていくものなら、と少しは祈ります。少しはね。

どんなに、フライヤーを送ろうと、どうしようと、なんの反応もなくなったとしても。

少しは祈ります。
そして、私は沈黙の外に追いやられることは、ごめんなんだよ、と私の妥当な権利をここに書き留めます。

米谷恵子    2015年4月15日夜


追記 これは「SOTTO虹」のFBに書いてから、転載したものです。一ヶ月ほど前から、私ケイコもFBを始めて、
どうしても、ブログがとどこおりがちです。英子のラインなどに、大事な内容がシェアされては消えていく危惧を覚え始めています。大事な内容は必ず、ブログにも転載するようにしますね。

それから、今日、若い世代と中高年の一般の人々では、セクシャルマイノリティの意識がものすごいギャップ゜があるという世界レベルの調査結果があると、ある人が言っていたと、さっきヒデコが言っていました。
そんな調査、「フクイが住みやすさ日本一」という調査と変わりないほど、いい加減なものだと思います。
都会でも、LGBTの若者の自殺は頻発しています。
そして、少なくとも、これは私のきわめてリアルな実感ですが、自分のレッテルと化したステレオタイプなマイノリティー性のみに住み分けて、そして、固まることで安息を得たり、という意識、つまり渋谷区で、セクシャルマイノリティが何やら認められた様子であったとしても、…それも問題だらけの内容ですが…、やはり一方で、野宿者が排除されている現実。それには言及しないマイノリティは、ほぼ昔から変わらないステレオタイプな当事者像を求めているかのように私には映ります。

レズビアンマザーであること、すでに四十代前後の4人と天上の1人の、かつて私たちの子どもだった人たちのことを思うとき、多種多様な生きづらさ、マイノリティー性を手放すわけにはいかないのです。
そして、今は亡き、娘ののえが、野宿者のテント村を最後の居場所としたことも手放すわけにはいかないのです。

ケイコ

| マルチマイノリティの現実 | 21:43 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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関西レインボーパレード2013Xフェスタにブースを出して

直前まで、ケイコと二人で、大阪に繰り出す予定でしたが
ケイコに力がなくなってしまい
一人で出かけることにした。

http://rainbowfesta.org/
ブースを関西レインボーパレードに出せるのは初めてで
この機会を逃したくないと、二つ分のグループを出した。

一つはベロ亭賽窯。
もう一つは《子を持つ/持ちたいLGBTに思いを寄せ、生と死を思う辺境の森》
構想を提唱している、お天気雨に虹ネット。

でかける前日にケイコは、
2月の京都の人権集会に更新した提唱文チラシを更新して、
夜中に私と二人で、5円コピーに、行って、
200枚刷って、果たしてパレードで枚数撒けるか二人一悶着。

第一ケイコなしで、辺境の森構想をヒデコが語れるのか?
自信がない。

構想の賛同者のれ○さんやジョエルさんはすでにブースのお手伝いを
申し入れてくれているし、
大阪の私の個展で新しく出逢ったTくんもどうやら手伝ってくれそうだと
言うことに支えられ、ヒデコは二つのテーマをひっさげて行くことに
やっと重い腰を上げた。

というのも、昨年の東京の個展でも来場者セクシャルマイノリティー(以下セクマイ)率は
6割強だったのに
大阪では、2割そこそこで、関西の仲間に見捨てられ感がある。
本当にセクマイへの差別がロシアみたいになった時
やきもので食べていけなる危機感がある。

東京の2丁目界隈の人間は、
もうすっかり、良い時代になったと思っているようだが
ここ福井にいると、いつロシアのようなフォビアの時代が来るかもしれないと
思うのだ。
だから、しっかり、レズビアンマザーであるコトをカミングアウトし、
マイノリティー性を自らの表現としている私の存在を
仲間や、支援者に提起しなきゃー、という思いもある。

段ボールをキャリアに載せて、電車を乗り継いで行くのは
かなりの労働だが、れ○さんの手伝いもあり
無事ブースへ。

なんと、Tくんは、チラシを持って会場内のあちこちにアピールしてくれて
ハートをつなごうの、ヒデコさんのやきものと言うことで
実に沢山の人がブースに現れてくれた。

私は、まだ、展覧会の疲れが取れていないので
どこか呆然としていたのだが、
どんどん、語りかけてくる人がいる!

「あの番組を観た後は泣きっぱなしでしたよ、まさか今日
ヒデコさんに会えるとおもってなかった」
と。
この反応に嬉しい。

急きょ、持っていったのえの写真も掲げていた。
ブース

「私も何度も自殺を考えました。こんな提案をしているブースに出会えて良かった。何かしていきたい」
「やきもの持ってきたんですかー」
「福井の大学生です。またアドバイスください」

など、他にも後からメールをもらったり、かなり出逢いを広げました。

とにかく、力ない私を支えてくださったれ○さんジョエルさん、Tさん、ありがとう。
それに6000人もの人を集めてくれた、実行委員さんごくろうさん。

やきものもそこそこ売り上げました。
参加費も二つのグループで分け合い、とりあえずめでたし。

これから、各地で、辺境の森はブースを出したり、会を開いたりできそうです。
賛同者の100人の方々、改めてご協力お願いします。



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オーディエンスと指標ーーその人がその人であることを伝えるために

今、浮上しているのは、タイトルにある二つのことです。

とここまで書いて、携帯からアップしたものの、
パソコンからはダウンロードできなかった昨晩。
なんだかセキュリティがきつくなったのか、
いやいや、私がかな入力のせいで、
Firefoxにしているのが、うまく機能しないとかなんとか。

今日午後、個展の準備にケガの病み上がりで、
色々な方々に手伝いに来てもらっている合間に、
ヒデコが娘に訊いて、いよいよ解決したみたいです。
私は本当は訳はわかっていないのですが、
私がかな入力であることも関係する問題だったよう…。

ちなみに、私は1986年からかな入力でやっています。
手のひらを広げる範囲は広いものの、
タッチ数は半分ですから、早く打てます。
そして、最近では自分の思考を先取りするように、
指が勝手に打っていて、なるほどこんなことを考えていたんだー、
なんて、執筆中に思うこともあります。

困難な章を、東京に行く前に四苦八苦して書いている、
と書きました。フラッシュバックにすら陥るとも…。
書きましたとも。
その日は、三日前か二日前、東京行きのね。
11時間半、ご飯を食べた30分以外はぶっつづけに打ちまくって、
ともかく仕上げました。
でなければ、東京には自分が行けない、そういう感じでした。




さてさて、オーディエンスと指標と来て、
何事かとお思いでしょうね。


これは、今回の東京行きが残した、キーワードです。


早い話が、ベロ亭を、また、「うたうたい のえ」の生と死を描くときの、
重層性、当時者性がいかに複層しているか、というお話です。

常に、古くて、またまた新しく登場してくる話。


ある方から出たのが「オーディエンス」。
まあ、ラジオなら聞き手、テレビなら視聴者、
そして、本なら読者。
対話なら、相手の事です。

そして、どこまでのコミュニケーションをそこに託すのか、
そういうお話です。

つまり、ベロ亭の物語の複層的なところに、
どこまで人々がついてくるのかってお話。


そして、指標という時、
あるテーマ、未踏のテーマと言った方がいいでしょうが、
それを提示する時に、どの程度、指標があるべきか否か、
という、ちょっとした議論があったのに端を発しています。


こちらも古くて新しい話。



つまり、私たちは、私は、
そして、のえの物語は、
全く新しい「当事者像」を提出しなければすまないだろう、
という結論から出発しているお話です。


どこまでの多重性に読者がはたしてついてくるのか。

そして、あの番組で、
あの二つのテーマに、
果たして視聴者はついてきたのか来なかったのか、
というお話です。



本当は、元の議論はシンプルにもかかわらず、
やや混戦していたり、
私自身の多重性は存在としては認めるものの、
やはり、ついてこれる人が余りいないのかもー、って、
そんなところに発しています。



今、毎日、助っ人に来る、
若者に、やきものやさんに、
料理を作りつづけ、気をつかいつづけて、
かなり私は疲れています。

東京の疲れもどっときた感じです。


それは、昨夜、二つのメールを受け取ったことと、
二つとも、自死に向き合っている方ですが…、
東京で会ったある方との対話をじっくり聞き直したこと、
とも、かさなって、私に押し寄せています。


巷は、「自殺予防週間」で都会に出れば、
否、福井市でも、もしかしたらこの市内でも、
つじつま合わせのイベント!! が持たれているでしょう。
きちんとしたイベントももちろんあちこちであることでしょう。

行きたいな、と思ったイベントもあったくらいですから。
おそらくそういった催しに出るのをさして、
「浮き世の義理」と言う「自死遺族」の方もいます。



しかし、ものすごく疲れた。


私の山場と、ヒデコの山場がかさなったこと自体が、
陶芸家とものかき、という二人の仕事のありようをも示しています。


少し、戻します。


1980年代、
様々な記事に、私たちは母子家庭二つの新しい家族として登場しました。
一つの家族として書かれる限り、それでオーケーでした。


しかしながら…。


時に言われたものでした。
「ベロ亭」を説明するのが大変なのだと。
それは、たまたま私たちの形成するファミリーが、定型ではなかっただけのことです。

それでも、なかなか自分の言葉で伝えるのは、大変だという方がいたのです。
伝えるのに努力してくださったからこその発言であり、気づきでした。


おそらく、1980年代の後半から、いや半ばだったかな。
離婚した母子家庭二つがというのを、一切やめてもらいました。
「離婚」の事実がおどろくほど遠い、博物館入りしたみたいな、
そんなおぼろな現実となって久しい頃でした。

えええええ、いつまでそのことを説明させられるのー。
いきなり、女二人、まあ母親二人と子どもたちが暮らしていましたとさ。

それではどうしていけないってわけ。
それで、いきなさーいって、いろんな記者に言ったものでした。

再婚した夫婦がいて、すでに10数年一緒にいても、
離婚からさかのぼりはしないと思います。



この、ベロ亭の私たちの定形外の現実は、
私たちにとっては初歩の初歩です。
しかしながら、世の中は30年たっても変わらない。
ただ、私たちがカミングアウトした事実は少しはというか、
かなり違ったりもする。


初歩の初歩でも、今も説明しつづけなければ、
わが人生を語れない。




さて、指標の問題について言えば、
あの番組において、
「自死」を、
番組を観る側にとっての指標があるべきだったのかなかったのか、
を考えるとき、
誰の立場でものを言うかが、かかってきます。


私は私の立場で言います。
生身の出演者として、
こおむった被害感覚のある事実に発しなければすまない。
それは避けて通れない体験となりました。


しかしながら、
この被害実感はなかなか伝わらない。いいこともありましたけどね。

なんだか、
このキーボードは打ちにくいです。
ものすごくキーが重い。
料理のしすぎで指が疲れたのかな。



このブログの読者は、
ベロ亭のなにが知りたくて読んでくださっているのかな。


のえの日記と唄と、私のノンフィクションで構成される本から、
はたして読者は何を読み取りたいと思っているのかな。



ただ、私はイサベル・アジェンデのように、
昏睡状態の娘の横で、
何百頁の本を書いたラテンアメリカの大作家のような、
条件下にはいない、それだけです。
国書刊行会から翻訳あり。
『パウラ』数百頁です。

縦横無尽の現実。


随分整理してもなお、
複層的、にして、重層的、
根源的な原点はひとつなのに、


私の身は削られ、
心はかきむしられ、
魂はそぎおとされ、

本もやせほそるのでしょうか。


ケイコ

| マルチマイノリティの現実 | 03:22 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

≫ EDIT

なぜ私がはいつくばってやらねばならなくなったのか・やりたかったはずなのに…

http://www6.ocn.ne.jp/~berotei/5.5shu.pdf
フライヤーがダウンロードできます。


疲れた。関西行きに意味があったとしたら、あのフライヤーをデザインしてくれた、
つかさ君に会えたことだけか…。

おとといと昨日、二日続けて、ある意味、
同じくらいのステータスの、でも全く違う立場の男性に、
「テレビ番組なんてそんなもんですよ…」と言われて、
やってらんなーい! って、もう心がちぎれそうになっている。
この人たちが、なんでもない話題としてこれを言ったならいいよ。
私に何がこの一年に起きたか、判った上で、少なくとも言葉の上では判った上で、
言ったんだからなあ。
やってらんなーい。

昔、痴漢はやられたほうが悪い、とすら言われることに過ぎず、犯罪ではなかった。
今は、電車のホームなんかに、大きく、
「痴漢はまぎれもなく犯罪です」とかなんとか貼られている。
レイプとてしかり。それでも、痴漢もレイプも続いてはいるのだろう。

ほんの少し前まで、飲酒運転はまあ仕方ない類のことだった。
高速で、ほろ酔いの運転手の運転するトラックにぶつけられて、
幼い女の子が二人、炎上する車の中で死んでいく姿を見た両親が、
法律を変えた。
飲食店が飲ませる飲ませ方を考えなければならないような時代が来た。

ドラッグについても考えることがある。
ソフトドラッグは、タバコや酒と同じように、違法ではなくして、
必要最低悪にして、そのかわり、
精神疾患を持つ人間にすすめたら、罰金という制度があればいいと思う。
ソフトドラッグもハードドラッグも厳罰の日本では、
薬物依存から手を引く、そんな道作りはありえない。
一速飛びに島送り…だもんなあ。
おまけに、精神障害者の家族は、ソフトドラッグによる病状の悪化に、
満身創痍で対処するのを余儀なくされている現実。
ドラッグをすすめた奴は、責任すら取らなくていいなんて許されない。

同じく。

自死遺族に、無為な沈黙を守ったら、罰するなんておかしいけれど、
せめて常識として、敬遠されたり、噂されたり、そんな世の中の常識が変わってほしい。
自死遺族を噂にして、えじきにして、また自死遺族の家族に自死があったら、
罰する世の中になればいいと本気で思う。
そんなこと、全く誰も考えていなかった時代に、
あの「のえルーム」を全国放送に流した、親御さんが先鞭を切って、
「語る自死遺族」をやってくれたことで、常識変わったよねえ、
そんなふうに言われる時代を、現実に思い描いてもみる。

なにか、私だけが、敏感で手に負えない、言いがかりをつけているような、
そんなふうに思われていることに耐えられない。
これら、全ては、自死遺族の「分かち合いの会」に行ったら、
一秒とたたないうちに、すでに周知の事実として、全くその通り!!
と誰もが頷く事柄だというのに。

私は、今度の5日のイベントで、「自死遺族」の代表として、
自分の身をさらすのは勘弁したい。
その席に、何人かの同じ立場の人がいて、
そこに、ほんとほんとそうだよねって雰囲気が満ち満ちていて、
安心して語れないなら、今からでもこのイベントをやめたくもなる。

そして、余りにもユニークな、還暦を迎えた発達障害当事者としても、
そこに一人だけ存在することに耐ええない。
自閉症スペクトラムを生きていることが、
どんなにか「ふつう」を強いる世の中で、見えにくい苦労と、語りにくい苦悩を、
生かされているかを、実感として知らない人々と同席したくない。

本当は、自覚していないハツタツ当事者も実に多い。
私の見聞からいくと、LGBTの半分はハッタツと言って過言ではない。
その半分は、本当に生来のハッタツ。
その半分は、LGBTの自己否定感と、ハッタツが強いられる自己否定感が、
きわめて酷似していることも大きく作用している。

私は豊かすぎる、マイノリティ性を今、もてあましている。
豊かなはずの自分のマイノリティ性が、また5日のイベントで
ただ単に消費される恐怖と不安にちぎれそうな自分を持ちこたえている。

信頼する自死遺族の分かち合いの会のMLに告知を流すのが遅すぎた。
ハッタツの大人の会の大阪には、
とっくのとおにフライヤーを送ったのに、
大阪府の事業をおろされて、皆打ちひしがれていて、
対応できずにいることを知って、私もまたずきんときた。

フライヤー作りが遅くなったのは、
東京からの講師の決定に時間がかかったことがある。
のらくら、紆余曲折、丁寧に対応していたけれど、
アンコール放送の時から決めていたイベントに、
こんなに事実上手を染めるのに時間がかかることになった、
その一因に、東京の人の都合があると思うと、
その人がどういう人かを超えて、怒りがつのる。

東京でイベントやる時と違って、人集めには時間もかかる。
ましてや、連休のイベントだ。早めにゲストを決めて、かかりたかった。
その想像力が、東京人になかった証明みたいな事実に悔しさがつのる。

私は私で手順をふんで、
やっぱり、自死遺族の会のMLに書き込める精神状態にもっていくのには、
それなり自分の胸を熟させたり、そんなふうなことだって時間が要る。

結局、東京人の「地方差別」は、このイベントの参加者一覧を見ると、
実に明らかに浮かび上がってくる。
他の地域はいろいろあるのに、首都圏からの参加者だけ、
ゲスト以外はすっぽり抜けている。
違う国なのだろう。

日本とロシアが違うように。
日本とイランが違うように。

日本の若者が国際反ホモフォビアの日に、
世界のLGBTの現実には、なかなか目を向けないのと同じような現実が、
ここでも進行しているのだろう。

東京に行って、東京に集約できる地方の活動は、
東京で歓迎される。
東京で、福井でもこのイベントやれますか、って、
言われるだけで、注意深くなる。たとえそのイベントの内容がオーケーでもだ。

この落差を理解しない人とは組めやしない。

私は5日を迎えられるだろうか。
5日を真摯に迎えられるだろうか。

昨日も今日も、参加希望者からのメールで、
迷いを聞いたり、相談にのっている。
どうして?
どうして?

私は早く、のえのCDブックの原稿を書き上げたかった。

アンコール放送。
あれはなんだったのか。

出演者の枠をこえて、いろいろ提議した。
心を砕き、つまりハートを粉々にして、
「ハートをつなごう」に貢献した。
私達がこの一年に受けた、
二次被害をまたまた繰り返したくなかったから。

制作者もその枠をこえて、
考えられないくらいに奮闘した。最後の最後に。

そして、今、私は誰と、どこに向かおうとしているのだろう。

仲間が見えない。
命のひびきが聞こえない。

皆、いつわりと嘘と、うわっつらの奇麗事に紛れて、
逃げ出そうとしているように見える。

私は、語る痛さに耐えたくない。
私は、さらす痛さに耐えたくない。
私は、一方的に相談されるエネルギーに耐えたくない。

私は私でありつづけたい。

私の特性をあわせもつ人々と共に。


でも、それらの人々とて、たかがジャンル別の共通性に過ぎない。

私は深く潜伏して、もう一度私が私であることを見つめたい。
深く、心静かに、誰にも邪魔されずに、誰にも期待せずに、
誰の表現も借りずに、
映像のチカラも借りずに、人の言葉も借りずに、
私自身でありつづけるための、
自分の表現を獲得したい。

土曜日に会った若者が言っていた。

「なぜ、僕らは、ここまでこんなに大切なお二人を、
身を粉にして動かさせてしまっているのだろう。
なんとふがいない僕らだろう。
15年たったら、やっと皆は気づくんだろうか。」

ケイコ

| マルチマイノリティの現実 | 22:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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