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陶芸祭、ベロ亭の、やきもののネットショップのご案内       (しばらく冒頭に固定)

陶芸家岩国英子の作品、商品が満載!
あなた自身のお買い物はもちろん、誕生日やお祝い、親孝行の折には、利用してくださいね。
ベロ亭賽窯ネットショップではカードが使えます。

是非このサイトをを見て探してください。

買い物カゴもついていますから、安心して、お店でご覧いただけます。

http://berotei.com/

また、やきもの、新作、展覧会情報はネットショップのブログで
書きますのでよろしくお願いします。

なお、5月26日(土曜日)
27日(日曜日)
28日(月曜日)
の3日間、越前陶芸祭に出店します。


助っ人大募集泊りがけもご相談下さい。

地元以外の遠方からのお手伝い希望の方には、宿泊施設も確保してあります。
早めに、ご連絡いただけると助かります。条件などご相談しましょう。


搬入・25日
舞台装置のような店作りから、やきものの展示まで。
午後から夜まで。できる時間帯など、ご相談に応じます。
現在、助っ人が足りず、捜しています
ぜひ、ご連絡を!!
昼過ぎから夜まで。


搬出・28日5時から。
かなり集中的に全てのものを片付けます。
人がいるほどありがたいなあ。

販売のお手伝い
期間中、午前9時から午後6時まで。
特に朝から午後3時頃までが必要かな。
本日16日現在、特に日曜日のほうが不足。
日曜は人出が多いからなあ。
月曜日は、私たち二人のみだけど、少しでも手伝ってくれるとなあ。


場合によっては、
助っ人のみならず、アルバイトでも。

けっこう、出逢いを紡ぎながら、
いろいろ学べる面もあると思います。

| やきもの | 02:57 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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5月5日のイベントと6日にかけてのツアーに参加された方へ

5日の映像&トークイベントと、
6日にかけての芽吹きツアーに、
参加された皆さんへ
こころ暖まるメッセージや
カンパをくださった方々へ


お礼とご報告のメールをお送りしようと思いつつ、
なかなか着手できずにいます。

大きな達成感と共に、あの日に至る渾身の日々のせいで、
二人とも、ものすごく疲れていながらも、
ヒデコは月末の越前陶芸祭のための追い込みの日々、
ケイコは、娘ののえのCDブックの原稿書きに復帰しつつも、
またあらたに懸案事項が浮上して解決にあたっていたり…。

ここ数日(16日現在)、PCメールや郵便で何通も、
イベントのアンケートや、
「こよせへの森」構想への賛同のお気持ち
が寄せられています。
まだの方、ぜひ、忘れずお願いできればうれしいです。


そして、どうか、もう少しお待ちくださいね。
必ずや、ご報告とお礼のお便りをお送りいたしますので。
多分、今週中には、
それが無理なら6月初旬には、と考えています。


さて、5月11日づけの当ブログ『ベロ亭日記』、
≪資料を片付け、『バリバラ』お初に見て、ああ、やっと復帰≫では、
このイベントと二次会ともに参加した方への、
ハッタツネタの「なぞなぞ」があります。
そちらも必読?!です。
おこたえ、推測、なんでもお待ちしています。
さあ、あなたの「ハッタツ感覚」チェックー! してみませんか。
(自閉症スペクトラム支援士でもあるケイコより。)

5月14日月曜日の夜  ケイコ&ヒデコ  と   お天気雨に虹ネットより

ついに、15日のコメント欄に書き込み一人。
あなたも続けてぜひ書いてね。 

16日午後

「なぞなぞ」大切なやつのほうが、忽然と昨夜、私の前に現れた。
イベント中は「あえて何がサプライズか」言わなかった。
そのサプライズが、どれだったか判りますかってのが、
今度のなぞなぞです。
だって、フライヤーにも書いてあるでしょう。
この「なぞなぞ」には、やや本気でおこたえいただけると、
私としては、かなり嬉しいです。
合っていようと、いなかろうと、
つまり、あなたにとっての驚きと、
私が用意したつもりのサプライズが一致するかどうか、
それだけですから。
ある意味、もうイベント翌日に挙げたコメント欄には、
そうと知らず、気づいている方を見出してはいますけれど。

さあ、第二の、このイベントの謎、
あなたの驚き探しの旅にいざ!!

17日午後  ケイコ

| 辺境の森から | 22:09 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「けっしてわからない」に立つ詩人シンボルスカと、娘の始まりと に

朝、早めに目覚めて、枕の傍らにあったシンボルスカの詩集『終わりと始まり』をほぼ読破した。これは、明白な事実だ。
『幸福な王子』を急に確かめたくなって、アマゾンの古本で1円で購入した、オスカー・ワイルドは、童話集と『獄中記』だけが読むに耐えそうだ。私には…。

シンボルスカのノーベル文学賞受賞講演の、余りに謙虚にして的確、簡潔にして深遠な言葉を読みながら、じわっと来た。涙というより、涙に近い一筋の水滴のようなものが、私の目を伝った。

「わからない」ことを手放さない姿勢、手放しようがない姿勢。そこでしか、「詩人」でいられないことを、彼女は深く謙虚に、アイロニーと共に語っている。語っているということと、知っているということは違うと言っているかのように。

私にとって、永瀬清子さんと同じくらい、大切な詩人との出逢いが始まったことをひそかに、だが確かに意識した。

茨木のり子はわかりやすすぎた。謎がなかったもの。佇立する意識のあり方は素敵だったけれど。
石垣りん。生活者のありがたい、ユーモアと素朴で深い疑問の韻律。でも、私には着実すぎて、ごめんなさいって言いそうだった。
吉原幸子。エロチックで知的で、ぬるぬるとしていて、それでいてやっぱり優等生で。
大昔読んだ、エミリー・ディキッソン。古めかしくて、禁欲的な韻律が嫌いじゃなかった。その頃は、私に必要だった。襟を正すような読後感。尼僧にでもなったような。

本当は、もっと出逢ってもいい女性詩人はいただろう。でも、私は次第に『機を逸する』ことを良しとするようになった。この地方の本屋に本がない事と、ネットで本を手に入れられないそんな時代のハザマと、私の知的欲求、探究心を詩や書物に依拠しない、そんな時代とが重なったまでだったろう。

永瀬清子さん。再び、最近ひんぱんに読み返すようになった。こういうことは、私は余りない。その時々、わかる、伝わる、必要とする、そんな読み方が多い。

マルグリット・デュラスが面白くてしょうがなかった時もあった。今はどうかな。手に取りたいとはあえて思わない。

ミラン・クンデラは、フランスに移って、フランス語で書くようになってから、付いていけなくなったというべきか、付いていかなくなった、と言うべきか。
『存在の耐えられない軽さ』は映画を観てから、小説のほうを読むのが、全く別の面白さを生んだ、稀有な読書例となった。短編集も好きだった。

北米の黒人女性作家では、アリス・ウォーカーは処女作『メリディアン』が、トニ・モリスンはやはり処女作の『青い目がほしい』から動けなかった。他の著作も読みかけたが、その頃は、なぜか小説を読む気力に欠けた。魅力を感じても、読みこなせなくなってきていた。まあ、あの『カラーパープル』は読んだし、ウォーカーのエッセイ『母の庭を探して』も、その頃のベロ亭の暮らしを支える底力を得たけれど。



今日、シンボルスカを読みながら、なぜ、永瀬清子さんがノーベル文学賞を受賞していないのかと、少し思うところがあった。難しいな。翻訳という壁がある文学というものは。

幾つもの詩の一節にどきりとし、ふふふと笑い、ふむふむと頷き、ふと謎の迷宮に入り込み、でもしっかりとあのポーランドの物事と状況と風と樹の現実に引き戻される。

次の一節が強烈に残った。

「たとえばこんな疑問が頭に浮かんだもの

痛い思いをしてまで生むに値するのだろうか
死んでいる子どもを
船がどこにも辿りつかないというのに
どうして船乗りになることがあるだろうか

わたしたちは死に同意した
ただどんな形の死でもいいというわけではない

わたしたちを引きつけたのは愛
ただしそれは
約束をきちんと守る愛

芸術への奉仕に
嫌気がさしたのは
評価のいいかげんさだけでなく
傑作の命の短さのせいでもあった」

詩  一連の出来事の一つの見方   より抜粋



さて、おとといの晩、北野武なる人物が、
同性愛者とその子どもに対する、
挑発的な侮辱発言をテレビでしたという。

娘の早苗はツィッターでしきりと意思表示をして、
70にのぼるリツィートがなされた。
そのプロセスでは、ネット上でいやなこともあったらしい。

2003年のファミリーウィークエンドで
…信じられないけれど、もう9年もたつのか…
私達二人が『元祖レズビアンマザー』として、
大阪のレズビアンたちの合宿で、一時間の講演をしたとき、
参加できなかった三人の娘にその時のテープをダビングして送った。
参加者に丁重に断って録音したテープだった。
カラは唯一人の男として、そして、のえも参加していた。

その時、早苗も他の娘二人も、なかなかそのテープを聴かなかった。
私は、私達の元で育った「こども」たちに、
いつも、どうしてこういうふうに育ったのか、
この二人の元で育ったのか、説明義務があると肝に銘じていた。

聴けない理由の一つに、すでにテープを聴く機器がない、
という事もあった。でも、それが聴けない理由になる事が判らなかった。
少しだけ、聴かない理由を思いきって聴いた時、早苗は、
「だって自分の事でめいっぱいで、しょせんヒトゴトだし…」
と返ってきて、私が考えている説明義務と、いまだかみあわない人生が、
少なくとも早苗には進行している事を確認した。

これは、早苗がLGBTコミュニティで生きていなかった事とは、
とりあえず関係ないと私は分析している。
LGBTコミュニティで、とおに説明義務も説明される権利が行使されたと、
「勘違い」して生きているLマザーやその「こども」たちがけっこういることを、
この一年間、確信的に視てしまったから、
その見聞は、むしろ私の分析をいよいよ決定づけた。

そもそもLGBTコミュニティが存在するか、すら、
考える必要のある事象だろうけれど。

本当の自分自身の内に埋まる種は、
自分自身で見つけようと思った時にしか見つからない。
それはその人間自身の意志とタイミングと運命のようなものが、
一挙にかさなり、うずいた時にこそ、
様々な出逢いと共に、芽を出し、ついに花開くのかもしれない。

シンボルスカの背景にあったポーランドの、見えざる全体主義とは違う、
「わかる」ことが前提で、どんなマイノリティすらもおおっている、
この日本社会で、「わからない」一歩を早苗が踏み出した事を、
私は心から祝う。

天国ののえと共に、早苗が声を出したようにも、
あの、カラの番組での物言いと共に言い出したようにも、
全く、早苗自身の一人の胸の内から芽吹き出したようにも思いつつ、
そのどれであっても、そのどれでなかろうと、
「わからない」一歩を踏み出したことを、私は祝う。

「わかる」事だけを良しとしているこの日本で。
「わかっているつもり」のこのマイノリティの群のただなかで。

それは勇気とか、意気込みとかでは済まない始まり。
そして、終わり??

シンボルスカの詩集のタイトルは、
『終わりと始まり』。

この前のイベントに参加した人で、
すでにやみくもに、あるいはとりつかれたように、
あるいは、胸の響きに静かにいざなわれるように、
「わからなさ」に踏み出した人々のことを私は思う。

以下は、シンボルスカの、1996年のノーベル賞受賞記念講演の結びより。

「しかし、『驚くべき』という特徴づけには、論理上の罠がひそんでいます。結局のところ、わたしたちを驚かすのは、すでによく知られていて一般に認められている規範から逸脱するものです。人が慣れ親しんでいる、ある種の明白さから逸脱するものです。ところが問題は、まさにそういった明白な世界など、じつはまるっきり存在していないということではありませんか。つまりわたしたちの驚きはそれ自体としてあるものであって、何かとの比較から生じてくるわけではない。
なるほど、一つ一つの単語についてじつくり考えたりしない日常的な話し言葉では、だれでも『普通の世界』とか『普通の生活』、『ものごとの普通の流れ』といった言い方をします。しかし、一語一語の重みが量られる詩の言葉では、もはや平凡なもの、普通のものなど何もありません。どんな石だって、その上に浮かぶどんな雲だって。どんな昼であっても、その後に来るどんな夜であっても。そして、とりわけ、この世界の中に存在するということ、誰のものでもないその存在も。そのどれ一つ取っても、普通ではないのです。
どうやら、これから先も、詩人たちにはいつも、たくさん仕事があるようです。」


昨日、私がある人と、結局一日を費やしてした『トンネル内探索脱出作戦対話』の中で、ふとした折に、その人はこう返した。
「むしょうにつらくなったんだね。シツレイセンバンだと思うけど、ケイコさんの魂は素敵だ。かわいい。
その時は、次の対話に進むのに余念がなく、ただ律儀だった私だけれど、今日になって少し嬉しい。シンボルスカにも、永瀬さんにも及ばない魂だけれど、まあ、これでいくか。

ケイコ

| 詩の世界から | 15:31 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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たんなんFMでヒデコがまた、語ります

FMたんなん夢レディオ(79.1MHlz )5月14日日午後1時16分から2時30分まで、DJします。
再放送は深夜の同じ時間。インターネットUSTREAMで音声だけで。
今回ははペルー、ボリビアの本場ならではの民俗音楽をかけます。準備をしながら私は踊っていますよ。http://www.ustream.tv/channel/tannanfm

太鼓と笛だけの祭の曲や
ホセ・マリア・アルゲーダスの《ヤワルフェスタ》を紹介しながら
またもや「自死」のこと、
ペルーの風の音や心を話します。

それから、珍しく、日本にいるフォルクローレの世界に入ります。
美しすぎないものを紹介します。
何か違う、って感じないですむ、南米楽器の音を届けたいです。

期待して。陶芸祭の準備で睡眠時間を削ってやるヒデコのこれが本当の
ボランティア。

ヒデコ

| 未分類 | 01:32 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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「みずうみのうた」が聞こえる、のえ、今行くからね。

2日たてつづけにアップしたから、下の前の日記も、ぜひ見てねー!!

のえのアカペラの傑作曲、といっても、ロシア民謡をのえなりに、
潔く、息までデリケートに唄いこんだ、「みずうみのうた」が、昨日も作業をしていると、
頭の上のほうから鳴り渡ってきた。
自然と口ずさんでいる。口ずさむほどに、私はどこかがふるえてくるような感触で、
体中をつつまれて、やむにやまれないような気持ちに駆り立てられる。

今日、初めて判った。のえが早く原稿にかかれ、って言っているんだ。

あいたいのは、あなたでなく、
そばかす気にしてた、日のわたし…♪♪

のえの声が頭から離れない。幻聴ではないよね。

ただ、あの切なくも美しすぎる声が響く。
離れない。

あいたいのは、あなたでなく、
そばかす気にしてた、日のわたし…♪♪

ふるえる心をおさめなんかしない。
かといって、きわめつけになってしまうからこのアカペラのテープを回すこともしない。

5日の参加者の連絡先カードの回収を忘れた分、
今日はほんのわずかな人数だけれど、
PCメールの確認に余念がない。その作業の間中、鳴り渡るのえの声。

今日は、日本中、脱原発行動だよね。
私は、のえの原稿の執筆が終わらない限り、
脱原発では動かないと決めている。

そして、鳴り渡る、のえの声。

あいたいのは、あなたでなく、
そばかす気にしてた、日のわたし…♪♪

少年は鳥になれずに大人になった…♪♪

のえ、ごめん。こんなに遅れてしまった。
アンコール放送も、5日6日のイベントも、大切な回り道だったって、
のえは許してくれていた。
これも大きく、のえの事と共に、大切な事をつかむ重要な回り道だってことを。

あいたいのは、あなたでなく、
そばかす気にしてた、日のわたし…♪♪

誰か、のえの事を語れる人よ。助けてよ。
そばかすこそなかったけれど、あのめちゃくちゃかわいらしい、のえを伝えてよ。
あの日の、のえを伝えてよ。

あのやんちゃで、いたずらで、たくましくて、繊細で、
めちゃくちゃユニークで、偏屈で…。

もうやめよう。
リフレインは止まらない。

脱原発のデモからも限りなく遠く。
敦賀原発一号機から17キロのここベロ亭で、私はのえの声を聞きつづける。

あいたいのは、あなたでなく、
そばかす気にしてた、日のわたし…♪♪

書くからねえ。
もう少しだ。事務仕事はちょっと中座しよう。
あんたの書きかけの、そう2月のあの日から中断して、
そして、やっと3月に二日間だけ書き綴って、
ある一塊は終わらせて、とても書きはじめることのできなかった、
重要な日々の記述に入っていこう。

心を穏やかにして、魂を静かにおさめて、
あんたの、アカペラの余りに美しい、余りに繊細な、息使いまでが聞こえる、
その日の、のえの、
気にするそばかすはなかったけれど、
いろんなこと思っていた、日ののえに、
戻っていこう。

ごめんね。本当にごめんね。

みんな喜んでいるけれど、のえはもう待てない。
私ももう待てない。

少年は鳥になれずに大人になった。
のえは大人になれず、
いや、そこそこ大人にはどこかでなってはいたけれど、
とにかく、うたうたいにだけは立派になった。
でも、もう夜空の鳥だね。
夜空から、あの日のイベントから帰る人々も見ていたよね。

満月、まん丸でやけに大きくて、
「あっ、あそこに、のえがいる。ライブやってるー」って言っても、
応じる人がいなかった、さびしさよ。
のえにとって、月がいかなるものか、
知らない人に囲まれた一瞬のさびしさよ。

なぜ、あの日、私がのえの長居公園での写真と、真っ赤な花束を置いたのか、
あそこに来ていた人々は感じていたの。見ていたの。

満月。あの晩、とりわけ、はちきれそうな光をたたえていた。
来られなかったブンさんは見ていたって伝えてくれた。

のえは大人になれずに、鳥のように、いのまにか手を離れる小鳩のように、
うたうたいになった。うたうたいさえやめて、本当に夜空の鳥になった。
いや、朝だって、昼だって…。

朝でも夜でも、気がついたら、みんなどこかに行っちゃって、
一人寝ていても、いつもぬくもりは覚えていた、そんなのえさ。

最後の、のえの時の、そのぬくもりまで、私は書き継ぎたい。
私の使命と天命と、希望と愛と、夢と祈りをこめて、
私は、あの原稿を書き継ぎたい。

あの写真が置かれていた意味とおもみ。
あの赤い赤い花束の伝説。
みーんな、伝えるからね。

ごめん。遅くなった。
本当に遅くなった。

だから、もう唄わないでいい。耳元で。

少年は、鳥になれずに、大人になった…♪

あいたいのは、あなたでなく、
そばかす気にしてた、日のわたし…♪♪

うん、わかったよ。
会おう。
のえ。
今、行くから。

ケイコ

| のえと共に | 14:50 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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資料を片付け、「バリバラ」お初に見て、ああ、やっと復帰      (翌日、末尾に加筆・なぞなぞつき)

このブログをアップして、4日間が経過した。
ハッタツならぬ、『自閉症スペクトラム』とも、
発達障害者とも言うべ人々が傷つく瞬間、
というのを、身を挺して、「なぞなぞ」にしたけれど、
今のところ、どなたからも、「あのときかなー、たしか」とか、
「もしかして、あのとき??」とか、推測してみたり、
思い当たるふしを言ってみたり、も何もない。
LGBTよ。異性愛当然社会の中で、
自分のことが伝わらないもどかしさを思い出してほしい。
自死に寄り添う方々。誰にも伝わらない深い孤立感、思い出してほしい。
これって、このあいだのイベントと二次会参加者への、
私からの「やさしい」なぞなぞなんですよ。
お願いだから、誰かこたえてくだされ!!5月15日に記す

翌日16日に書いてます。コメント欄に見えない形で、
Oさんから書き込みあり。あらら、わかってたんだ。
もう少し、書いてくださるのを待ちますね。
そして、いずれ皆さんの「ハッタツ研究」「ハッタツ感度」
担当ケイコとして発表させていただきまーす!!5月16日に記す。


今日まで居間にぐるりと輪になって、並べられていたLGBT関係の資料、あるある、まああれこれあるわい。あらためて、もともと持っているもの、持ってきてくれたものを見ていると、まあまあまあといった発見もあって、宝探しにあらさがし? だけど、片づけにはなかなか入れない事情というものがここ数日はありまして…。

いやいや、LGBTの資料の向こうには、自死遺族の分かち合いやら、
自死を語るタブーを考えるといった資料、
わがライフラインの「ハッタツ障害を持つ大人の会」の会報の山も。

そりゃあ、もうくたくた、起死回生のイベントで使い果たしたエネルギーや、すさまじや。
でも、意外に元気だったからこそ、輪を描いて、コンテナに入っていた資料を早々に並べていた訳だけどね。

昨日届いたあるお方からのおん手紙で、ずぶずぶと泥沼に入りそうになってからが、やばかったなあ。せっかく人生ここまで生きてきた上での、あのイベントの達成感が曇りそうで、いやはやこれはなんとか手を打たねばーって。

夜、また別の、ある方の関係者である方と、ゆーっくりお話しました。なんでここまでこういうことが遅くなってしまったんだろか。って、電話し終わってから思いましたわね。さあーっと、肩の荷が下りるみたいになって、でも、この一年余りの日々がなんだったんだーって。午前3時近かったです。

今日は、その余韻で、のえちゃんがいないことが、どかーんと来たね。ここまでやっても、ここまで達成しても、ここまで歩いてきても、「のえは、もどらなーい」ってことが、こういう時にはどかーんと来るのよね。私みたいな立場の人はみんなそうだからね。こういう感覚知らない人は学んでくださいな。

でね。前から見ようと思っていた、「バリバラ」やっと見たのよ。毎週金曜日ってのは知ってたけど、九時からって知らんかった。
これって「バリアフリーバラエティ」の略さ。今日のお題は、「健常者のありがた迷惑」。ははは、いっぱい笑っちゃった。
そして、むらむら、わいてきたものさ。
これを、「自死遺族」のことを知らない「明るい健全者」に置き換えたり、
「ハッタツ」のことを知らない「定型!!」の奴ら
…おっと、敵意むきだしにしてはいけない…方々と置き換えたら、どうなるかなって。


「バリバラ」見ていて、何か既視感があった。そうだ、あれだ。「クールジャパン」を見てた時の感覚。
あれって、日本文化を外国人の目線で、縦横に切りまくる、良いこと、おかしなこと、見つめ、見つけて、ちょって文化的で楽しくって、まあ私はやっぱ笑えた番組だった。
日本の水洗トイレの偉大さ、世界に類を見ない繊細さを知ったのも、この番組でだ。


さて、私は叔父が聾唖者で従姉妹二人も聾唖者だった。
脳性まひの夫婦が車椅子でベロ亭に通ってきていた時代もあったよ。ベロ亭の子どもたちが小さい頃だ。
視覚障害者の外国人生徒を教えた経験を、仲間の日本語教師から伝え聞いて、ものすごく興味深く思ったこともあった。

「健常者」の「親切」のつもりが「ありがた迷惑」のありとあらゆる例が、笑い飛ばされて、ランキングされて、ははは、まあよくできた番組でしたわ。当事者がある種、精神的には余裕で笑い飛ばしているから、番組として成り立つんだよね。まあ、そういうふうに編集もできてる訳で。

私は何度も「ネタ」にしている自分のあの体験を思い出していた。

「まったくねえ。その人は確かに、娘の危篤の報が入った時にいた人だから仕方なかったかもしれないけれど、その後、久々に日本語教室に行こうとしてばったり、そうその10日後にもならないくらいに町で会った時、私の顔を見て、立ちすくんじゃったんだよね。それでねえ。あああーって思って、さりげなく近づいていって、彼女のこと、抱きしめたの。だって、あんまり気の毒だったから。私にばったり会ったのが、怖くってかたまっちゃったんだろうけどね。
そしたらさあ。彼女が後から、周り中に、「ケイコさん弱っているわあ。」って言いふらしているって知って、バッカヤローって思ったよ。立ちすくんでいたのはそっちやろー。こっちは、抱擁してやったんだからね。」

すいません。言いふらしてなんかいなかったかもしれないね。親切に、感じたつもりのことを言ってくださっていたんですよね。

もう50回くらいは、このネタ、話してきたかもね。
こんな経験、自死に遭遇した家族というか身内は、みんな味わってるさ。でも、この場合は判りやすすぎると思わない??
ただ、私が彼女を抱擁した、って点が、「異文化」だったかもね。私が弱っていて、彼女に抱きついてきた??って解釈もありかなあ。あくまでも、私はしっかり彼女を抱きしめたんだけどね。余りにかわいそうで、気の毒で…。
それに、南アメリカ体験で、ハグはしつけていたからね。

はてさて、バリバラ流のハッタツネタなら山のようにあるさ。
まあ、ハッタツネタは、当事者ももう自ら笑えるからねえ。
でも、「笑いもの」にされたネタは、やっぱり怒りになる。その上で、当事者同士では、一緒に笑って、バッカヤローって言い合えるけどね。

ある方とのおつきあいの途上で、まあ、あんまり内容のないおつきあいしかできないことがさびしいし、まあ時間の無駄?? かもって感じで、メールで、
「●●さんとは、そんなにひんぱんにメールのやりとりはできないかと思います」
って返したんだ。そしたら、まあ驚くべき事に、
「判っていますよ。ケイコさんのブログに、ケイコさんは自閉圏だって書いてありますから、そんなに人とひんぱんにおつきあいできない事くらい、知っていますから」
って返ってきて、この人ならさもありなんと思いつつ、きっと「自閉症」という事で検索とかしたり、まあ「自閉」という文字だけで、まさに文字通りの典型的な自閉的解釈!!
で返ってきた事がおかしくて面白くて、でも黙っている訳にはいかないから、
「余りにステレオタイプな勘違いにびっくり。私ね。思ってるんだけど、あなたもハッタツ仲間。ADHDとLDあるかもよ。」
って返したら、逆切れされたんだな。これは、まあ10回くらいはネタにさせていただいています。これ読んだ、その方、怒らんといてね。これ、ものすごく典型的なというか、そうステレオタイプな大間違いというか、勘違い。

たしかにそういう場合もあるかも。でも、そういう場合じゃないほうが多いかも。
人とそんなにつきあいたくない自閉もいるし、そうでもなくって、どんどん人とつきあう人もいるからさ。
それって、
同性愛者に対して、
「私のこと襲わないでね」
って言うのと同じくらい、ばかばかしい事って判ってくれたら嬉しいんだけど。

ハッタツネタ、まだまだありますよ。でもね。
実は、私、ちょいと傷つきました。この間のイベントのとき。
それは二次会の席。皆さん、気づかなかったでしょうけど。
ケイコさんはなかなか何言ってるか判んなかったけど、ヒデコさんに電話替わったら、すぐどういう話か判ったのよ…

って、あるいきさつをお笑い風に、とある方が話している時に、一緒に笑いながら、その時はそれでまあ良かったんだけど、じわじわとやってきたね。

「前後のいきさつも判んない二次会の参加者の前で、『ケイコさんの言い方では、なかなか何言ってるか判んなかったけど』、これってないよ。その言い方、ハッタツの人で、自分の事きちんと自覚できていない人は、私以上に傷つくよ。私はどうして、自分が『なかなか言えなかったか、そのいきさつを今思い出して、腹立ってんだけどさあ』って、一緒にお笑いした人にすぐ打ち明けて、深夜にもお電話して、お話して、翌日にもまたまた話して、彼女が二次会で、ざざざーって飛び出した気持ちのいきさつのほうも聞けて、一件落着となったけどね。」(自白)

発達障害者、ことハッタツは、自分の言いたい事、なかなか、もたついて言えないかもって不安感、いつもあるんだよね。だから、それを笑いのネタにされたら傷つくさ。でも、私はなぜ、もたついたか、ちゃんとに覚えていたから、説明できて、一件落着にも持っていけた。ただ、ハッタツ同士だと、『やっちゃったア』的な笑えるネタにはなるけどね。つまり、同類だからできる笑いさ。

自死に向き合って生きている人たちが、なかなか笑って、そうでない人を「槍玉」に挙げるのは、まあ、見向きもされないし、聞く耳も持たれないのが現実かもねえ。それに、当事者自身がまだまだ深刻。いや、一生深刻。深い悲しみと同居だからね。

でも、私、三月の『発達障害を持つ大人の会DDAC』のサロンで、自分の番組のアンコール放送の告知を、ハッタツがらみでする時、のえの事、言わなくちゃならないから言って、一瞬しんとしそうになるかならないうちに、
「深刻にならないで、ちゃんと聞いてよね」って笑って言った
75パーセントはその通りだった。でも、あと25パーセントは、心が痛んだ。そして、その翌日会った友達に、「笑って言った」事実だけ言ったら、「そうでなくちゃあ」と言われて、少し不本意だった。うーむ、ちょいとつらい。

でもね。私は『語る自死遺族宣言』したからね。
時には、笑うさ。時には、涙もいとわないさ。
タブーな
んてぶっとばせ。


ハッタツの私のジョークは、きついんだぜ。
変化球、直球、逆行度、透明度、抜群だから、なかなかこっちの内面は届いていなかったりもするんだけど、ハッタツで自死遺族である以上、その事も含めて、伝えられる時には伝えるさ。

えっ、何言ってんだか、判んないって。
そろそろ、やめとこか。

性的少数派がそうでない人を笑うネタは、まだ、やめといたほうがいいんだろうなあ。
でもね。番組見て、前から私達の事、知っている人達に、
「それがなんだ。もともと知ってたし」とか、
「何も私達と変わらないし…」とか
ただ、「なつかしさをありがとう」とか、言われると、
やっぱ、なーんにも判っとらんって思うんだよね。
私達がそうであるって事と、テレビに出て、多くの人にこの身をさらし、このファミリーをさらし、このパートナーシップをさらし、娘のことまで見せて、
「それがなんだ」はないやろう。
「何も私達と変わらないし…」はないやろう。

つまりさ。私達の番組でのカミングアウトの向こう側に、けっして自分の事を言えないでいる、そして、一生言えないかもしれないって思っている、同じ性的少数派が、日本中にいるって事、全く想像してない発言だって事。

要するに、それが「社会的」「画期的」選択だって事が伝わってないって事さ。

ついでに番組がらみで、最大のジョーク。
これジョークにしたら、これ斜めに、自分のつらさ含めて、私達に語りかけた人に対して申し訳ないかもしれない。でも、これは私には当時、とても痛すぎる物言いだった。なぜって、のえの事をも描いた番組の「出す痛さ」をこの人は感じていないって判ったからだ。

でも、言うぜ。言っても怒らないでくれよ。

最大のこの番組がらみのジョークは、
「この番組はさあ。若者描くのと違って、緑なんてたっぷり見せちゃって『保守層狙い』なんだよなあ。」

私達の事、よく知っている、余りによく知っている旧友、トモダチ、仲間たち、みんな本気で笑ったよねえ。
「この番組が保守層ねらいなら、この日本、とっくに違う日本さあ」とか、
「保守層、変えるほどの力があるなら、超革新的、まちがいなし」とか。
今回は、いっぱい出てきたねえ。
でも、心配しないでね。言った人のこと、とやかく言ってない。そう見えて、そう言いたくなる、そんな番組かもしれない。なにせ、異性愛者に、「なんも変わらん」とも言わせた訳だからさ。つまり、なんだか、
私達の多面的な柔軟さ、
膨大なムーブメントの歴史も
クローゼットに入れちゃった、
ご家族番組に見えてしまうってこと

それは一部の人には起きたろうことは、まあ少しは判るからさ。

私達は、旧来の「ご家族さま」なんて、否定したところから始まったからね。だから、こんな山奥に住んでいるのかもしれないしさ。うーん、なんか関係あるかあ。いや、これは逃避行の結果か。トーキョーへの絶望のせいだったか、田舎への無知だったか。

まあ、あの番組はなんたったって、制作者の家族観、親子観も反映しているのは当たり前。
いやいや、制作者には、ろくな家族観も親子観もないはずだって『証言』もあるから、必死であてはめようとはしていないってことでもあるかもしれない。
それでもね。短い時間の中で、「ご家族さま」を描いているからねえ。まあ、「のえルーム」は掘り下げる時間足りなかったし、でも「見える」人には、私達の生き方の延長って、ものすごく自然に見えてるって判ったりもしたし…。

5日6日のイベントに向ける日々、特に最後の追い込みの日々、私は、家中の大掃除に来た娘のサナエと、他の準備にいそしんでいるヒデコを尻目に、一人芝居していたって、この間のブログにも書いたよね。まあ、そんな時の、名演技は、このあたりさ。
ちょいと待って。「保守層ねらい」はネタなんかにしないよ。まだ心痛いところがあるからね。

でも、一人芝居では、やってたなあ。
自死に沈黙する奴らのこと。ハッタツの独特のユニークさに、ただ口あけて困ってる奴らのこと。ネタにして笑い飛ばして、イベントに向けて「けなげーに」ウォーミングアップしていたケイコさんがいたのですぞ。
たとえ、サナエにもヒデコにも見向きもされなくとも。
まあまあ、たまに、エネルギーありすぎって、あきれられて、笑ってくれてたけどね。
一人芝居そのものも、まあハッタツだけどさ。
うん、ちょっと悲しい。
のえも舞台うまかったからなあ。

うむ、今日のところは、このあたりか。
なんか、気を悪くした人いたら、言ってください。

二次会で私が傷ついた瞬間、判った人、コメント欄に見えない形で書いてください。
正解を出した方には、私から、熱い抱擁をおおくりしますから。
いや、黙って感謝の気持ちをかみしめますから。
えっ、コメント欄に見える形で書きたいって。それならそれで、きちんと最後までやってくれ。
笑えるまでになるには、そのイッシューで、成熟した熟練工にならないとね。
最後までやる事を通して、熟練工になる一歩が始まるんだからね。

さてさて、お答が判る方の、見える、見えない書き込み、待たないで、待つ。

判る??
待たないって言わないと、待つことがつらいハッタツ特性。
待つって言わないと、待っているって人が気づかないかもって思っちゃうハッタツ特性。

とりあえず、マルチイッシューならぬ、マルチマイノリティの一部、トリプルイッシューで、突っ走ってしまったけど、誰も傷つけていない事、やっぱり祈っている、ハッタツの私は、「不安とやさしさと、畏れとデリカシー」で「ふるえている」んだよね。

うーむ、そろそろやめよう。つきあってくれてありがと。
長々書いて、ありがとうって礼を尽くさないとすまないのも、ハッタツイッシューなんだな。

ヒデコ、何やってるって? 作陶中。工房内。
明日は、陶芸のワークショップで原発の集会行けなくて残念がっている。

私は、おそらく、いや、まちがいなく、
のえの原稿を再開する。

それから、イベントとツアーの参加者へのお礼の手紙も書くからネエ!!

ケイコ

つけたし
一日たって思ったけど、昨晩の『バリバラ』のいわゆる『障がい者』の方々、もしかしたらだね。
これは、あくまでも例外もいるかもしれないけれどってことだけど、
経済的にはめちゃ恵まれていたんじゃないだろうかって、
むくむくと、もたげる思いに突き上げられている。いや一人一人、違うだろう。
でも、どこかに「ゆたかさ」を確保していられる余裕みたいなものが、
なんらかの形であったのだろうとは想像できる。
その背景には、経済的豊かさ、で確保できる精神の豊かさ??もあるかもしれない。
経済的に豊かでなくとも、精神的にめちゃ豊かな環境で育ってのりこえる場合だってあるかも。
私の従姉妹は、同じ、聴覚障がい者と結婚したがために、子どもを産まない約束をさせられた。
妹は健常者と結婚して、子どもを産んだ。「幸い」子どもは健常者だった。
「遺伝」の連鎖を恐れざるをえないほどの「並々ならぬ苦労」を、父の弟である叔父夫婦を守りつづけた、
叔父の妻の妹夫婦は、そういう決断を従姉妹に強いた。
あの頑固な私の父だが、この件だけは、「おかしい」と言いつづけた。
父は、10歳の時から親元を離れて、健常者の兄として、
聾学校に入った弟の面倒を、預けられた先の寺で見つづけた。
これについては、いずれ書く。
今だって、「健常者のありがた迷惑」を笑えるマイノリティや弱者はまだまだ少ない気がする。
とりあえず、テレビを通して笑って元気づけってことか。
切ないなあ。急に、いろいろ思い出されてきた。
一応、つけたしだから、これまで。あらためて、独立したブログで書くよ。
昨夜の『バリバラ』の出演者だって、一旦街に出たら、とたんにさらされるんだものね。
私は、父と共に、聾唖者という表現が生きている時代と共に、
父と、父の弟一家に触れてきた。だから、あえて今も「聾唖者」と書かせてもらった。

| 辺境の森から | 00:17 | comments:1 | trackbacks:0 | TOP↑

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たたかい終えて、日は暮れず…イベントの翌日に

5月5日の≪映像&トーク≫イベント、
そして6日にかけた≪ベロ亭への芽吹きツアー≫は、

波乱万丈、

笑いと涙とともに


たくさんの真情と気づきと、

驚きと発見と

皆さんの暖かいお気持ちにつつまれ、


終えることができました。


深い感謝と共に、

翌朝のご挨拶とさせていただきます。



レズビアンマザー5.5



昨夜は、夜行バスに乗って帰る、
東京からの二人を11時過ぎに見送ってベロ亭に帰ってから、
ヒデコと私ケイコは、徐々に二人の会話に、
二人ならではの、二人に返った会話に、
唐突に、当たり前のように返っていった。

よくやったー!!
当日も含めて、これほどのアクシデントすらありながらも、
よくやったー!
あれほどの違いのある人々と共に、
それでも、それぞれの精一杯の気持ちに囲まれて、
よくやったー!

しかしながら、
二人に返るということは、
あの手はず、この手はず、あの段取り、あの準備は、
はたして生かされたのか、あの打ち合わせはどうつなげられたのか、
瞬く間に、良いことも、十分にでききれなかったことも、
お互いに確認しあえて、
よくやったー!
ながらも、深夜の二人の一大ディベートは、
尽きることはありませんでした。

その詳細については、参加者も、無念の不参加の方も、
お天気雨に虹ネット、って何やってんだい
って興味津々の方々にも、
つまり、この日記をどうしても確認せずにはいられなくなっている方々には
ゆっくり、このブログの日記で
読んでいかれるように、していきたいと思っています。

おそらく、私が寝入ったのは2時すぎだったか、
もしかしたら、3時をまわっていたか。

一回のソファで、朝まで寝入りました。
ベッドで寝る、なんて、ありえない夜でした。

ヒデコちゃんは、ちゃんとに二階の自分の部屋で寝ていますが。

今は、ありえないほどの至福感と感動と、
それでも、人生のおそるべき残酷さにも、
当たり前のようにつつまれながら、
翌朝を迎えています。

あらら、皆さんには、昼前の時間ですよね。
10時前なんて。
いやはや、書こうと思って、
このブログを整理していたら、
時間がたって、もうすぐ正午ってだけですが…。

参加された皆さん、
帰路、帰ってから、それぞれが、
ツィッターで、携帯メールで、互いに出逢いを祝い、
つながりの始まりと芽吹きを確認しあっていましたね。

一応、ここにお知らせしておきますが、
私ケイコは、ツィッターはしておりません。
携帯メールは知っている人と知らない人とがいるかな。

で、ヒデコのやっているツィッターでの、
溢れる、日本のふかーい水底をじわじわと波立たせた、
このイベントについて、知ることができるのも、
けっして悪いことではありません。

で、私ケイコには、皆さんすでにご存知の、
パソコンメールとか、
もはや時代遅れ??のお手紙とか、
そんな、もっと確実にお心が届く方法もあることを、
もちろんお忘れではないでしょうが、お知らせさせていただきます。

アンケート、
など郵送するねって言った方のみならず、
ああ、伝えそびれた、やっぱしこれ送りたいって気持ち、
忘れないうちに、はい、「実行キー」を押して、
ホントにほんとの「実行」していただけたら、
うれし涙でこの手にとって読ませていただくことでしょう。

それでは、今日のところは、
このへんで。

つながりの予感と兆しの中で、
一つ一つの種が、
その存在を見わけはじめて、
芽を出し始めている気配を、
日本中に今、感じています。

願わくば、その気配を実感を手ごたえを、
心にしまいつつも、心から少しずつ出しつつも、
心から溢れさせつつも、
皆さんの種と芽吹きの今を、
共に歩み始めた今を、
私たちも含めて、
実感しつづけられる日々の始まりを、
祝したいと思います。

ありがとう!!
心からの感謝をこめて。

ありがとう!!

私達と共にいた、
何人もの逝ってしまった人々と共に、
LGBTのみならない新しいマイノリティの息吹きの始まりと共に、

あの番組を一年前も、アンコール放送でも、
とるものもとりあえず制作、再編集してくれた、
イマムラさん、
ありがとう!

東京から来てくれた張さん、
貴重な種まきをありがとう!!

スライドショー作りの追い込みを共にした、
そして、今までの日々を、
物静かに、着実に、冷静に、
支えてくれた南さん、ありがとう!

ありがとう!!
地元から、
各地からかけつけた、
皆さん、ありがとう!!

数々の新しい仲間たち、
長年の友人たち、
私達のかつて「こども」であった人たちも、
ありがとう!

かかえきれないほどの種と芽吹きを、
ありがとう!!

そして、誰よりも、
今日という日まで、
私をひっぱってくれた「のえ」、
ありがとう!

そして、
何よりも、
ヒデコと共にここまで来れた日々に、
ありがとう!!

「人生よ、ありがとう。
こんなにも多くのものをくれて。」

ビオレッタ・パラ


ケイコ     7日正午


ヒデコからも一言

うーん。おもしろかった。うまかった。
うれしかった。

ほんとに、全国各地から、地元から
多種多様な問題を抱えて、
それなのに、楽しいって!

それから、いい女が、いい男が
ベロ亭にきてくれている、うまうまさ。

海も良かったね。

あらためて、私も書き込んでいきますが、
参加者の方々も書いてね。

ヒデコ

| 辺境の森から | 12:10 | comments:9 | trackbacks:0 | TOP↑

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5/6のベロ亭ツアー参加の心得(その3)…宿屋稼業はいたしません・合宿態勢で臨みます

4月27日に内容を更新、ツアーの内容をほぼ確定しました。
参加される方は、どうか最後まで読み直してくださいね
うれしくなるような、新しい情報もありますから。
そして、よりいっそう「芽が吹く」ツアーにするべく、
お互いに意志をもって、計画を立てていきましょう!!


庭B
(ベロ亭への芽吹きツアーのお庭も準備整いましたよ)


おーい、皆さん、ちょっとした日本国内の旅も、
できなくなっちゃっているんですかい?
連休だから、切符はお早めにってご案内したはずですぞー。(笑)
このツアーの帰りの最寄り駅は、
JR武生駅ですからね!!

ここまでご案内した上で、
一人一人のマチガイや勘違いには、
とても補いきれない場合もあると思われますぞ。
わかんなーい!って方は、
とにかくベロ亭に今すぐ電話を!詳細を肉声で、やさしーく!お伝えします。
4月29日昼のケイコとヒデコのひとりごと、ならぬ、ふたりごとでした。






要するに、《ベロ亭への芽吹きツアー》では、上げ膳据え膳はしませんよ、
の一言に尽きます。
こんな事を伝える必要はないかと思っていたのですが、
昨年のある訪問者との記憶が、そうもいかないのかなあ、と思うに至らせたという感じ。

けっこう、最近の??お若い方々って、ご自分の「親の世代」を目前にすると、
なんか、親に面倒でも見てもらうノリで、
両手を広げて、ご飯が出てくるのを待っていたり、
洗いもの一つしなかったり、そんな事が当たり前と化しているらしく…。

自分の子どもたち…とは言ってももう30代と40代だけど…にもしていない事、
なんで、この方たちにしてさしあげちゃったんだろうって、
反省した事が昨年はありまして、ここにこういうふうに書かせてもらった次第です。

もちろん、ベロ亭の住人でなければ判らない、モノの位置とか、
ベロ亭ならではの段取りとかもあるので、それはどんどんお伝えします。

でも、やれる人は率先して、料理や飲物とかの事をどうするかとか、洗いものとか、
共にやりたいなあ、そう思っています。
でも、心身のどこかがしんどくて、やれない人はやれないんでいいんです。

そのやれない人に入る可能性のある代表的な人物が、
これを書いている私、ケイコであるような気もします。
なにしろ、ここ数年は、料理はもっぱらヒデコ。
私は味付け専門だったり、洗いもの専門??だったり。

20年間以上、10人分くらいの食事を作りつづけたあげくのことですよー。
私の場合は…。

6日の朝は、
晴れていれば、午前9時にベロ亭に全員集まって、
花の咲き乱れるベロ亭のお庭で、
ヒデコの凸パン、
そう、あの「このパンおいしい」で笑いをとったシーンのパンと、
飲物の朝食。
できれば、おいしいサラダも奮発して力を合せて作りたいな。
ここからが、皆で集いながらの「ベロ亭ツアー」らしい醍醐味かな。
皆で、6日がお天気になるようお祈りしておこうね!!

やむなく雨天の場合は、逆に若竹荘の台所と食堂を使って、
ベロ亭から移動する人は移動して、できるだけ皆で、
上記のような朝食を共にしたいと思います。
若竹荘の台所は、自炊用になっていますので、
皆で紅茶やコーヒーを入れたり、できればサラダの仕上げをしたり。

だから、とりたてて買出しの必要はないかと思います。

それから、若竹荘に泊まった人は、朝7時から温泉に入れます。
ベロ亭に泊まった人は
このご一行と一緒ということで、
一人400円で、朝の9時前までにお風呂に入れてもらえます
ベロ亭から車出します。


特製サラダは、なるたけ皆に味わってもらうべく、
協力して作りたいけれど、
5日のイベントの後なので保証はできません。
それに、余りにも人数が多かったりしたら無理かも。
これは、できたらという事で、まあ、あるといいねの楽しみに。

ついでに言えば、あの番組の「のえルーム」の引越しは、
私とヒデコの二人は、どんどん指示させてもらって、
肉体労働はお任せしました。
もともと体力も気力も使い果たしていて、
皆さん、お手伝いよろしくー!って知らせてあって、
集まってくれた方々がああやって手伝って、
無事、「のえルーム」の終了の引越しができた訳です。

やれる人が率先してやる。
やれない人はやれないって、はっきり言う。
体調とかも大切だし。

私は紅茶入れるのは得意。サラダの味付けは得意。
でも、その日、どこまでできるかは判りません。

5日にエネルギー使って、伸びちゃったりして(笑)。
ヒデコは、人が沢山いると、
本当はできないほど疲れていても、やっちゃう人なんですが。

まあ、これについてはこの辺りで、アタリキー!!でしょう。
えっ、当たり前じゃないって??

文化の違いと言うべきか、「人様の台所には立ってはいけない」って思っている、
そんな方の存在も福井に来て初めて知った私達なのです。

ついでながら、ヒデコのやきものに興味のある方は、
ベロ亭でご覧になれます。もちろん、ご購入も大歓迎!!


さて、泊まり、朝食、福井市内からベロ亭までの30キロほどの交通費が、
4000円程度の実費となるはずです。
車は私達やその仲間の運転する車になります。
車でおこしの方は、その限りではありません。
ご相談しましょう。

5日のみ参加の方で、福井駅前などでのお泊りはご自由ですが、
6日のベロ亭への芽吹きツアーをご希望の方は、
若竹荘かベロ亭でお願いします。
若竹荘は、すでに三部屋、14名分を予約済みです。
あと2、3名なら少しは余裕があるので、お早めに。
場合によっては、飛び入り参加も可能かもしれません。
ただし、5日のイベントとセットというのが原則です



なお、晴れていても、雨天でも、
午後1時半頃から、ベロ亭から車で15分の
越前海岸の民宿で船盛のお刺身を、
一人2000円の予算で考えています。
これについては、どうしても払えない人は申し出てください。
経済的理由の場合は、
皆の力で解決できる協力態勢を作りたいなと考えています。


なお、お帰りの都合は早めにお知らせください。

越前海岸から最寄のバス停までは、車で30分。
ベロ亭からは車で5分。

そのバス停「陶芸村口」の唯一の時刻は、午後4時24分発。
「陶芸村口」からJR武生駅まではおおよそ30分から40分です。

昼過ぎに早めにお帰りの方は、
「陶芸村口」発、12時34分というバスがあります。念のため。

ちなみに、越前海岸からJR武生駅までは、車だと40分。
ベロ亭からは、車で30分。
予定や都合をやりくりして、車で来ている方の車、
ベロ亭の車で、何人かずつまとめてお送りするつもりです。
相乗りの場合は、お一人500円、お一人のみの場合は、
1000円、ガソリン代と送り代としてちょうだいします。


お一人の急な都合に、ひとつひとつ対処できない場合は、
タクシーをご利用いただきますので、ご了承ください。

うまく助け合えるように、
あらかじめご連絡のほど、よろしくお願いします。


街中みたいに交通の便がよくないこと、
くれぐれもお忘れなく!!


ケイコ

| ベロ亭から | 23:12 | comments:3 | trackbacks:0 | TOP↑

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