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本日11日夜6時大阪の地下鉄扇町駅二番出口。LGBTと発達障害に特化、自死で遺された人の分かち合いが

今は2時前、北陸線でゆっくり大阪に向かっています。夜6時からの分かち合いを営むスタッフとして、です。
扇町公園では、レインボーフェスタが開かれていてーベロ亭のひでこのやきものも並んでます。
生と死を思う辺境の森構想の実行団体として、お天気雨に虹ネットも乗り入れています。
ただし私は6時からの、ちいさな集いSotto虹、のために、電車に揺られています。
多くのLGBTが、そして日本人のほとんどが目を背ける自死と、それによってノコサレタ人たちのとまどい、悲しみ、葛藤、心の負債ー

そんなこととは無縁なふりをしながら、実は深層に言い知れない迷いを抱えている人たちに数えきれないほど会ってきました。

逝った人への思い、逝った人の思いに、向き合えない社会は、生きている者をも本当には生かしてはくれていないーそれが、娘の、うたうたい
のえ
の生と死に6年に渡って向き合ってきた、私の揺るがぬ実感です。
大切な人の生き死にに向き合うかどうかは、一人一人の人生の深遠なる課題でもあります。

これはけっして少数の限られた人のことではなく、日本人全ての課題だと思います。

とはいえ、それぞれの語りづらさは、LGBTであること、発達障害的傾きをつよく持つか、なども深く関わっています。
そこで今日、新たにその切り口で、ちいさな集いを持とうと思います。

私自身、既存の家族を前提にした分かち合いでは、けっして分かち合えないばかりか、傷つけられる体験も経てきました。
だから、誰も傷つかないような、そんな集いを持つべくこころしたいと思っています。

私の携帯は09020931739です。

5時以降は電話での問い合わせも受けられるかと思います。

一人でも心の扉を開いての参加を、心よりお待ちしています。

ちいさな集い
Sotto虹
呼びかけ人
ベロ亭
KEIKO
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| 辺境の森から | 14:39 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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生きるこの場を信じたい・だからブログを書く

生きるこの場を信じたい・だからブログを書く

今日は昼から、二つ目のE県の取材。
一人目は、喪失体験のある方だった。
今日は、障害のあるお子さん…といっても成人しているけど…、
と共に生きている立場の女性だ。

E県をフクイ県でもなく、
福井県としてノンフィクションに明確に出すのか、
というのが、現在の私の最後の課題のひとつになりつつもある。

そんなこんな含めて、「仕切り直し」に命を賭けている。
まあ、命がけと言わないまでも、相当の気持ちを注いでいる。

しかし、「仕切り直し」をされた側にとっては、
なんだか不思議な手紙が来たり、
ただ舞い上がる誕生日や旅立ちのプレゼントが届いたり、
そういうのにすぎないのだと、知らされる日々が続いている。


舞い上がらせると、勘違いはひどいものになる、
というのがおとといの体験だ。
ある方のお子さんの誕生を、誕生日を、
その方の出産を、育児を祝福しエールをおくる私のカードとプレゼント。
そのお返しは、とんでもなく残酷なカードの言葉だった。
今すぐ、ここには書けないほどのものだ。

実は二日ほど前の「待てど暮らせど」エピソードは、
のえの妹の双子ちゃんとのことだ。
彼女たちもつなぎたいという思いがあるから、
私のよりによって、頭に来た内容を綴ったものを、
別の人に送るはずが当人に誤送信したゆえに、
とんでもない危機的な回り道をした。
心臓に悪かったけれど、回り道をする甲斐は、
この子たちに関してはあるし、
回り道をさせる気づかなさが背景にもある。
私の誤送信はそれを浮き彫りにする結果になった。

最近知り合った人で、なんとこの土地で車を運転しない人がいる。
正確に言うなら、車を持たない生活をしている。
だから、バスか徒歩か、そうでなければ人の車に便乗となる。

主体的にベロ亭を訪ねるなら訪ねてほしい、
そういう思いが募るようになって久しい。
いつもこちらが動かなければ、対話をも成り立たない。
対話や電話で足りないことをメールすれば、
メールのやりとりは苦手で…と、とうとう言ってきた。
カンペキ、閉じた生活を享受するシステムを彼女は作っている。
あとは、周りが動くかどうかだ。

私はそろそろ動きたくなくなった。

私は私で、私だっていつも人と対話したいと思ってはいるものの、
その対話は対話でものすごく疲れるから、
セーブもしなければ、取材のエネルギーも残らない。
いや、誰と話していても、最近はE県取材的な要素はあるけれど。

なんかすごく理不尽。

対話も電話もしている人に、
言えなかった思いをメールで言えば、
メールは苦手ですから…って。

私もそうなんですよねー。

トーキョーの「応援団」もどきに集った一人にも言われた。
実際に会わないとだめなんですよ、僕はね。
はいはい、だから、会えない間は何の進展もありません。
トーキョーのこの筋の人たちとは、
電話すらもままならない。なかなかつかまらない。
時間制限すら最初に提示される。
はいはい、40分で話しますよ。
あなたの貴重な貴重な時間に、
私や、のえの事を入れる時間は、そう40分なんですねって感じ。

昨日、煮詰まりつつあったのは、
トーゲー村の奇々怪々がらみの事柄。

やはり私としては、人間としての「仕切り直し」をしたはずの人から、
トーキョーの展覧会のあとの、手土産がおつきあいのつもりか、
届けられました。
キャンキャンとしたお腹かからは一切出ない声の話し声が続きました。
私には途中からただの音声にとって変わりました。
残酷でした。
彼女の壁のあつさ。闇の深さを思いました。
キャンキャンないているわんちゃんたちの闇も深かろうね。
僕たち、こんな生活したい訳じゃあないんだよってなもんで。


そうそう書き忘れましたが、
ネット村八部の少し前のブログで、
ニューヨークのカップルとブログ上の書き込みでだめになったのは、
私が「動物園の動物がかわいそう、
「残酷」って言った意味が全く判らなかったのも大きいのです。
あんなの収容所だよねえ。
みずから、マンションの一室とかゲージ飼いの鶏みたいな、
そんな暮らしをしていると判らないんだなと思うと切ないです。
これでは、人間として最低限リアリティのある、
対話の積み重ねのスタートラインにも立てない、
だから撤退した次第です。

トーゲー村に触れることは、
ヒデコのつらい孤立に触れることにもなる。
しかしなあ。
ヒデコさんに会費500円でペルーの話でもしてもらって…、
なんてことを次世代がお手軽に言っていると知ってしまって、
私はいてもたってもいられなくなっています。

別のネット上で、ヒデコは相当でっかいし、
多くの「支持者」を私とは違ってつかんでいますが、
最近、ある人に、彼女の貴重な指摘を削除されることが続いています。
そんなことが許される訳がないようなマナーの悪さ…。
指摘されることそのものにむかっ腹を立てているだけなのは察するところですが。

ベロ亭のあるM町の角に入るとき、いつももう何億回も、異次元に息を止めて入っていくようなそんな気分を味わってきました。
なのに、そんな隣近所の人でも、今や、ネット上で「いいね」なんてする時代。
恐ろしいと言えば恐ろしいけれど、素敵と言えば素敵。
恐ろしいと素敵が隣接して、裏腹に存在して人々を脅かす時代。

なーんにも、おかしいことをおかしいと言わずに来たまま、
この地で私は死ねません。
この地で生きた、生きた私を表出したいのだと思います。

トーゲー村でヒデコが勘違いされたままで終わるのは忍びない。
パートナーのおせっかいというまなざしもあるけれど、
それはヒデコすら途惑う私の怒りだけれど、
私はこのフクイ県での孤立の一端としてすでに視野に入れてしまっています。

つい先日までは、東西の壁がぐわーんって立っていたのですが。

ええっ、東西の壁をもう一度立てろって言うんですか。
壁は一部崩れただけにすぎないのは判っています。
だからって、どうしろって言うんですか。

フクイの人の心内に少しずつでも近づきたい。
ずっと異邦人の町とムラだったこの地の人たちの、
あるなら本当の良心とバランス感覚、
するどい痛み、許せない怒りに近づきたい…。

珍しく、朝起き抜けに書いた、やむにやまれぬブログです。


ケイコ

| 辺境の森から | 10:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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心配され損、見舞われ損、泣かれ損…ひりひりと疲れてます

心配され損、見舞われ損、泣かれ損…ひりひりと疲れてます

ひりひりしみる。。
自分の仕事の方向性となかなか交わらない訪問。

いや、交わるはずだと思いなおして顔を出したのだけれど。

損得の話がしたい訳ではないんです。
でも、つくづく割の合わないことばかりだなあってひりひりしみる。

昨日から、話し出した。朝起きたら話し出した。
小さい声で。そおっと声出して。

今日は、執筆にかかわる突っ込んだ話もヒデコとした。
かなり頭も心も疲れた。やっぱり声を出したら、こうなるんだな。

少し休んでいたら、とうとうG君が来たらしい。
少し遅れて食卓に行く。
お土産が珍しくある。軽い軽い箱入り。

開ける。広げる。さっと伸びる彼の手。
私もヒデコも笑ってしまう。
私の体調を心配して、お見舞いに持って来たと言いつつ、
私がまだそのお菓子に手を出さないうちに出される手。
かわいいんだよ。笑えるほどに。

もう1人の30代の子と2人で買ったという菓子折。

私は手をつけられないだろうなあ。これからは…。

なんだか、人に会うほどに冷え冷えとした感じが深まっていく。


私の声が出なくなったのを彼は、私が彼にきちんと宛てたメールで知った。
この2年近くの思いを最低限したためたものだ。

…何ができるという訳ではないんですが、心配なのでお見舞いに来て…

そもそも2人で来るというのを、G君にはしばらく会っていないので、
1人で来てもらった。疲れるからね。

メールの内容をこちらから、伝わっているかどうか切り出したら、
私の書いた文面を必死でたどる。
…それって私が書いたことをたどってるよね。…
するとこう返ってくる。
…ええっと、失望させていたんだなあって…

そこから「内容」に入っていったかな。
ある時点で、彼は悔しさの中でも自分の限界を認めなきゃならないって話をした。
悔しいけれど…って前置きをして。
私は言った。
…悔しくてもいいんだよ。そうでなきゃできないってこともそうなんだよ。
両方そうなんだよ。…

彼はふっと打たれたように泣き出した。
間をおいて私が言ったことで、より泣いた。号泣に近かった。
そんな自分がいることが驚きだったみたいだ。



後の事は、省略。

…お見舞いに来たのに、見舞われているみたいです。…

それを気づいただけいいよ。
それでいいよ。

G君が帰った後は、アトクサレみたいなものはいつもない。
純粋だし、素直だし、少年から少し青年になりつつあるみたいだし、
あとは引かない。

だけど、どうなんだよ。
この私は。
少しだけ、肩をもんでくれることになって、
慣れない手つきなりにG君らしさはあったけれど、
だからって、どうなんだよ。


誰のせいでもないけれど、
誰もかものせいかもしれないけれど。


息子のカラも心配だとメールをよこした。
何か歯に衣着せたみたいで、歯切れが悪い文面だった。
前に話したときみたいにはっきりしていなかった。

心配ってなんなのだ。

えーとっ、お見舞いって結局なんなんだ。


最近、みんなよく泣くよね。
泣いた一人一人は、一人一人なんだけれど、
ヒデコも別にネット上のつきあいで泣かれたり、
会った人に泣かれたりしているみたいだけれど、
みんなそんなに泣くとこないのかなー。


声を出し始めたら、結局、こうなんだ。

自分のケアには黙るしかないんだよ。

しんしんとふりつもった涙の核みたいなところに、
私はじっとたたずんでいる。

で、黙っている。
それが私のケア。
誰にも届かないところでじっとする。
それでいい。

ケイコ

コメントご容赦。

| 辺境の森から | 23:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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トーキョーの出版という困難な旅路から、幾つかの語り合いまで

パソコンに戻って書いています。いやはや、キーボードはどんどん打てるからいいですね。
それにしても、六回に渡る、私の携帯からのブログアップは、我ながらそれなりの内容、それなりの臨場感、それなりの思い、それなりの文意…自画自賛してどうなるの? という感じですが、まあつらくて、ここまで書いていいのかという思い以上に、書かずにはいてもたってもいられないような、焦燥感を突き抜けたくて書いていた…それが今読んでよく判りました。

六回に渡る携帯からのアップに応えて、それなりの数の拍手もありがたやー、です。携帯は思うように打てない感覚もつよく、文章がねじれている箇所がやはり少しはあり、今、全部訂正しました。それでも、伝わるものは伝わっていた、という証しのように、コメント欄や拍手欄への書き込みまで、ありがとうございました。いかに心配かけたことかと思うばかりです。

目覚めれば考え、どうして、どうしてと思いをこらしてきました。そして、携帯へと親指を集中しました。手首がつらくなるほど書いていた時もありました。やればできるんだな、携帯でも、なんて今、また見て思いました。

思えば、のえが遺した「うたうたい のえ」こえあるかぎり  のブログの日記も、携帯で打ち込んだんですものね。よくぞ、ここまで自分の気持ちを表現しているなあ、と自分が携帯日記を続けてみて思います。


出版社に行った翌日、ある分かち合いに行きました。書かなくともいいくらいの体験。
でも、私の立ち位置との違いを、これぞとどめー! というくらい明確に認識させる出来事がありました。

その翌日は、気分転換のつもりで見たメキシコ映画が、余りに絶望的な世界を描いていて、映画のタッチはなかなかのものでしたが、うーむ、世界中同じなんだな、と思うばかりでした。そして、知っているラテンアメリカの光と闇が彷彿としたものでした。

その夜、と翌日の夜、ヒデコのラテンアメリカ面白トークでした。これについてはヒデコが書くことでしょう。

その二日目の昼間、午前10時から午後5時まで、長丁場にもかかわらず、私の出版という困難な旅路をサポートしたいと願う人たちが集まってくださいました。これはこれで、しっかりと報告したいところですが、ここでは書きません。ただ、私はその場の人の痛みも受け止め、私もある程度語り尽くし、午後5時には、どこか突き抜けた境地になっていたことだけはお伝えしておきます。

だから、そのあと、出向いたヒデコの2回目のラテンアメリカトークでは、前日と打って変わって、合いの手を入れてあげて、昼間の集まりにも参加してエネルギーが不足しているかもしれないヒデコのサポートに、気合いを入れて臨めました。よかった。ものすごくエネルギーを使った一日でしたが、疲れはふっとんでいました。

11月5日夜、二回乗り換えて、駅から15分の道を歩いて、のえのノンフィクションの実質的には最後のインタビューに出向きました。のえの最後の一年の唄いっぷりをよく知る、女性うたうたいの、澄んだ、言葉少ない語りにこめられた深い真実に打たれました。彼女も、私と会えてよかったと、別れてすぐにメールが来ました。

そして、おととい、6日、私は、私がのえの生と死に向き合うやり方として、どんな道筋を歩いているか、それがどんなにか日本では前人未踏の道なき道かが、かなり判る方と語り合うことができました。
これについても、いずれ、まとまった形で書いてみたいところですが、今日はこれまで。




そして、今日、出版社に私の一週間の思考のはてに行き着いたところを示しました。

やりますよー。
やらないわけにはいきません。

のえの唄を、のえの言葉を多くの人が待っているから。
そこをはずさないで、私は冷静に自分と向き合っています。


ケイコ

| 辺境の森から | 22:05 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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なんとも言えない、根源的な痛苦が気にかかる

なんとも言えない、根源的な痛苦が気にかかる





こんなことをこの日記に書いていいのだろうか。
だけど、私は自分自身だけに向ける言葉を紡がなくなってから久しい。
その種の作業は自分の心の中で、言葉を瞬時に紡げば事足りる。
それは自らの精神性の蓄積にこそなれ、精緻な、詳細に渡る事柄は、
忘れてしまったほうがいいと、すでに20年ほど前に放り出してしまった。

人とつながるための言葉以外には書かない。
ひとりごとも、人とつながる時に意味を持つ時しか書きとめない。

今日のこのブログは、限りなくひとりごとに近いけれど、
根源的に人の孤独というものを見きわめたく書いているとも言える。

昨日、ある方と話した。
私としては、歴史的と言える対話をしたかもしれない。
あるいは、そんなに歴史的とも言えない対話だったかもれしない。

人は、なにをもって自分を抑圧し、あるいは抑制し、
そして、人として立っているのかをあらためて深く考えることになった。

抑圧と抑制は、裏腹で、全く違いもするけれど、
時にものすごく近いところにあったりもする。
人一人の力ではとても処しきれない、そんなことを負ったりもするだろう。

私はその方に、
「ご自分の体とお気持ちとお身体を大切に。ご自身をいたわることをためらわないよう」
と、対話後のメールのやりとりで丁寧に「アドバイス」された。
 この上なく、真摯で誠実でデリカシーに満ちた方だった。

それでも、私はこの「アドバイス」の置きどころがないことに気づく。
きっと、芯からそう思ってくれて言われたことには寸分の疑いもない。
それでも、そうであるにもかかわらず、私にはその言葉の置きどころがない。

前にもある人に言われた。
やはり、私と同じ立場を十年以上されている人だった。
その人には、面と向かって会った後だったから、なにか「先輩づら」されているようで、
ただ、自分の中で棚に上げれば良かった。

しかしながら…。

昨晩の方は違う。
私はこの日記ですら、「この人」とは書かず「この方」としか言いようがない、そんな方。


この方は、日本の闇や、絶望をどれだけ負ってきたことだろうかと思う。
この方は、日本の闇や、絶望とどれだけ向き合ってきたことだろうかと思う。

それでも、自らの意志で希望を手離さない、
そのことを自らにどれだけ課してこられた方だろうか、とありったけ思う。


だから…。
だからこそ。

私は黙して、祈る。


ちりぢりになった生と死の狭間で。
結びつつある生と死の間で。


私は黙して、祈る。


人は自らが負ったものを人にも見るのだろうか。

そこに希望を見るというのは、どういうことなのだろうか。
そこに希望を見ないというのは、どういうことなのだろうか。


話せた、ささやかな満足感を十分にしのぐ、
日本の精神性の闇の深さに目がくらむ。

その方のふところが深ければ深いほどに…。
その方が現世の欲や得をこえて、孤独に模索しているその手探り。
それが聞こえた、見えた、感じた実感と共に。

祈る。
見つめる。
感じる。


のえ。
ありがとう。

あんたが遺してくれたものが、
紛れもなく「希望」であることに私は頭をたれる。

どんなに無力だった自分をかみしめても、
どんなに、のえがのえで、
私が私でしかなかったことをかみしめても、
それでも…。

それでも、
「希望」を遺してくれた、
のえのスゴサをかみしめる。


それはどうにもならない。
それは打ち消しようもない。
打ち消す必要すらない。

なのに、
その「希望」は佇立している。

まるで、のえの自分でも気づかないほほ笑みに、
いつも、いつしか、誰かがわすれがたい想いをかみしめていたように。

その「希望」は佇立している。

のえのように、
ぽつんと、
一人で、
たたずんでいる。

紛れもなく、ここに、
そこに、
私の手の中に…。


そして、
私は、
なんともいえない
根源的な痛苦が気にかかる。


2013年8月21日夕方7時前

ケイコ





甦る。

魯迅の言葉。

…絶望の虚妄たること、
希望に相等しい。…

あの時代の魯迅の見ていた、
絶望がリアルなものでなかった訳がない。

| 辺境の森から | 18:46 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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