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いつまでたっても、発達障害も「自閉症スペくトラム」もあまねく当たり前のものにならないよね。 グレーゾーンの人を入れたら、ホワイトの人のほうがマイノリティって感じの特性なのにね。


いつまでたっても、発達障害も「自閉症スペくトラム」もあまねく当たり前のものにならないよね。
グレーゾーンの人を入れたら、ホワイトの人のほうがマイノリティって感じの特性なのにね。

才能の孤島とも言われる、めっちゃできることがあったりもするし、そのわりに普通のことができなくて、困った存在にされてしまう。
二次障害にすぐいってしまう。虐待やいじめが追い打ちをかけてひきこもるのは当たり前。まゆのなかにおさまる感じかな。


日本はどんな健常者?であれ、日本に生きるというだけで、一人残らず、ひどい二次障害をかかえているよね。あるがままの存在を許さない社会ってただの特性を障害領域にまでする場合も。むろん、もともと障害の域の場合はもっと大変だけど、逆に尊重される場合もあるかもね。
はい、一応「自閉症スペクラム支援士」なもんで。

しかし、この県ほど、親愛の情でいったことが通じないハッタツ系の人、むろん大人でいっぱしのプライドがあってって人で多いよねえ。

大阪の「発達障害を持つ大人の会」ではKY、上から目線、女王様とか、あだ名ついていて、楽しんでいたなあ。私は発達障害者の若者たちの「お母様」にされそうになって、逃げ出してきたくらいです。
でも、あのノリめちゃ面白かったけど、完全自律型だから、調整は難しいのは当たり前だよね。

英子のところからコメント欄に書いたのをはりつけました。
恵子でした。あら意味はなしているかしら
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| 自閉圏のつらさと豊かさと | 22:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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二人で外仕事して、宿題メールからハッタツ系若者の顔ぶれが次々

電気がま準備


二人で外仕事して、宿題メールからハッタツ系若者の顔ぶれが次々と




二人で今日は外仕事を午後から夕方にかけて、三時間ほどぶっつづけでしました。

ヒデコは、新しく、「老後対策」のために、迎え入れるお窯さんのために、窯場の床というか、土間を掘り返すという、あの年にしては、しかも女としては、本当は考えられないほどの重労働。でも、人にしてもらわなくてはどうしてもできないという仕事以外は、彼女は地道にこつこつ、大変な割には爽快な顔をして、やるのです。明日、あさってと、どんな疲労を訴えることやら…。

私は私で、今日はクレマチスの根元のところがずっと前から植木鉢がこわれた状態で、植木鉢の破片やら、木ぎれやらでおおっていたところに、もう半年以上前から買い置きしておいた花壇用の弧を描く煉瓦かブロックもどきで囲って、せっせせっせと、新しい花壇の創出に励みました。その結果、あっちの苗をこっちに移し、そっちの花をこっちに統合しなどなどの果てしない作業が続きます。もちろん、花壇には新たに土を入れなければならないしで、よいこらしょって土を一輪車で運んだりもして、相当動きました。

せっせっせっせ。
ヒデコは窯場。私はマイプライベートガーデン。
あれ、今日、イシカワよりの県内からはるばる来るって言っていたおっちゃん、来ないでないかー。えっ、そういう事情で来なかったのかって、二人して、もうやめようやめようと、切り上げる頃に届いたメールの事情が事情で笑い転げた。

ここのところ、私ケイコは、人と会うのが続いたり、以前だったら当たり前なのに、選択的引きこもり生活の私には、ちょっとまれなる日々が連続している。

今日は本当は、あるメールを決心して書いて、自分の仕事の、大きなステップを踏まなきゃーっていう気持ちは固まっていたというのに、ホームセンターに材料を買いに行くヒデコに同行するあたりから、流れが決まってしまっていた。

花壇を作るのは、数ヶ月、いや一年近く前からの懸案事項だったから、春めいた日差しを浴びると、避けられない作業。花が開き、芽が吹くみたいに、自分も動き出すのは止められない。お前なあ、書斎で仕事するぎりぎり限度でないのか-。あのメール書かないとやばいよー…という声はじき消えていた。

せっせせっせせっせ。
二人のやっている作業を見たら、二人の年齢は考えてはいけないかもー。
まあ、私もすごい動いたね。ヒデコは間違いなく重労働。それでも、やったねーって達成感は大きい。あるネットにアップすると、「いいね」が続々。
一人、「近くだったらなあ」。
いや、明日、もっと大変な作業には、助けに来てくれる人はいるんです。

何もかも二人でやってきた。
私たちの応用範囲はかなり広い。
こういう具体的な作業でも、人のこころの問題でも。

実は、朝、これは執筆の仕事とは別に、携帯メールで個人的に長いメールをもらってもいた。夜になってから、どうやって応えようかと少し考えた。短い返信も書く。もう一度、来たメールを読んで、これはつくづくしみるなあ、と思う。心痛いと言い換えてもいい。


新しい「カテゴリー」を創ろうかなあって思う。
「人生のエキスパート当事者目線のハッタツ系若者研究」とかなんとか。
でも、今日のところはやめておきますわ。

約8名、次々とハッタツ系若者の顔ぶれがフラッシュみたいに浮かびます。
明らかにそういう傾向を持つ、こんなにも多彩な顔ぶれと、このカンに、こんなにもつきあってきたんだなあ、と溜息が出る思い。これで一冊の本が書けるほど、「熟練当事者による途上の当事者研究」が進んでいる実感が溢れます。

いや、でも私は痛いんだ。
どの顔が浮かんでも痛いんだ。

そして、とりわけ、年末のあのとき、ある若者にその「母上」から電話がかかってきた時の彼の動揺を眼前にした後の、私の動揺がフラッシュバックするみたいになって、結局、彼らの親子関係を目の当たりにするのは、私の心の琴線に触れすぎるんだというのを思っていたのです。

あの年末、地元在住と、遠方から来た若者二人の前で、私は珍しく号泣一歩手前。
実際は、号泣までできなかったけれど、する訳にいかなかったけれど、かなり溢れるものを止めようがなかった。その涙のハッタツ的早トチリのおまけつきで。それは、きちんと説明しながら、怒りましたけどね。若者ったって、8人のうち、2人は40代なんだから。

おいおい残酷だよ。判るわけないだろ。
同時に、子の側の気持ちも、親の側の気持ちも痛いほど判ってしまうってことが、どれほどのことかー。

いやあ、その「母上」は私なんかと、全然違います。そんなこと、数分の電話で判りました。
なんたたって、私の出身地と同じ都市在住だから、一瞬にして、どういうマナーと、どういう志向とを身につけているか、そのずうっと前に交わした会話で判ってしまうのです。

それだけにねー。
それだけにー。


親なんてねえ。本気で向き合わなきゃならないってことを知っていても、あきらめることもある。
本気で向き合えないかわりに、世話になっている…らしい…人に、へえっ、お中元とお歳暮来るわけーって体験までさせていただいたりー。
もう、これお断りしたけどね。


まあ、本気で向き合わなきゃならないってことを知っていても、親は親の人生の限界を見ている場合もあるの。それぞれがそれぞれの限界を抱えてもいる。

一度はね。その若者の親御さんからの贈り物を、お世話している若者たちを代表する贈り物って思おうとしたこともある。
でも、これじゃあ、ダメだ、この個別にして具体的な若者との関係が始まらないって思った。彼は彼で成長していくためには、お中元、お歳暮、困りますって訳で。

こういった私たちの、私の側の「選択」の背景に何があるか、判るわけないよね。
判ったら、あんな本は書かないよね。


のえは、それもこれもあれも、どれもこれも、丸ごと持って旅だっていったよね。


ひっちらかした宿題のままに、8人の若者たちの顔ぶれが泡立つ。私の中で、私の悲しみの海で、波立つんだ。

ええっ、そのまっとうさで迫ってくるわけー。
ははっ、その正直さで応えてくるわけー。


でもね。
悲しみはいとしさでもあると私は知っているから、
その8人を抱きしめもするの。
いっぱいいっぱい、黙ったまま、その人その人に必要な言葉だけを選んで言いもするの。


「お母さん」もつらいんだよ。
息子や娘がよそ様に世話になっているのを認めるのは、つらいのよ。
あるいは、判りたくないのよ。
判らせる必要がない場合だってあるのよ。

なおさら、その親御さんが、ハッタツ系を秘めていながら、
自分のことではない、って思い込んでいたらね。
子どもの事への思いの大きさと裏腹に、自分だって生きるのが大変なんだよ。

そんな簡単なことが、
「子ども」のまんまの若者たちには、なんで判らないんだろう。
判らないままですんでいるってだけなの?


そうして、私は、私たちは、またもや矛盾にさらされる。

さて、念押し。
自分はハッタツ系ではないと信じているこのブログの読者氏、
あなたもきっとそうですよ。
そして、この矛盾をきわめる役回りをまたまたしてくれるんだと、
そう腹を決めています。

日本人的ハッタツ、フクイ的ハッタツ。
優等生的ハッタツ、天才的ハッタツ、なんでもござれー、よ。

逃げない、避けない、
私のライフワークですから。
親と子どもとの間で起きる相克、
それにハッタツがどう絡んでくるか、
これもライフワークですから、
ねっ。

ケイコ

| 自閉圏のつらさと豊かさと | 00:42 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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カレンダー事件勃発、ハッタツ系はアウティングは避けられない?

カレンダー事件勃発、ハッタツ系はアウティングは避けられない?

今日、トイレに入って、新しい、少しだけ見覚えのあるような小さめのカレンダーがあるのに気づいた。ああそうか。私が体調を崩し、行けなかったキャラバンの一日に、C子さんが来たと言っていたし、ああ、それでもヒデコもこれを買ったんだって思ってめくった。

さりげなくも、どこかに甘さのあるイラスト。よく買ったよな。C子さんの絵が各月に描かれた手作りのカレンダーだ。11月までめくって、心臓が止りそうになった。
のえの楽曲を4曲、5時間の滞在中の最後の最後に聴いて、目つきも表情も変わったC子さんが、翌日、ネット上でこの絵を公開していたのは、目の端で見た憶えは確かにある。

へえっ、自分はここまで嘘をつかずに生きては来なかった、ってC子さんは感慨深げに、のえのことを言っていた割には、こんなふうな絵に簡単にしちゃうんだって、…それ以上は思わないことにした。

その絵が、カレンダーの11月の絵になって、のえって名前もローマ字で入っていて、しかも、ヒデコも神戸から手伝いに来たタンポちゃんも買った、買った??
訳が判らない、どういうことって、ヒデコに訊いた。

そこから始まったヒデコとの語らい。ああ、胃が痛くなりそう。いや、心臓がまたちくりちくりと痛む。

実を言うと、のえの曲を聴いた翌日に見た絵ではなく、ネット上に書かれたC子さんの言葉のほうは私は嬉しかった。
…ブランチによばれたのでもなく、おしゃべりにお邪魔したのでもなく、今日は、のえさんという人に出逢いに行ったのです。のえさんは、生きづらさの壮絶な語りべです。近い将来、大きな反響を呼ぶと思います。わたしだからよばれたんやと思います。…
そのようなことが書かれていて、私はほっとした。文面は節度があった。それ以上に感動もあった。でも、彼女は、「わたしだからよばれた」って書いた瞬間から、自分を甘やかしたんだと思います。買いかぶったのね。よく判るけどね。
ハッタツ系を殺すには、誉めるに限るからー。

しかし、公開されたネット上の画面では、またまた起きてはならないことが続いたのです。実は、別の人のひどい書く込みで、彼女が書いてくれた内容への感動すら打ち消すような事態だったが、私もヒデコも努力して、その火の粉は丸一日で消すことができた。


最近、カミングアウト…少数派や弱者など、名乗りをあげなければその存在が判らない人達が、自らの尊厳をもって名乗り出ること…と、
アウティング…悪意善意を問わず、たとえカミングアウトされているような事柄でも、その本人以外が、本人の了承を得ず、他者にその内容を告げてしまうこと…と、
この二つの事柄が、ものすごい社会性を必要とする事柄なんだと、アウティングの被害を自覚しながら、いよいよ認識を深めるような時期だったから、何とも言えない気持ちに、このカレンダーを見て襲われた。

アウティングの被害ってね。ベロ亭に通っている若者に、1年くらい前に、こう言われた時から受け続けたの。全く悪意がないのは判っていたし、遠い街だから、1年かけて翻訳と説明を、ようやくできるようになったけれど…。同じ市内だったら、すぐに火の粉は払ったわね。ああ、思い出すと溜息…。
「レズビアンの所に行っているっていうと、皆、18禁って言うだけで…」


さて、のえの唄を聴いて、その感動を自分の絵に描いてくれるのは悪いことではない。
だか、しかし、限定部数とは言え、人に売るカレンダーに、私の了承すらなくその絵が入っていて、しかも、自分の家のトイレでそれを突然見てしまうなんて…。

うん、C子さんもハッタツ系。とても自覚的なところもあるから、ヒデコと話して少しは判る部分もあるでしょう。私は今、人とは話ができないのでヒデコに任せるしかありませんから。そろそろ声が出なくなって10日目。声を出したら何かが終わってしまうような怖さがあります。

C子さんのカレンダー事件と、アウティングとが本質的に同じって、読者の方、判りますよね。これが判らない方は、他者への想像力がないって自覚して下さいね。あなたも無自覚ハッタツ系かも…。


のえの日記、私のノンフィクション、そして、何よりも、のえの曲、4曲で構成されるCD部分。これらの著作権、肖像権、引用などの問題が、よりいっそう明確に立ち上がってきた経験でした。まだ過去形ではないけれど…。

そういえば、去年、二人の若者が、のえの曲を聴いていて、一人が曲を聴いたら楽譜に書ける人で、もう一人がそれを「できる?」って感じで訊いた時もどきりとしたものです。
それは、まだ、のえの初期後半くらいの曲だったのですが…。

ところが、CDにする4曲を聴いた後、楽譜にできると言っていた人の言い方が変わったのです。それには、何よりも楽譜にできないほどの、のえの絶妙な唄いっぷりだったということがあるのだと思います。
それでも、楽譜にできないほどの唄いっぷりも含めて、のえはのえの高みで、のえはのえの生きづらさの極みで、唄っているという、抜き差しならない尊厳を、どこかでその人は感じたんだと思います。そんなに安易に楽譜にできるなんて言ってはいけない…とも。

これは、のえのお通夜の席から持ち上がっている課題でもあります。
ある人達は、のえの『ひとりぼっちの夜』を皆で唄うことを望んだ。
だけど、とりわけ音楽仲間は、少なくともそのときには、のえの唄を唄えない、と思った。のえさんにしか、のえさんの唄は唄えない、という叫びがあった。

難しい課題だな。
私は著作権者なんだよなー。


すでに見えないところで、昔の音楽仲間が、のえの「すきっぷ」だの「雨の中」だのを、唄っているのは全く構わないのです。

だけど、人間として筋の通らないことはいやなんだ。
きちんと、了解を得たり、プロセスを踏んだりしなきゃなー。
のえだって、いやだろうなあ。

大変なものを、いやいや、大変貴重なものを、私は「所有」してしまっているのだろうか。
いやいや、所有なんかしたくはないんだわ。

のえの生きづらさと嘘のない人生に、唄でとことん向き合ってよね。
向き合ってから、絵を描いたり、自分が作った、のえのための唄でも、のえの唄でも唄ってよね。

昔の音楽仲間は、少なくともそういうところには向き合っていると感じる。
のえの唄がかけがえがないと感じている音楽仲間はね。

のえが亡くなった直後に作ったという唄の歌詞を送られて、
のえが人生をマチガエタって言うかのような歌詞にあきれて、
こりゃあ、勘違いだわーって思ってからも、すでに5年余り、


いろいろ心は煩わしいけれど、避けられないんだなあ。
どこかで予感していた、この事件!?

自分の甘さに、ちょっとは向き合ってから、
絵でも唄でもつくっておくれよね。

ケイコ

| 自閉圏のつらさと豊かさと | 00:13 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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違和感をバネにするだけか…今日の花は夏の陽射しをめでてるし!





朝といっても世は昼前、なにせ朝まで執筆や調べものをしていたから、今頃起き出して、あんまり綺麗なので次々とぱちり。今日を咲き誇っている花たちです。

ゼラニウム、これは多分おととしからのもの。花はちりかけてるけど、独立して置いたら見事さが際立ちます。

人でも花でもそうなんですね。
とりわけ、私みたいな人間はそうかも。

そうそう、私は寄せ植えよりも、独立して植えるのが割に好き。

それから正体不明の急に伸びてきて咲いた、おそらく球根花。毎年大きく数も増えるのは、EM堆肥が流れていっているんだと思います。

ともかく起きていちばんの、花たちの表情観察。一に観察、二に観察。三に水やりと、やはり、ものぐさガーデニングに書いてあったっけ。

これもすでにやってましたね。花ガラ摘みなんかも自然としてます。

この続きは夜までに書きます。また見てね。写真は携帯でないとまだアッブできず、親指打ちは時間がかかるんです。




上記の文章は起きてすぐ書きました。
ヒデコより先に起きることが多くて、そんな時間は時間で静かです。
起きているのを待つ気持ちがある時と、一人が続けばいいと思う時と、
これはどうにも変わりようのない習性です。

それでいて私はほとんど行かない県庁所在地の市に、
いろいろな活動や用事をかねてヒデコが行けば、
帰るなり、どうだったか訊いている私もいます。

まず人に逢うことはないので、
そんなふうに人々の息吹を感じているのかもしれません。


本当に元に戻ったって感じ。


人に逢うのは億劫です。
様々な理由があります。
まず、この県には私が話して面白い人がまずいません。
面白くするためには努力しなくてはならない。
それを相手が感じない中でするのって大変。
ヒデコはそれをいつもしているのかと思うと、
偉いな、って思うけれど、
よくやっているな、とも思います。

実は食事の後、いや途中からだったか、
ひともんちゃくありました。

私はいまだ、自閉症スペクトラム度テストで、
自分が曲がりなりにも「育てた」子どものうち三人が、
6とか13だということが、すごいすごいことであるのです。

子ども側から見たら、
私がそのテストで40ということがリアルにあらわしてしたことを思えば、
なんだ、なんなのだ、だからあんなふうだったのかあ!!
と思うしかないことはあるでしょう。

ヒデコとのひともんちゃくについては、
きわどいことばのやりとりを再現しきれないので、
ひとまず伏せます。

ともあれ、
私の側の、特に三人の子どもたちへの「違和感」はいかんともしがたいものでした。
早い話がどうしても理解できなかった。

そういう人たちが6だったり、13だったり。
そして、ヒデコも13だったんだけれどね。

子育てをしていた時期、
今が皆がこんなにもにぎやかで楽しくて、幸せなんだなあ!
って思ったこともありました。

こう思うっていうのは、
とりわけその日の記憶が鮮明だというのは、
子育てそのものが、
それに伴う日常が、
私にはかなりのおもみの、
というより無理に無理をおしての毎日だったからだと、
今日気づきました。

聴覚過敏があるのに、
あの二人の大声に耐えなければならなかった。
耐えられないからこちらも大声を出した。

のえものえなりに大声を出して、
遊びの演出に精を出していました。

のえのテストの点数は私に近いもので、
自閉症スペクトラム度の閾値をやはり越えていました。


正直言って、
この私がよくぞ、5人の子どもの子育てなんぞを、
したなあ、とつくづくと思います。
ひとりよりは二人というのはあるけれど、
なにも5人なんてね。

でも、5人だから子どもの渦に、
子どもたちなりの世界に、
ある種、ゆだねられた面もあったかと思います。

何日か前に挙げた詩に関して、
どなかからも何もないのは、そろそろさびしくなってきた。
だから、こんなことを書いているのかもしれません。

この春ごろ、私はしきりと言っていました。
「子育てなんて、割にあわないことだよなあ」と。
訪ねてきたサナエにも言いました。
どのくらい伝わったのかな。

のえはのえで生きた。
意外なほど、そのことは胸に落ちているのです。
先に逝かれるさびしさはこの上ないけれど、
単にそんなことをさして言っているのではないの。

のえを亡くしてすら、
響かぬ響きを、届かぬ声を感じつづけるのに、
かなり疲れているのかもしれません。

もう、のえのキョウダイたちに何かを希望として、
託したり、ゆだねたりはしてはいけないのかもしれません。

のえとの向き合い方もそれぞれ。

忘れられる人は忘れればいいのだろうとも思い始めています。
これを書いてしまっただけで、心が震えるけれど…。

しかし、そういう人間と私はもはや、
お茶を濁して会ったり話したりは難しいやろうなあ。
そう思うと、また心身に震えが走ります。

それを受け入れるほうが、
のえが逝ったことを受け入れるよりも
今の私には大変なのです。

食後のヒデコとのひともんちゃくは、
ありていに言えば、
自閉度をめぐる違和感に端を発していました。



ただ、むしょうにさびしくなるのです。
私はやはり同類を失ったのだと判る時、
むしょうにさびしくなる。

人を払いのけても…だって前に来る人が恐怖なんですから…
人にけむたがられても…なんか違和感があると皆さん面倒みたいだから…
のえには生きていてほしかったよー!!

私は「同行二人」の相手を失った、ということに直面する時が、
いちばんつらい。

それがどこまでも私独自のもので、
私にしか判りえない感覚で、
それでも、のえとだっていっぱいいっぱい、
もんちゃくはあったし、
どうにもならない時間はあった。

のえを亡くしても、いまだ「自閉症」のなんたるかを、
知らないでいる、そんなキョウダイに触れると、
正直言ってめまいがします。

そして、こう書くと、
彼女達への「圧力」になるとも言われます。

どうして、自分の素直なものの感じ方すら、
他者への圧力となってしまうのですか。

存在していることすらいけないような、
そんな不安が私を包みます。

昨日、
やっとまた軌道に乗り始められた原稿書きで、
私は、
「人にはばかられるほど長生きして」
という一節を書きました。
そういう長い長い時間を生きたとして、
そこには、長い長い、
のえへの喪失をかみしめる時間をもあるのです。

ビオレっタ・パラも明らかにそういう圏内の人だったと思う。

「人生よありがとう」という歌は、
彼女の晩年の唄です。

晩年をかみしめた時、私たちは「ありがとう」と言う。
私はこれからも、
私の長い長い「晩年」を生きる。

これから、
ブログに書く時も、
本になる原稿を書く時も、
全て、絶筆のつもりで書いている。

そして、絶筆が延々と続く人生なのかもしれない。

のえ。

あんたが肩を押しているからさ。
私は逃げる訳にはいかないんだ。

あんたが逃げたなんて思ってもいない。

逃げたって思っている人から、
私は逃げる訳にはいかないんだ。
あんたが何に苦しんでいたか、
なーんにも判ろうとしていない、
そんな人たちからも逃げる訳にはいかないんだ。

花のきらめきや彩りが今は救い。

悲しい。
切ない。

のえ、
帰っておいでよ。
もうすぐお盆だし。

ありゃりゃ、この世の慣習なんで関係ないか。
いつも好きな時に帰っているか。

書きあげるからね。
のえを世界に知らせるからね。

のえが人々と作った、のえの世界を、
この世界にもう一度届けるからね。

見ていてね。
あんたに見ていてもらわないと、
どうにもならないみたいだよ。

今日の花を見た??
今日の花の気を感じている??

どこからも何も聞こえない。
蝉の声だけが聞こえる。



ケイコ

| 自閉圏のつらさと豊かさと | 12:37 | comments:2 | trackbacks:0 | TOP↑

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おかしいな、あるジャーナリストのYouTubeから中島みゆきに、ついでにえっ!! 妙な女性が入閣???

ヒデコがあちこち痛いって言うから、
奥の手の光線治療を久々にYouTubeを見たり、
ピアノを弾いたりしながら、
していました。
見ていたYouTubeは、
あるかなりラディカルなジャーナリストのもの。

昨日はじめて聞いた名前。

それをほぼ終えて、それだけでも一時間以上あったけれど、
たまたま、中島みゆきのあるテレビ番組が出ていて、
45分見ちゃいました。

そして、二つの曲を心に刻みました。

アドレスあげないけれど、聞きたい人は聞いてください。

「誕生」。

それから、「銀の龍の背に乗って」。
こっちは、あるドラマの主題歌だから知ってる人多いかも。


まあ、「誕生」聞いてみるといいです。
最後の最後がほんとのほんとの、みゆきさんの真骨頂だな。

のえの誕生日の数日後に知ってしまったよ。
1992年の作品。のえが新宿で唄ってた頃だな。


あらためて、一つ前のブログの「ダイヤル117」を聞くと、
この二番の歌詞の、27年前の古さに息をのむよね。
まっ、詞の表現であるわけだけれど、
こんな現実、福井ではまだまだごまんとありますよ。


笑いながら、けっして泣き顔ひとつ見せずに、
ストレスの果てに、
亡くなった女性の話を、最近なまなましく聞きました。
許せんやつらがいるんだ、その向こうには…。

「日本福井化計画」なんて言っている恐ろしい、
女性閣僚誕生なんて、
これでいいと思ってんのカー!!!


いやはや、福井では、
このての訳のわらない「つよさ」によく遭遇します。
意味わかりますか。
心の深層までマインドコントロールさせる、
恐ろしい言動と声の調子。

みんな仮面をつけて生きているから、
なかなか見分けられません。




ありゃりゃ、みゆきさんとも、のえちゃんとも対極!!


ただし、この人も間違いなくヒットラー型アスペルガー。
とんでもない話に、話もとんでしまいました。



さて。





私が好きなのは、
「張り詰めすぎたギターの糸が、夜更けにひとりでそっと切れる」
に全て集中します。


こういう時が人にあるって事、
ワカンナイやつが政治やるって恐ろしいこったなあ!!
こりゃあ、大変なことになります。
大変な時代になります。

日本福井化計画なんて、判りやすすぎますぜ。
わかんないと、いけないんだよ。
こんな時にこそ、福井にアンテナ立てなあかんでー、


さてさて。



「肩に降る雨」は、
今でも続けていて、ますますきわまりゆく、
みゆきさんの「応援歌」の原型みたいなもの。

あらためて、みゆき特集番組のYouTubeを見て思いました。
後半はあとにしようと思ったら、
前にこの後半だけは見たなと判りました。
歌会の特集でした。いや、夜会か。


おまけで、坂本美雨ちゃんのDJの、
中島みゆき出演のを聞いてしまった。
あら美雨さんってこんなふうなのね。
みゆき節は、まったくいつもうるさいわいな。
めっちゃ、うるさい、典型アスペちゃんだわい。


でも、番組の最初に二人で目を合わせられなかったって、
これまた、二人とも自閉圏ですわな。
美雨ちゃんは、まああの血筋だから自閉ありの、
整調したしゃべりだなー。




もしも、あなたが聞く気があるなら、
「誕生」は聞いてください。
ひとつYouTube消されてるけど、ご本人ので残ってるのもあります。

最後のWELCOME
ぴんと来ない人もいるっていうけど、
私にはとことん判りますぜ。
あったりまえか。

ということで、
今夜こそ、原稿書きに戻りマース。



ケイコ

追伸

カテゴリー、新しく作った音楽のカテゴリーにしてたけれど、
内容が内容だから、
自閉のほうに、大急ぎで変えました。

思い込んだら百年目の、
自閉アスペ女性閣僚は、
凄腕ですぞ。
血の気が騒ぐ。
それはそれで訳あり。

| 自閉圏のつらさと豊かさと | 19:33 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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